第二十八話 ある意味献身的な妹

「ほら、いつまでもくっついていないで。永政くん、お昼食べた?」

「いえ、まだ食べていないです」

「じゃあ私が用意するわね! 私の美味しいご飯で永政くんの胃袋、キャッチするからねっ!」

「お、お願いします」


 やはり気にしている部分もあるのか、やたらと雪奈さんは『永政くんの胃袋キャッチ』という箇所を強調して台所へ向かった。


 これでちょっとはトラブルも減るだろうか、と思っていた矢先に芙弓が頬を膨らましながら言う。


「わたしもお兄ちゃんの胃袋掴みたいのに……」

「それはありがたいが、雪奈さん一応メイドだからな。妹兼友達の芙弓にご飯作らせるなんてできないよ」


 感謝を忘れたことはないが、線引きはある。雪奈さんが全然いいというのならば別かもしれないが、そんなことはないだろうし。

 万一を考えて聞いてみるか? などと考えていると。


「じゃあわたし、お兄ちゃんに食べさせてあげるね! 何なら口移しでもいいけど!」


 天真爛漫に放たれた言葉に俺は乾いた笑みを見せ、硬直するほかなかった。

 メイドの仕事ではない、妹だからこそできる(?)その行動。口移しはないにせよ、『あーん』はやったことがあるのだ。


 無論そんな可能性を考えていない芙弓は「いいでしょー、お兄ちゃん?」などと甘えた声でおねがいをしてくる。ひとことで言うとかわいい。


 そんなかわいいおねだりを無下にするわけにもいかず、俺はあとで雪奈さんにシメられる覚悟を持ち言う。


「いいよ」

 と、爽やかな声と立てた親指を添えながら。


「わぁ、お兄ちゃんありがとう! 美味しくなる魔法、かけるからね!」


 美味しくなる魔法、でメイドカフェに行ったときのことを考えてしまった俺がいた。


 額から冷や汗が流れるが、微笑みながら「楽しみにしておく」と返事する。

 このやり取り、雪奈さんに聞かれていないとはいえかなり精神使うな。


 精神力のみならず体力が限界を迎えようとしていたそのとき、雪奈さんの呼ぶ声が聞こえた。


 これから修行ゾーンに入ってしまうが問題ない。うまく、雪奈さんを納得させねば。


 兄が妹に食べさせてもらうのなんて普通のことだろう。などと思いながら俺たちは食卓へと向かった。


 机の上には見るからに美味しそうなハンバーグやご飯などが置いてある。レストランで出てきても違和感のないようなものだった。


 これを、一人で食べられたらよかったのだがな。


 そんなことを思いながら席につき、手を合わす。

 すると芙弓は流れるような動作で俺にフォークを突き出して。


「はいっ、お兄ちゃん。あーん」

「あ、あー……」


 約束したしやるしかない、との思いで口を開ける。

 芙弓の表情がやたらと輝いたそのとき、雪奈さんがフォークを強奪した。


「あっ、何するのお姉ちゃん!」

「んどぅふふぉえ」

「どうしたのですか雪奈さん……」


 芙弓が怒りながらポカポカと雪奈さんの背中を叩くなか、妙な声を出したのでそう聞いてみたところ。


「こ、この子、私のことを『お姉ちゃん』って呼んだわ! 妹っていいわね!」


 どうやら新しいジャンルに目覚めたらしい。弟狂だけでなく妹狂にもなってしまったら救いようのないモノと成り果ててしまう気もするが——。


「芙弓ちゃん、交互にしましょうよ。お兄ちゃんに食べさせるの」


 背中の手を止め、雪奈さんは芙弓に優しく問いかける。

 だが、雪奈さんの望みは通じなかったようで。芙弓は不満げに腕を組みながらそっけなく言った。


「ごめんね、お姉ちゃん。わたし譲れないよ。わたし、夜はここに来られないときも多いから夜やってくれない?」

「わかったわ。夜ね。学校が始まってからはあなたが朝でいいわ」

「うんっ!」


 先ほどまでの不仲ぶりはどこへいったのか、お二人さんはガシィと熱い握手を交わした。俺の意見は聞いてくれないようだ。


 ヤベェことになってしまった、と思いながら俺はふたりに問いかける。


「な、なぁ。たまには俺もひとりで食事を楽しみたいのだが」

「いいじゃない。学校が始まったらひとりで食べたら」

「あ、学校に侵入して食べさせてあげるのもやぶさかではないよ!」

「頼むからやめてくれ」


 雪奈さんには素っ頓狂な声をあげられ、芙弓には元気いっぱいに怖いことを言われ。


 俺は悩まし気に頭を抱えることしか許されていないというのか?

 うめき声を出しながらゴロゴロと床を駆け回りたい衝動を抑えていると、芙弓に椅子へ戻されてしまった。


 その芙弓は俺に天使スマイルを投げかけながらフォークを突き出して言う。


「ほら、お兄ちゃんには拒否権なんてないから。早く食べて?」

「……ウィッス」


 冷や汗が流れるのを感じながらも俺は了承の言葉を呟く。


 このあと滅茶苦茶食べさせられた。

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