第二十九話 妹とは恋人になれない

 その後、芙弓に食べさせてもらったのだが、意外にも十数口のみ食べさせられただけさった。雪奈さんならば絶対に最初から最後まで食べさせようとしてくるのに。


 感覚がおかしくなっている自覚はあるものの、自分の願望と俺の願望をすり合わせてくれたと考えると素直に嬉しい。


 なんだ、俺が思っていたよりいいやつではないか。そんなことを考えていると、同じく昼食を食べ終わったらしい芙弓が俺にコーラの入ったコップを差し出す。


「くれるのか?」

「うん。だって、そもそもお兄ちゃんに飲ませてあげるために調達してきたもん」


 ひかえめに微笑みながら言う芙弓に癒されながらコップを手に取ろうとすると、ひょいっとそれが取り下げられてしまう。

 どうしてだろう、と不思議に思っていると、芙弓はそれを一口含み——。


「……ッ!?」

「甘い? お兄ちゃん」


 口付けとともにコーラを口の中に入れられた。

 少しぬるくなってしまっているが、炭酸の感覚がして、とても甘くて。


 これが芙弓なのだな、なんてことを思ってしまう。


 にひひ、といたずらっぽく、でも妖艶さを滲みだしている芙弓の笑顔を見ていると心が浄化されたような気がした。


「お兄ちゃん、わたしのことを彼女にしたくなったらいつでも言ってね。ずっとずっと、待ってるから」


 でも、その表情は長くは続かず。芙弓は悲しそうな笑みを浮かべた。

 その様子は儚げで、抱きしめたくなって。しかし——。


「ごめんな、諦めてくれ」

「えっ」


 不意を突かれたように目を丸くする芙弓の瞳を射抜く。

 絶対に意見を変えることはないぞ、という意思を込めて。


「どうして? 待つくらいなら、認めてよ」


 そう言い、目を潤ませる。待つくらいならいいと思っていたのだろう。俺も反対の立場だったらそう思ったに違いない。


「俺、雪奈さんを好きで居続けるって決めたんだ。だから、諦めてくれ」


 そうしようもなくストレートな言葉。それは当然彼女の耳にも届き、更に涙を目に浮かべる。


「わたし、諦めたくないよ。諦められないよ、お兄ちゃん。ただの妹、ただの友達とか。そういう関係でいたくないよ」


 悲痛な声が俺の鼓膜を振動させる。だけど俺はそれでも言った。


「諦めてくれ。こればっかりはどうしようもない」


 決着がついたら雪奈さんに告白する——これは、もう確定事項なのだ。

 だから、芙弓が諦めきれていない状態、万が一を信じている状態ならば成立はしない。


 芙弓のアメジストの瞳を見つめる。


「どうしても、ダメ?」

 懇願するかのような声色。神でさえも否定は不可能かと思えたそれだが。


「ダメだ」


 俺はきっぱりと突っぱねた。

 あらぬ希望を持たせないように、スッパリと。


「俺、今日雪奈さんに告白するんだ。だから、諦めてくれ。たとえ失敗したとしても俺は芙弓と恋人になろうなんて思っていない」

「そう、なんだね」


 つぅっと、陶器のような白い頬に涙が伝う。

 罪悪感に苛まれるものの、撤回の言葉は絶対に紡がない。


「分かった。頑張ってね、お兄ちゃん」

 はにかみながら言う芙弓の言葉に俺は。


「ああ」


 と、決意を露わにして答えた。

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