第十一話 メイドお姉さんとリア充ごっこ

 ——どうしてこうなった。


 自問自答を繰り返すが、一向に答えが見えてこない。否、見ようとしなかったと言ったほうが適切だろうか。

 あのとき、雪奈さんと一緒に風呂に入ることになったときからこうなることは確定していたのかもしれない。


「永政くん、この家お風呂広くていいわね」

「両親が風呂好きだからですかね。……あの」


 まったりとくつろいでいるところ悪いのだが、口を開いた。


「せっかく風呂が広いのですし、もっと離れませんか?」

「なんで?」


 そう、俺が風呂に入った時点から雪奈さんにがっちりホールドされてしまっていたのである。精神修行修了かと思ったら第二ラウンドがあったのだ。

 しかし、ここで『なんで?』と返されると思ってはいなかった。逆に俺が聞きたいよ。


「なんでも何もないですよ。こうも密着していると広さを無駄にしている感じがしませんか?」


 分かって欲しいと願いながら言葉を発した。その甲斐あってか、雪奈さんはしばらく思案顔で黙る。やっと俺の思いが雪奈さんに届くときが来たようだ。長かったが頑張ってよかった。


「なるほど。じゃあ泳いでみる?」


 雪奈さんがいるとはいえ普通にくつろげることを期待していたのだが、返ってきたのはわけのわからない言葉で。

 でも、だからといって突っ放すことができないのが現状である。雪奈さんの声がガチだからだ。


「あの、なぜ?」


 両方とも意味聞いてばっかりだな、と思いながらも疑問を口にする。こういうときは聞き返すに限るだろう。婆ちゃんが言っていたので間違いない。


「広さを活かせるし、永政くんと遊べるじゃない。まさに一石二鳥と言えるのでは?」


 微妙にズレた回答を頂いた。今までの雪奈さん発言を振り返ればまだ筋は通っているのだが、だからといって風呂で泳ぐか?


「ねね、いいでしょ? 褒めてくれたっていいのよ?」

「別に褒めるレベルではないのでは。ですが、まぁ。ちょっとくらいなら」

「やった」


 しかし、感覚の肉々しさに耐え切れず、俺は風呂で泳ぐほうを選択してしまった。

 返事した瞬間に、雪奈さんの嬉々とした声が聞こえたかと思うと。


「じゃあ、やりましょうよ!」

 手を引かれ、そのまま自宅の風呂で泳ぐことになったのだが。



「「たーのしーー!」



 3分後、俺たちは絶叫しながらバシャバシャと水しぶきを上げてクロールしていた。その姿を傍から見たら大きい風呂にはしゃいでいる幼稚園児または保育園児にも思えるだろう。まさか俺もここまで楽しく泳げるなんて思っていなかった。なぜ俺は今まで泳いていなかったのだろうか。


「はぁっ、本当に永政くんが羨ましいわ。毎日こんなに大きなお風呂で泳げるなんて! あ、私も今日から永政くんのお嫁さ……じゃなかった。メイドだから毎日泳げるじゃない。やめてよかった!」


 今若干引っかかる所があったが、言い直したので別にいいだろう。心から楽しそうで何よりだ。

 雪奈さんにつられ俺も笑っていると、唐突にお湯を掛けられた。


「油断していたらお姉さんが侵略しちゃうよー?」


 と言い、更にお湯を掛けられる。顔面にクリーンヒットしたのをきっかけに、俺たちはリア充の如くお湯を掛け合う。本当にリア充な方は海で水を掛け合うと思うのだが。


「あはは、永政くんって結構子どもっぽいところあるのね」

「雪奈さんのほうがありますよ。そもそもこれをやり出したのも雪奈さんですし」

「隙ありっ」

「ちょっと、やめてくださいよ。もう」


 また顔面にお湯を掛けられる。まさか自分の人生でこれをやる日が来るなんて思っていなかったから嬉しいし、尚更楽しい。俺も陽キャを名乗っていいのかもしれない。この家限定だけど。


「あはは、だいぶ遊んだわね。楽しいけど何だかお姉さん疲れちゃったわ。そろそろ上がりましょう? それで今晩は一緒に寝ましょうよ!」

「俺も疲れ始めてきたので大丈夫ですよ。一緒に寝る件は拒否させていただきたいですが」


 断りたいところはちゃんと断り、俺は浴槽から出る。

 ああ、全裸だからだろうか。爽快感がものすごいな……って。


「俺全裸じゃん!」

「何を今更」


 確かに今更なのだが、全裸で従姉とはしゃいでお湯を掛け合っていたかと思うと途端に恥ずかしさが押し寄せてくる。

 密かに悶えていると、雪奈さんがこちらにゆっくりと寄ってきた。何を言われるのだろう、と身構える。

 その判断は正解だったようで。


「そういえば、私が身体を洗ってあげているとき。永政くん、おっきしていたわよね?」

「うぁっ!」


 確かにしていた。仕方がないと思うのですがそれは。

 でも、雪奈さんがスルーしてくれたのでさすがに恥ずかしいのかなとか思っていたけど。でも勘違いだった。今度からは『雪奈さんに羞恥の文字はない』ということを肝に銘じて接しなければ俺のプライドや自我が終わりそうな気がする。


「だから、もう恥ずかしいことなんてないのよ。大丈夫だから。おっきしちゃったものね?」

「これ以上言うなばかぁ!」


 しかも『仕方ないのよ?』と言いたげな顔を浮かべているのが余計に腹立たしい。これだったら笑ってくれたほうがマシだ。


「いいの。私、想像の中だったら永政くんの好きにしてもらっていいから!」

「ちょっと待ってください、どこまで進んでいるのですか」

「ど、どうしてもというのだったら現実でも好きにしてくれたっていいけど」

「いや、俺そんなことしないですよ? 俺のことを何だと思っているのですか?」


 すっかり妄想の世界に入ってしまい、腰をクネクネさせだした雪奈さんを見ながらどう弁明しようかと頭を捻らせる。このままでは俺が雪奈さんに変態認定されるのは確実だろうし。

 やったことだけで見たら俺も充分変態だろうけど、不可抗力なんだよなぁ。


「弟くんの性欲処理も、お姉さんの務めだもん。別に、いいよ?」

「よくないですよ。もう少し貞操観念しっかりしましょうよ」


 考えている途中、雪奈さんが何か喋ったかと思うとロクでもない内容だった。何だよ、姉の務めって。それただの都合のいいやつだろ。


「今夜はお楽しみかしら?」

「俺は寝るので、雪奈さん一人でお楽しみ会でもしておいてください」

「ふふふ、かわいいわね。一歩踏み出せない勇気、お姉さん分かるわぁ」

「では失礼しました!」


 こういうときは逃げるに限る。

 俺は滑らないように考慮しながら、脱衣所まで走り切ることに成功した。

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