第二十二話 お姉さんと、ダメ?

 瞬間、俺の理性が覚醒する。


「だ、ダメですからね!?」

「あら、そんなに強がっちゃっていいのかしら?」


 現れた理性でどうにか雪奈さんの攻撃を防ごうとするも、まるで効いていない。

 徐々に雪奈さんの餅でできた山のごとく柔らかな胸が、俺の身体に当たりゆく。


 自分でも頬が赤くなっているのを感じる。刺激的などというレベルではないほどの衝撃が、俺の脳に伝わる。

 妖艶な光を含んだ碧の瞳は、このまま身体を重ね合わせたいと思わせる魅力を主張している。


 身体にのしかかる重量が、増えてゆく。

 しかし、重すぎるという感想は出てこない。むしろ、軽い。

 外側から見る限り肉々しい身体つきをしているため、余計にその軽さが強調されている。


 払いのけることも叶わず、雪奈さんに顔を軽く固定され、口に舌を入れられてしまう。

 雪奈さんの唾液と己の唾液、微かに感じる荒い息。

 あまりにもイレギュラーなその事態に、俺の心臓はうるさいほど鼓動の音を鳴らし続ける。


 どんどん雪奈さんの舌は深いところにまで這入ってくる。

 温かい唇と、流れてきた金色の髪の匂いまで俺の理想通りで、もう何が何だか分からなくなってくる。

 永遠にも思えたその時間は、雪奈さんの唇が離れたことを以て終了した。


「はぁ……。やっぱりかわいいわ」


 淡い光に照らされたぬるっとしている液体——俺たちの唾液が、糸になって雪奈さんの舌から俺の舌まで紡がれている。

 雪奈さんはそれを軽いキスで終わらせた。


「ゆ、きな、さん……」


 まだごちゃまぜになっている俺の脳が発した言葉は、雪奈さんの名前だった。

 なぜ自分でもここまで力が入らないのか分からないなか、彼女の腕を掴む。


「ふふふ、本当にかわいいわ、永政くん。こっちのほうもいいカンジになってきているじゃないの」

「うっ、あ……。ゆ、雪奈さん、ダメです、そんなところっ!」


 胸板を沿って下腹部へ、そして硬くなっているところへと雪奈さんの細い指が伸びる。


「永政くんのぜんぶ、ぶつけられたいの。だめ?」


 懇願するような、でも一枚上手を行っている口調。

 どうしようもなく雪奈さんらしいそのセリフに理性が取り込まれて行っているのを感じる。


「だ、だめ、です」


 より硬度を増すところを無視しながら、俺は何とかそう口に出す。

 驚く雪奈さんをよそに、俺はさらに続けた。


「お、俺、雪奈さんのこと、知らない部分が多いし。それに、芙弓のことも何とかしないと」


 断りの言葉と思われてしまうかもしれないが、これが俺の本心だった。

 雪奈さんとしたいかしたくないかで言われれば、間違いなくしたいと答えるだろう。だけれど、まだ俺には済ますべき問題があったのだ。

 それが俺の、なけなしのプライドだから。


「……うん、そうね。これが永政くんよね」


 淋しげに微笑う雪奈さん。

 俺の気持ちは伝わったのだと確信できたが、こうも哀しそうな顔をされると本当にこれでよかったのかとも思えてくる。


 しかし、これが俺の選んだ選択なのだ。後悔をしても仕方がないし、どうせなら自分の信念を守って後悔したい。

 改めて自分の意志を確認できたところで、雪奈さんが普通の体勢に戻る。ベッドに腰掛けてこちらを向く雪奈さんは本当に綺麗だった。


「ねぇ、永政くん」


 雪奈さんが呟くように、俺へ呼びかけた。

 軽く「なんですか?」と返すとともに、粉雪のような声が降ってくる。


「ちょっと、永政くんに言っていなかったことを話したいの」


 月光の下舞い降りたそれは、俺が踏み込みたくても踏み込めなかった領域へと誘うものだった。

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