エピローグ2 桜舞う日の入学式
「うん、似合っているじゃない。一段と格好良くなったわよ」
「不意打ちやめろよ……」
嬉しいけど、と心の中で付け足す。
満面の笑みを浮かべる雪奈を見て、気持ちが明るくなるもののますます心に陰りも差してゆく。
本当なら入学式に雪奈も来て欲しかったのだが、メイドだからと断られてしまったのだ。従姉弟枠で来るのも少し違和感があるとのこと。
納得はできたものの、結果は結果だ。
なるべく早く帰ってこよう、と思いながら俺は雪奈とともに朝食を摂るためリビングへと向かった。
「はい、あーん」
「これって今日もやるのかよ」
「当たり前じゃない。私の貴重なあーんタイムを奪わないでちょうだいよ」
普通ねぇよ、そんなもん。
と思いながらも十回に一回ほど雪奈の手を介して食物を口に入れているあたり、俺も甘いのだろう。
いつかは脱却してやる、と思いながらもほぼされるがままになる自分が嫌になりつつも、雪奈への愛がふつふつと湧き出してくるのを感じていた。
「ああ……あれだけ小さくて可愛かった永政くんも、もう高校生なのねぇ」
「何を親みたいなこと言ってるんだよ。年を感じるにはまだ早いと思うが」
しんみりとしながら感慨深げに言う雪奈。
何となく居心地の悪さを感じたので、少し言い返してやることにした。
「俺もびっくりだよ。あれだけ憧れの存在だと思っていた人物が今、俺のメイドをしているということにな」
「えっ、唐突にデレるの? 私のタイプに合わせてくれているの?」
俺の思っているようにわかりやすく動揺することはなく、幼児の行動を見守るかのような視線と笑みを投げかけられた。クッソ腹立つけど可愛い。
「もうそういうことでいいよ。……あと、本当に来ないのか?」
「何よ、浮気でもするつもりなの?」
「そういうわけでは断じてないのだが」
雪奈も本気で言ってはいないようだったが、一応キッパリと否定しておく。
何しろ、この数日間ほぼずっと雪奈といたのだ。どこか足りない感じを覚え、寂しくなるのも必然なのではないか?
「だから前にも言ったでしょう。まぁ、学校の前まで迎えに行ってあげてもいいわよ!」
「いや、別にいいのだが」
「素直じゃないなぁー、このこのー!」
「話を聞け」
うりうり、と肘を押し当ててくる雪奈に迷惑そうな目線を向ける。効果はないようだ。
「話聞いているわよ。永政くんが来てほしそうにしていたからメイドとして迎えに行ってあげようとね!」
「都合のいいところしか切り取ってないな」
だけど、一応は俺のせいなのだ。あまり文句も言えない。
それと——嬉しいこともあるからな。
雪奈の輝いた笑顔を見ていたら、入学式くらいサクッとこなせそうな気がしてきた。
その後、手早く準備を済ませ、桜が舞う道へと飛び出した。
◇◇◇
「どうだった?」
約束通り、雪奈は学校前で待っていてくれた。
金髪と桜の色、海のような青色が混ざり合い、とても美しい光景を作り出している。
「別に何も起こらなかったぞ。いたって普通の入学式だ」
「帰国子女美少女と邂逅を果たしたり、パンを咥えた美少女と道でぶつかったりとかしなかったの?」
「何を参考にしてんだよ。ここは普通の学校だぞ」
面白半分で聞く雪奈を軽くあしらいながら歩き出す。雪奈の金髪碧眼と美貌は目立ちすぎるからな。
しかし、いくら注目を集めたところで雪奈に来てもらったことを後悔する気持ちは微塵も芽生えない。むしろもっと見て欲しいまであるが、あとで突っかかられても迷惑だ。ゆえに退散するしかない。
「でも安心だわ。学校内で浮気されたらどうしようもないもの」
「そんなことしないから安心しろ」
少し寂しそうに言う雪奈の肩を優しく抱き寄せる。
浮気の心配はほとんど消えようと、離れる時間はどうしてもできるのだ。その不安を何とか取り除いてやりたい。
かくいう俺も同じような状況なのだが。
「永政くん……。嬉しいわ。でも、友達ができないのも私としては不安よ」
「余計なお世話だ」
芙弓にストーキングされることが多かったとはいえ、俺もぼっち生活を歩んできて長いのだ。今更友達の有無で心配されるような立場ではない。
何か涙出てきた。
「な、永政くんごめんね。私が悪かったわ」
「余計なお世話だよ……」
中学高校になれば輝かしい青春を送れると思っていた小学生の自分に謝りたくなってきた、そのときだった。
雪奈の顔が急に近くなる。と同時に、唇に柔らかいものが押し当てられた。
忘れもしない、雪奈の唇だ。
「謝罪の気持ちと感謝の気持ちを伝えようと思って」
「こんなところでするなよ……」
なまめかしく言う雪奈に小言を送る。そうでもしないと、雪奈の細い腰を抱き寄せてしまいそうになるから。
だけど、完全に抑えきることはできなかったようで。
「あとで、続きをやろう」
「ええ。嬉しいわ」
お姉さんらしい笑みを浮かべ、頷く雪奈の手を取った。
メイドとしてやってきた従姉が甘々すぎてダメ人間になりそうなのですが。 日向伊澄 @hasumiminato14
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます