第2話

「やってられません!

 政略結婚の約束すら守れない相手と、結婚などできません。

 絶対に嫌です!

 私は今ここで宣言します。

 アレクサンダー様と離婚します。

 いえ、そもそもこの結婚は無効です。

 見届人二人、ちゃんと見聞きしていましたね。

 アレクサンダー様と私の結婚は白の結婚です。

 今回の事は、我が家とオールトン侯爵家に間違いなく報告しなさい!

 王家にもですよ!」


「若奥様!」

「ソフィアお嬢様!」

「どうか、どうか、どうかお待ちください。

 再度の機会をアレクサンダー様にお与えください!」

「さようでございますよ、ソフィアお嬢様!

 このような事は初夜ではよくあることなのです。

 意外ではございましたが、アレクサンダー様は初心なのでしょう」


 オールトン侯爵家の見届人と我が家の見届人が、必死で止めています。

 交互に訴えかけてきます。

 二人とも辺境の状況、オールトン侯爵家と我が家と状況をよく理解しているのでしょうが、アレクサンダー様の事を理解していません。

 アレクサンダー様は初心なのではなく、アメリアに呪縛されてるのです。

 アメリアの事が忘れられないのです。

 アレクサンダー様に恋焦がれていたからこそ、私には分かります。


 思わずアレクサンダー様に目をやってしまいました。

 まだ身体がピクピクと痙攣していますから、殺してしまったわけではないです。

 可哀想なアレクサンダー様。

 哀れなアレクサンダー様。

 まだ完全に怒りがおさまったわけではありませんが、アレクサンダー様の気持ちが分からないわけではないのです。


 魂の伴侶ともいえる、相思相愛のアメリアが死んでしまったのです。

 自分も死にたかったことでしょう。

 後追い自殺したかったのだと思います。

 でも死ぬことは許されなかった。

 オールトン侯爵家の次期当主として、家臣領民を護らなければいけません。

 隣国が攻勢を強め、領内の村や街が襲撃されている状況で、家督争いのような内部抗争など許されないのです。


 優しい方なのです。

 貴族とは思えないくらい、優し過ぎるくらい優し方なのです。

 私のような出来損ないに手を差し伸べてくださるくらい、優しい方なのです。

 だからこそ、何もなかった私は、いえ、忌み嫌われ傷つけられてきた私は、アレクサンダー様に執着してしまったのです。


「やあ、ソフィア。

 今日は何をして遊んでいたんだい?

 一人で遊んでいても楽しくないだろう?

 僕たちと一緒に勉強しよう。

 こちらにおいで」


 アレクサンダー様は本当にお優し方でした。

 アメリアとの婚約が整い、二人は実家から常に一緒にいる事を求められました。

 ですが無理をされているようにはみえませんでした。

 自然と、いえ、互いに惹かれて側にいるのがわかりました。

 私も幼いとはいえ、アレクサンダー様がアメリアを愛しているのは、女の本能でわかります。


 二人の仲睦まじい姿を見るのは、心臓を剣で貫かれるような痛みを伴いました。

 それでも、何もない私は、アレクサンダー様を欲したのです。

 どれほど辛く苦しく痛みを伴っても、アレクサンダー様に言葉に縋りつきました。

 母上や父上、一族一門の貴族だけではなく、平民の使用人からも顧みられず、いつも一人でいる私には、アレクサンダー様の慈愛の視線と言葉しかなかったのです。


 教師役の者や、側仕えや護衛は、アレクサンダー様の言葉に甘えて、一緒に学ぼうとする私を厳しい目で見ました。

 幼く弱かった私は、その視線に恐怖して思わず足を止めてしまいました。


「その視線と表情はいけないな。

 許されない不敬だよ。

 恐れ多くもソフィアは、国王陛下の姪に当たられるのだよ。

 ウェルズリー侯爵閣下やイヴリン王妹殿下がどのように接しても構わないが、臣下の分際でそのような態度をとるのは、死刑に当たるのではないかな。

 少なくとも僕は絶対に許さないよ。

 ソフィアは僕の義姉になるのだよ。

 義姉にそのような態度をとる者は、僕の側には近寄らせない。

 今この場で解任してあげるよ。

 どうするんだい?

 態度を改めるのかい?

 それとも辞めるのかい?」


 私は、その場で号泣してしまいました。

 それまでの私は、母上や乳母から受ける躾の痛みで、使用人になにをされても我慢するしかありませんでした。

 泣くことも許されませんでした。

 泣けば泣くほど、激しい痛みを伴う躾を受けることになるのです。

 何があろうと我慢して、声を出さずに生きるしかありませんでした。


 そんな私に、アレクサンダー様は慈愛をくださいました。

 初めて知る慈愛に、泣きじゃくる以外の表現はできませんでした。

 そんな私が、アレクサンダー様に執着するのは当然だと思うのです。

 慈愛だけで満足しようと思いました。

 でもできませんでした。

 慈愛ではなく情愛まで欲してしまったのです。

 絶対に手に入らないのは分かっていたのに、それでも渇望してしまったのです。


 アレクサンダー様が私をかばってくださって以降、貴族以外の使用人の態度が一変しました。

 アレクサンダー様の本気に恐怖したのでしょう。

 内心はともかく、表面上は母上や父上に接するのと同じように仕えてくれるようになりました。

 アレクサンダー様のお陰で、三人一緒に学ぶ事ができました。

 今私が貴族らしく振舞えるのは、アレクサンダー様のお陰なのです。


 でも、私は強くなったのです。

 アレクサンダー様のお陰で強くなったのです。

 逆にアレクサンダー様には、私に見えなかった弱さがあったのでしょう。

 母上に対する、いえ、全ての貴族に対する憎しみと、アレクサンダー様に対する執着で強くなった私には、その弱さが我慢できなくなっていたのです。


「いいえ無理です!

 アレクサンダー様はアメリアに呪縛されているのです!

 今のアレクサンダー様に、政略結婚の義務を果たす事はできません。

 オールトン侯爵家の事もウェルズリー侯爵の事も、私の知った事ではありません。

 私は家を出ます。

 元々私は忌み嫌われてきた、いらない子でしょう。

 私の好きにさせていただきます。

 父上も母上も後の事は好きにすればいいわ!」

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