第8話

 全て見ていました。

 全て理解していました。

 ですが、全く感情が反応しませんでした。

 全て他人事でした。

 自分の身に起こっていることなのに、どうでもよかったのです。

 排泄を垂れ流すような恥ずべきことも、どうでもよかったのです。


 身の回りの全ての事を、アレクサンダー様がしてくださっていました。

 衣服の全てを脱がされて、身体を丁寧にふかれても、羞恥心も喜びも感じなかったのです。

 それどころか、排泄物の処理までしていただき、汚れた所まできれいにしていただいていても、羞恥心も喜びも感じませんでした。

 今思えば顔から火が出るほどの羞恥心を感じます。

 同時に、そこまでしていただけていたという、沸き上がるような喜びも感じます。


 その時には、至福の時間がどれだけの長さだったか分かりませんでした。

 今思えば、二カ月もの長き間、アレクサンダー様を独占していたのです。

 その愛情をお返ししたいと、今は思っています。


 私が全てを取り戻したのは、アレクサンダー様が襲われたからです。

 いえ、私を襲ってきた者たちを斃そうとして、アレクサンダー様が危地に陥られたからです。

 今思うに、どれほど恥ずかしくても、アレクサンダー様を独占できたので、感情を取り戻したくないと思っていたのでしょう。


 ですが、私のために、アレクサンダー様が殺されるなど許せるはずがありません。

 天高く燃え上がる炎のように、一瞬で怒りが沸点に達しました。

 私は即座に意識を取り戻し、間髪入れずに圧縮した火炎魔法を、敵に額に叩きつけました。


 極限まで圧縮した火炎魔法は、鋼鉄の板金鎧であろうと焼き溶かして貫通します。

 生身の人間の身体など薄紙を破るより簡単です。

 八人の男がアレクサンダー様を襲っていましたが、瞬殺してやりました。

 胸のすく思いでした!

 とても爽快でした!


「おお、ソフィア!

 ソフィア、ソフィア、ソフィア!

 よく戻ってきてくれた!

 ごめんよ、ソフィア!

 全て僕が悪かったんだ!

 見栄を張って真実を話さなかった僕が悪かったんだ!

 僕は病気なんだ。

 病気のせいで君と愛し合えないだけで、君を嫌っているわけではないんだよ!」


 全てが、感情を失っていた時の全てが、私の中であふれかえりました。

 アレクサンダー様の懺悔もです。

 私のお世話をしてくださりながら、何度も謝ってくださっていました。

 繰り返し繰り返し懺悔してくださってしました。

 全ての情景と言葉が私の中で溢れます。


 許すも許さないもありません。

 二カ月もの間、あれほどの情愛を示してくださったのです。

 身体を重ねられないことなど大した意味はありません。

 アレクサンダー様が生きていてくだされば、それだけでいい。 

 ついさっき、アレクサンダー様が襲われているのを見て、心底そう思ったのです!

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