第12話

「レオンが泣いているようだね」


「申し訳ありません。

 直ぐに泣き声の届かない部屋に移動していただきます」


「いや、かまわない。

 私が抱こう。

 こちらに連れてきてくれ」


 アレクサンダー様と私が住む別館は、急に賑やかになりました。

 私を犯しアレクサンダー様を殺そうとした分家から、十人の猶子が送られてきたのですが、実質人質と同じです。

 どこかの分家がオールトン侯爵家の家督を継げるかもしれませんが、下手な事をすれば、実子が皆殺しにされ、自分の血統が絶えるのです。


 自分の血が途絶えるのは、家を大切にする貴族士族には悪夢です。

 クロエはその事をよく理解していたのでしょう。

 私には理解できない事でしたが、貴族らしい育ちをされたアレクサンダー様には、よくわかることだそうです。


「一緒にお風呂に入ろうか」


「はい、アレクサンダー様」


 アレクサンダー様は私から一時も離れられません。

 私を護ろうとしてくれます。

 それが私の心を壊した罪滅ぼしだとしても、母にも父にも見捨てられていた私には、唯一優しくしてくださったアレクサンダー様しかいないのです。


 男女の情愛でなくていい。

 そう自分に言い聞かせてはいます。

 アレクサンダー様に出会うまでの生活と比べたら、アレクサンダー様の視線がアメリアだけに向けられていたころに比べたら、今の方が十分幸せです。

 

 でも、だけど、心の奥底に、どうしようもない寂しさと哀しみがあります。

 アレクサンダー様が私を抱けないのは、まだ心の中にアメリアがいるのです!

 アメリアはまだ死んでいないのです。

 いえ、死ぬときに、アレクサンダー様の心の一部を持って行ってしまったのです。

 だから、アレクサンダー様は誰も抱くことができないのです。


 私だけが忌み嫌われているわけではありません。

 アメリア以外のどんな女性も、アレクサンダー様の心と身体を掴む事はできないのですが、それで私の心が晴れるわけではありません。

 憎んではいけないのに、アメリアを憎み羨んでしまいます。


 アレクサンダー様に対しても、何とも言えない、愛憎が心に生まれてしまいます。

 分かるのです、私がアレクサンダー様を愛し執着してしまうように、アレクサンダー様もアメリアを愛し執着してしまう事を。

 心から愛し、相思相愛だった魂の伴侶を失い、死にたい気持ちを押し殺して、家を護るために政略結婚をしなければいけないアレクサンダー様の気持ち。


 隣国が攻勢を強め、家臣領民が戦乱で苦しむ中で、自分だけ死に逃げることが許されない辛さ苦しさを、少しは想像することができます。

 できますが、私は、どうしようもなく、アレクサンダー様を愛しているのです。

 心の全てを独占したいと思ってしまうのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る