31話『罪砕く牙』
「――え?」
呆けたような声を発するローレン。
その目に映っているのは、変わり果てた叔父の末路だった。
頑丈な頭蓋骨は砂糖菓子のごとく砕かれ、辺り一面にその中身が飛び散っている。
断面から真っ白な
収まるべき
凶器となったのは、彼の頭部を吹き飛ばし、広間の石壁に根本まで突き刺さった、杭のような白い釘。
地面と水平の軌道をとっていたところから、狙撃手がいるのは外壁の上だろう。
そして今なお、大広間目掛けて武器を構えているに違いない。
衝突音の反響が消えやらぬうちに、すさまじい悲鳴が連鎖した。
芋を洗うような狂乱。
つまづいた挙げ句に踏みつけられ、ボロ雑巾のような有り様で横たわる者さえ出る始末だ。
「くそっ……!」
彼らしくもない
手にした槍の
その端整な顔は憤激と悔悟に歪み、
夜闇を舞う
だが、間に合わなかった。
超人の域にあるアラヤの直感すら上回る、神域の速攻。
防衛に優れた盾ではなく、射程を優先した槍に持ち替えたにも関わらず、ギュンターの口を封じんとする凶行を止めることができなかったのだ。
それを可能とするのは、
キアナの喉が干上がり、恐怖に髪が逆立った。
腹の底まで響く
瞬きの内に飛来した第二撃は、刹那の内に召喚された黄金の盾によって阻まれた。
ローレンの巨大な氷槍を、小揺るぎもせず受けきったその鉄壁ぶりは、キアナの記憶にも新しい。
「ぎッ……!!」
だが、衝突の勢いで、アラヤの小柄な体躯が宙に浮いた。
盾は自らの貫通こそ許さずとも、叩きつけられた莫大な慣性力までは殺しきれなかったのだ。
腹をくの字に折りながら、アラヤはなんとか着地しようと空中で体勢を整える。
そこに、第三、第四の牙が連続して直撃した。
蹴り飛ばされたゴム
何台ものテーブルをなぎ倒し、硬い壁に半ばめり込むようにして崩れ落ちた。
「っ――――!!」
絶叫を噛み殺し、キアナは素早くナイフを握り直し、胸の上に構える。
あんな攻撃を何発も食らったら、とても再生どころではない。
そうなる前に、いつでも心臓を止める用意をしなければ。
ここなら柱の陰だから、狙撃を食らう心配はない。
大丈夫、ほんの数センチ押し込めばそれで済む。
あの女が見えた途端、即座に全力の魔法を叩き込んでやる――!
「――我が『狂信』の
そして、
ヴェールの下からはみ出した、くすんだ銀色の髪。
アラヤよりも、さらに
星黎教神託派。『
『
『狂信』の聖者。ヘルムート・フォーグラー。
その猫を思わせる目尻の吊り上がった
「っ!」
「『
強化なしでは、アラヤの盾は貫けぬと悟ったのだろう。
キアナの自害よりも早く、
それは、ヘルムートにとってのルーティーン。
口にするだけで、その身体は擦り切れるほど反復した動作を実施した。
まばたきのように無造作な
振り上げた右脚を起点として、最適化された投擲運動が開始される。
足首から腰へ。腰から肩へ。肩から肘。肘から手首。
軸足に充填した自重と、身体強化による爆発的なエネルギーが、唸りを上げて彼女の
鞭のようにしなる左腕。
地面との角度は、
機械のように正確な
ヘルムートの左目から、電光のごとき純白のオーラが弾け、火花を散らす。
振り抜かれる間際、若木を裂くような異音を伴い、ヘルムートの手中にある釘が変形していく。
神に背きし異端の象徴。
あたかもそれは、
「――――『
撃発。
大気を引き裂き、埃を舞い上げ、白釘は中空を疾走する。
その天災じみた魔力の凝縮は、天を駆け、空を
キアナのナイフが数ミリ動くよりも早く、稲妻は十メートルの距離をゼロにした。
想像を絶する死のカタチを前にして、キアナは今はなき過去を見た。
獲物を手に帰ってきた
花の冠の編み方を尋ねてくる妹。
毎日のように、小川や原っぱを駆け回った親友。
そして、いつも優しくしてくれた、近所の青年の笑顔。
なぜ彼らはいなくなったのか。
なぜ彼らは、存在することさえ許されなかったのか。
(――死ぬ。嫌だ。まだ、私、何も)
涙を流す猶予もなく、後悔を抱く
仇も討てず、真相もあばけず、ただ理不尽に死ぬ無念を嘆く時間さえもなく。
キアナはただ、迫り来る絶望の中で、己の無力を呪っていた。
だが、
「――『
あらゆる
高さ二メートルを超える円形の
およそ人の手に余る
術者が掲げる理想や正義を体現した、概念的効果を付与された武装。
強く願えば願うほど、際限なく強度や強制力を高めていく、召喚武装の究極系。
『
アラヤが大切に思う者を守るとき、その盾は
『跪け、我が凄烈なる信仰に』もまた、ヘルムートの信仰を体現した概念武装である。
付与された概念は『断罪』
星黎教の教義を基準とした罪深き者。帝国に
だが、投げ放たれた稲妻は、鋼鉄のごとき護りに弾かれ、威を失った。
無論、背後に控えるアラヤたちには、破片一つ届きはしない。
すなわちそれは、撃滅手の信仰が、護り手の理念に敗北したということ。
憤激するヘルムートの目から、純白のオーラが噴出する。
「……アラヤ」
「そのナイフの出番はありません。ローレンさんを連れて、早く城の外へ」
遅れてにじんだ涙を拭うキアナに、アラヤが眉を険しくしながら告げる。
ぼうっとしている場合ではない。
とにかく、自分にできることを探さなければ。
キアナは何度もうなずき、未だに呆然としているローレンに肩を貸すと、無理やり立ち上がらせた。
「ほら、立ちなさいって……!」
「あ、ああ……でも、叔父さんが、
「後でやっといてあげるから!」
うわ言をつぶやくローレンを、半ば引きずるようにして大広間から連れ出すキアナ。
二人の背中で、再びの激突が始まろうとしていた。
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