26話『妖炎、絢爛なれど』

 片や、学内でさえ頂点には至れぬ、凡庸ぼんようの秀才。

 片や、隣国りんごくクラリオンにさえ名を馳せる撃滅手の一角いっかく

 その衝突が招く結果など、百人が百人、異口同音に自明じめいと切って捨てるだろう。

 事実、今現在繰り広げられている戦闘は、誰の目にも、弱者が敗北を先延ばすための、抵抗としか映らないに違いない。

 オフィリアの火炎魔法と、ゼッケンドルフの召喚術によって、庭園は戦禍せんかこうむったかのような惨状さんじょうていしていた。


「『猛虎斧ヴィルダー・ティーガー』」


 神父が振り下ろした左右の腕から、二振りの大斧おおおのが発射される。

 残像が焼き付くほどの高速回転。

 着弾した石橋が、木っ端微塵に破壊される。

 だが、橋の上にいたはずのオフィリアの身体は、幻のごとく消えてしまう。


「チッ……! 小賢しい真似を」


 狙いを外したと悟ったゼッケンドルフが舌打ちする。

 陽炎かげろう

 密度の異なる大気を通過した光は屈折し、ありもしない虚像を生み出す。

陽炎の幻惑イグニス・ヘイズ

 この現象を利用し、射程内に幻影を生み出す火炎魔法の一種である。

 無論、それらは明るいところで目を凝らせば、難なく偽物と見破られる程度のもの。


 だが、裏を返せば、ごく一瞬ならば、格の違う相手さえもあざむける。

 ましてや、戦場となっている庭園は、火の海と化しているのだ。

 いかな撃滅手の目をもってしても、実像と虚像の区別は容易くない。 

 また、どんなに荒らされようと、ここは彼女自身の庭である。

 植生や石像、岩、小川、わずかな高低差さえ利用して、オフィリアはゼッケンドルフの攻撃をかいくぐっていた。


「『火炎の嚆矢イグニス・アロー』!」


「『禽嘴剣シュナーベル』!」


 幻影をおとりとし、縦横無尽に庭園を駆け回りながら、死角を突いた攻撃を放つ。

 これが今、オフィリアに取り得る最善の戦術だ。 

 しかし、早くもゼッケンドルフは対抗策を編み出していた。

 幻影に惑わされる可能性を排除するため、オフィリアの姿が見えたとしても、決して相手にしない。

 その代わり、火炎魔法が飛んできたときは、即座にその方向を目掛け、召喚した武装を投擲とうてきする。


(所詮、虚像は虚像。実体を増加させているわけでもない。ならば、あの火球にのみ気を配ればいい)


 いくつ虚像を生成したとしても、それらが魔法を使えるわけではない。

 つまり、魔法が発動された瞬間、そこには確実に本体がいる。

 本物と偽物の見分けなど、最初からする必要さえないと看破したのだ。 


(学生ならば、実戦的な魔法はこれで打ち止めだろう。思っていたよりは頭が回るようだが、所詮は餓鬼だ。その程度の腕前で、俺と知恵を比べ合おうなど十年早い)


 単純な論理をもって、オフィリアの戦術は完全に無効化した。

 能動的に仕留めに行く必要すらない。

 適当にさばいていれば、遠からず向こうの魔力が尽きる。

 そう確信したゼッケンドルフは、淡々と『火炎の嚆矢』を迎撃し続けていた。


「『火炎の嚆矢』!」


(馬鹿の一つ覚えが)


 十数発目の火炎魔法に、いい加減ゼッケンドルフも焦れてきた頃だった。

 心の中で毒づき、目の前に飛んできた火球に、ほとんど機械的に反撃を返す。

 しかし、放った『禽嘴剣』は、火球をすり抜けた。

 この『火炎の嚆矢』自体が、オフィリアの作り出した幻影だったのだ。


(『本命』はどこだ――!?)


 突然のイレギュラーに動揺しつつも、とっさにゼッケンドルフは飛び退すさる。

 そこに、二発目の『火炎の嚆矢』が、まったく別の方向から襲いかかった。

 爆裂。

 空中で身を捻り、回避を試みたゼッケンドルフだったが、大きく膨らんだ爆炎に脚を飲み込まれる。

 

「ぐぅッ!」


 なんとか足から着地したものの、ゼッケンドルフは苦痛に顔を歪める。

 彼の右足は、爪先から膝上あたりまで焼けただれ、惨たらしい火傷の跡を晒していた。

 

「貴様ッ!」


 完全に舐め切っていた相手から浴びた、想定外の痛打。

 瞬時に激昂し、ゼッケンドルフは火球が来た方向へ疾走する。

 

(楽には殺さん。はらわたを抉り出し、死の間際まで甚振いたぶってくれる!)


 その途中、断続的に『火炎の嚆矢』が飛来するが、もはやどうということもない。

 全てを的確に撃ち落とし、オフィリアが潜んでいると思しき、燃え盛る茂みの真上へ跳躍する。

 居た。

 精根尽き果て、疲弊しきったようにへたり込むオフィリアの姿。

 身につけていたドレスは、あちこちが破れ、焼け焦げ、所々には浅からぬ傷が刻まれている。

 いくら地の利を活かし、幻惑を駆使したとて、ゼッケンドルフが繰り出す暴虐から、完璧に身を守ることなど、できはしなかったのだ。

 焦点の定まらぬ瞳で、頭上のゼッケンドルフを見上げ――慌てたように杖を持ち上げるが、もう遅い。


「『魔剣工房レーヴェンス・ボルン凶器乱舞ヴィルベル・シュトゥルム』!」


 全身の弾倉きずぐちを開放し、あらん限りの武装を撃ち放つ、無差別全方位攻撃。

 もはや、どんな反撃が来ようと関係なし。

 一切合切を問答無用で叩き潰さんとする、ゼッケンドルフの怒りの表れである。

 砲弾のごとく撃ち出された数十の凶器が、彼を中心とした半径二十メートルを、余すところなく破壊し尽くした。

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