第19話『目論見』


 オフィリアの屋敷の前に到着した馬車から降りたアラヤたちは、広大な庭を突っ切って玄関へと向かう。

 その途中には、四百年の歴史を誇る『九大名家』ベルジュラック家の威信を示すかのような、数々の像や見事に刈り込まれた植木が、来客を出迎えるように立ち並んでいた。

 召使いが差す大きな傘に入れてもらいながら、キアナは質問を投げかける。


「その撃滅手って連中は、なんでギュンターに従っているわけ? そいつらは帝国の繁栄とかいうくだらない教義にしか興味ないんでしょ?」


「順当に考えれば、ギュンターに従うことが帝国の繁栄につながっているからとしか考えられませんわね」


「それはそうだけど……」


 ギュンター・テイルローブ。

 キングストン王立魔法学院の副学院長にして、名門貴族の当主。

 学院内ではもちろん、王都における様々な分野に対しても、幅広く顔の利く人物である。

 しかし、エカトリオン大陸の半分以上を領土とする超大国レムリアが、撃滅手という貴重な戦力を投じてまで、抱き込む価値があるかと聞かれれば、疑問が残るところだ。


「こう言ってはなんですが、クラリオンは数ある国の一つに過ぎません。本気で帝国が我が国を征服しようと目論んだのなら、止める術はないと言っていいでしょう。帝国からすれば、大陸南部への進出を阻む位置にあるクラリオンは、いずれ必ず排除しなければならない障害ですから」


「そんな弱気な……」


「弱気ではなく事実です。当然、有事に際しては、私も死力を尽くす覚悟ですが。しかし、実際に帝国と全面戦争になるような事態は、まず起こり得ないと断言しても構いませんわ」


「どうして?」


「領土が広いということは、それだけ多くの国と国境が接しているということ。そして、それらのほとんどは帝国と敵対関係にある国ですわ。クラリオンは大国とは言えませんが、間違っても小国などではありません。もし帝国が後先考えずにクラリオンに攻め入れば、好機と見た周辺国が一斉に剣をとることでしょう。そうなれば、いくら帝国とて無事では済みませんわ」


 自然界において、一般的に強者たりうるのは、大きな図体を持つ生物だ。

 だが、それが必ずしも有利に働くという保証はない。

 外敵との戦いに勝つことだけが、生存競争ではないからだ。

 と、ずっと黙り込んでいたアラヤが、不意に口を開いた。


「……つまり、帝国側としては、何かしらの裏工作でクラリオンの弱体化を図りたいところでしょうね。たとえば、悪いお酒を流行らせるとか」


「あっ……」


 キアナの背筋が、ぞわっと総毛立つ。

 見えないところで、すでに帝国の侵略は始まっているかもしれないのだ。

 オフィリアが満足げにうなずいた。


「さすがはアラヤさんですわ。革新派の貴族の間でも、この一連の問題は、単なる木っ端役人のおいたとして処理してよいものではないという見方が強まっています」


 そこで、オフィリアは悔しそうに唇を噛んだ。


「しかし、未だに黒幕を暴く段階には至れていないのが現状ですわ。いえ、至れていないというより、それ以上深入りするのを避ける者が増えているのです」


「どういうことですか?」


「この件について調査していた貴族が、相次いで暗殺されていますの」


「……それは、穏やかではありませんね」


「ええ。被害者は皆、錆びた剣のようなもの﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅か、太い杭のようなもの﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅で、例外なく頭部を貫かれて亡くなっていました。死体に凶器を抜いた痕跡が見つからなかったことから、刺客は武装の具現化に長けた手練てだれだと思われます」

 

「っ! それって……」


 息を呑むキアナに、アラヤも険しい表情で首を縦に振る。

 錆びた剣に、太い杭。

 これらの特徴的な武器を具現化して用いる使い手が、そう何人もいるとは思えない。

 しかし、これは非常に大きな手がかりでもあった。

 目つきを鋭くしながらも、アラヤは珍しく好戦的に犬歯を覗かせる。


「オフィリアさん、間違いありません。その刺客は、私たちを襲撃した撃滅手です」


「本当ですの!? ……不謹慎ですが、僥倖と言えますわ。これで大きく我々は前進したことになりますもの」


「はい。犠牲になった方々や、ホスタさんたちのためにも、一日でも早く真相を暴かなければ」


 うなずき合う二人を交互に見て、ようやくキアナは彼らの言わんとすることに察しがついた。

 ワルド商会の件について探りを入れていた者たちを殺害したのと、昨夜自分たちを襲撃したのは同一人物。

 そして、その人物たちを従えているのは、他でもないギュンターだ。

 つまり、ワルド商会か、ゼッケンドルフたちと、ギュンターの関係を証明できれば、自動的にもう一つの問題も解決することになる。


「まずはどこから攻めますの? 切り口はいくらでもありますが」


「そうですね。まずは手近なところからいきましょう」


「と、おっしゃいますと?」


「私たちとギュンターさんには、共通の知人がいらっしゃいますよね。その方からです」


 ◆


「やあ。臨時試験はどうだった? 君ならあのくらい余裕だったと思うけどね」


 翌日。

 昼休みに呼び出しをかけたローレンと、アラヤたちは昼食をとっていた。

 場所は食堂。全体を見渡すことのできる、入り口から一番遠いテーブルだ。

 輝くような白い歯をのぞかせ、気さくに笑いかけるローレン。

 しかし、アラヤだけが曖昧な愛想笑いを返すのみだった。


「どうもこうもありませんわ。あのような姑息な手を打っておいて、何をいけしゃあしゃあと」


「姑息な手? 何を言っているんだい。事前に問題集を渡しておいただろう? それも大した量じゃない。真面目に取り組めば、十分に合格点を取れたはずだ。あれで落とすなら処置なしだよ」


 憎々しげに吐き捨てるオフィリアに、ローレンは心外だとばかり肩をすくめる。

 演技であるならば、それこそ舞台に立てるような役者ぶりだ。

 それを見て、怪訝に思ったキアナはアラヤに目配せを送った。

 真偽はともかく、臨時試験の真の目的﹅﹅﹅﹅は、ローレンには知らされていなかった可能性がある。

 アラヤはかすかにうなずくと、満を持して切り出した。


「実は昨日のことなんですが……」


 ことのあらましをかいつまんで話すアラヤ。

 聞き終わる頃には、ローレンの顔からすっかり笑みが消えていた。

 こめかみに手をやり、信じられないとばかりローレンは首を振る。


「……君たちには悪いが、今のが全て作り話だったらどんなにいいかと思っているよ」


「私も同感です」


「こんなことを聞くのはどうかと思うが、傷を見せてもらえないかな? 襲われたのはつい二日前なんだろう?」


「傷ですね。構いませんよ」


 そう言うと、アラヤは左腕の袖をまくった。

  


「確かに黒い噂の絶えない人ではあったが、それでもこの国を思う気持ちは本物だと思っていた。だから多少目に余ることがあっても支持していたのに……」


 頭痛をこらえるように目をつぶり、ため息をつくローレン。

 ひどく苦悩しているようだったが、キアナとしてはしらけた気分だった。

 魔法学院でありながら、入学試験で武術を試させる。

 前触れもなく臨時試験を課したかと思えば刺客を差し向け、挙げ句に学生証のコインを盗ませる。

 つい数日前からでも、ギュンターの悪行を数え上げれば、枚挙にいとまがないのだから。

 単に、臨時試験のくだり同様、本当に知らなかっただけかもしれないが。

 そんなローレンの姿に、オフィリアは溜飲が下がったように鼻を鳴らす。


「これでお分かりいただけたでしょう? あの爺の本性が。私やキアナさんはともかく、アラヤさんがあなたにこのような嘘を吹き込む必要などありませんもの」


(なぜ私を巻き込む)


「ああ。我が国を帝国に売り渡すような真似は見過ごせない。半信半疑ではあるが、可能な限りの協力はしたいと思う」 


 前髪をかき上げ、丁寧になでつけると、ローレンは元の調子を取り戻したようだった。

 ギュンターに近い協力者を得られたのは、大きな前進だ。

 キアナはテーブルの下で、密かにアラヤと拳を打ち合わせた。


「それで、僕は何をしたらいいんだい?」


「少々小耳に挟んだことなのですが――親睦会と呼ばれる会合について、ローレンさんは何かご存知のことはありますか?」


 親睦会。

 その単語を聞き、キアナは二日前に行われた入学試験を思い出した。


 ――――


 「テオドラ君。君は今月の親睦会には来なくていい。来月も、再来月もだ」


「……承知しました。今までお世話になりました、ギュンター副長」


「正直失望したよ。私は君の腕っぷしだけ﹅﹅は買っていたのだがね」


 うなだれるテオドラに痛烈な皮肉を投げかけ、ギュンターは他の教師たちとともに演習場を出ていった。


 ――――


 おおかた、ギュンター率いる学院の伝統派を集めた集会のことだろうとキアナは予想していた。

 せいぜい、いかにして学院から非貴族の学生を追い出すかについて、差別と偏見に満ちた益体やくたいもない議論を繰り広げているものと思っていたが、こうなってくると話が変わってくる。

 ローレンも、眉間の皺を深くしてうなずいた。


「ああ。僕はまだ参加させてもらったことはないけどね。でも、次の会からは顔を出させてもらう約束だった」


「それはよかったです。場所はどちらで?」


「残念だが、まだ知らされていない。というより、決まっていないと言った方が正しいかな。

 



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