第4話『アラヤ様、試されるー上』
キアナは意を決して尋ねる。
「一体何の用? お礼参りにしては手が込んでるけど」
「まさか! そんなことのために、わざわざこんな大掛かりな真似をしでかす女に見えまして!?」
見える、と言いたいところだったが、話の続きが気になるのでやめておいた。
オフィリアは、ばっと教師たちの方へ腕を広げてみせる。
「こちらの並み居るお歴々は、学院の有力者たち……端的に言えば、一人や二人くらいなら、簡単に生徒として学院にねじこめてしまえるのですわ!」
「あなたがお世話になった人たちってこと?」
「そうそう、あのときは本当に苦労して……って、違いますわ! 失礼なことをおっしゃらないでくださいまし!」
「キアナさん、オフィリア様が
いかん。つい茶々を入れてしまった。
と、一人の中年教師が大きく咳払いをした。
「ベルジュラック君。この後も予定が詰まっているので手短に頼めるかね。学生と違って忙しいのだよ私は」
「……あら、失礼しましたギュンター副長先生。御老体に演習場の寒さは堪えますものね。よろしければ、いつでも退場いただいて結構ですのよ?」
「何を言っている。君が突然臨時の入学試験をやれと言うものだから、こうして監督役として来ているのだぞ」
ギュンターと呼ばれた男が、不愉快そうにカイゼル髭をいじる。
実力至上主義の革新的な学院長派。
貴族至上主義の伝統的な
この対立構造が、学院内のヒエラルキーに大きな影響を与えていることは周知の事実だ。
今のやり取りから察するに、オフィリアは前者の派閥に属するのだろう。
いい年こいて、実に子どもじみている。
絶対に関わりたくない、と思いつつ、
「入学試験? 一体何の話ですか?」
「…………」
キアナの問いを黙殺するギュンター。
古き良き貴族らしい振る舞いである。
平民の質問など、口を開くにも値しないというわけだ。
これで、対外的にはいっぱしの教育者面をしているのだから笑わせる。
代わりに、オフィリアが答えた。
「そちらのアラヤさんの入学試験です。本来、立会人として教師が一人いればそれで済むのですが、副長先生たちがどうしても実力をこの目で見てみたいとおっしゃるものですから……」
「いや、待って待って。特待生? 誰が推薦したっての?」
「もちろん、彼の腕前を最もよく知るこの
白々しく言ってのけるオフィリアに、キアナは思わず唸った。
裏庭でボコボコにされたのは、あくまで後見人の自分が、彼の実力を試しただけのこと。
決して真剣勝負などではない。
……という触れ込みで、赤っ恥かいたことを帳消しにしようという算段なのだろう。
もちろん、衣食住の面倒を見ることで、本人の口も塞いでおく、と。
現場の目撃者がいたとしても、せいぜい数人。
しかも、一部始終を見ていたわけではない。
となれば、公の『事実』を流すことで、真相など簡単に塗りつぶせると踏んだわけだ。
一部の有力貴族には、親戚を特待生として推薦できる権利が与えられている。
だが、こんな目的で使用されたのは前代未聞だろう。
さすが貴族。体面を守ることにかけては天下一品である。
すると、それまで黙っていたアラヤが口を開いた。
「つまり、私はこの学院に入ることができるのですか?」
「ええ、たとえどんな生まれであろうと、万人に適切な教育を受ける権利が与えられて然るべきですもの。まあ、
「……チッ」
アラヤの風体を見て、嫌悪感もあらわに舌打ちするギュンター。
彼のような身なりのものが、視界に入っているだけで気に食わないのだろう。
ましてや、高貴なる魔法学院に籍を得るなど、怖気が走るといった面持ちだ。
学院に入学すれば、こういった貴族主義者からの侮蔑は避けられない。
強い野心と目的意識があるなら、ある程度は耐えられる。
だが、何も考えずに入ってしまったら、きっと辛い思いをすることになるだろう。
キアナはアラヤに助言した。
「別に、嫌なら嫌でいいから。アンタくらいの力があれば、どこに行ったってやっていけるでしょ」
「キアナさん? これはアラヤさん自身が考えて決断することですのよ。余計な口を挟まないでいただけるかしら?」
「一応親戚ですから。あなたと同じでね、オフィリアさん。だから私も呼び出したんでしょう? でないと筋が通らないもの」
「むむっ……」
少なくとも、学院側にはそう説明してあるのだ。
まったくの嘘ではない。
「で、どうするの? 私はやめといた方がいいと思うけどね」
「もちろん、挑戦させてもらいますよ。
ぐっと拳を握るアラヤの目は、少年らしくキラキラと輝いていた。
(同年代?)
そう心の中で突っ込みを入れつつ、キアナは肩をすくめた。
「……ならいいけど」
「それでは、改めて試験開始ですわ!」
オフィリアは再び宣言した。
◆
「試験内容は、私の選抜した試験官と模擬戦闘を行い、合否を判定するというものだ。ただし、細かい規定は試験官自身に委ねることとする。異論はないな」
高圧的な口調で告げるギュンター。
異論があったとしても、受け付ける気などまるでなさそうだ。
何かしら、子分の教師を使って小細工を弄してくる可能性は高いだろう。
正規の入学試験でも、模擬戦など実施していなかった。
しかし、アラヤはニコリと笑って返した。
「はい、ありません」
(もらった。戦闘なら負けるわけない)
キアナは心の中でガッツポーズをしていた。
どんな相手だろうが、オフィリアを文字通り瞬殺したアラヤなら、苦戦するはずもない。
ギュンターはかすかにうなずくと、教師陣の方へ向かって顎をしゃくった。
「テオドラ君、前へ」
「はい、ギュンター副長」
大股で進み出たのは、若い女性教師だった。
百七十センチ近い、この国の女性としては驚異的な長身。
後ろで一つにまとめた銀色の髪に、化粧っけのない勝気な顔立ち。
パンツスーツ姿も相まって、男勝りな雰囲気を醸し出している。
(? あの人、確か運動教育の教官だったような……)
担当教師ではないためあやふやだが、魔法が得意とは聞いていない。
「アラヤと言ったな。彼女が君の試験官だ。……頼んだぞ、テオドラ君」
そう言うと、ギュンターはテオドラ教諭と入れ替わるようにして下がった。
人好きのする笑顔を浮かべるアラヤの顔を、じっと見つめるテオドラ教諭。
そして、ふっと気さくに笑った。
「魔法が得意らしいな。それも相当な腕だとか」
「いえいえ、それほどでも」
「謙遜しなくてもいいさ。私は魔法が苦手だからな。魔法を使った戦いじゃ、とても勝ち目はなさそうだ」
「そんなことはありませんよ。専門家の先生方に比べれば、私などお話にもならないでしょうね」
すると、テオドラは言質をとったようにほくそ笑んだ。
右手を虚空に掲げる。
次の瞬間、彼女の手には大ぶりな
長さ180センチほど。
文字通り、断面が八角形になるよう成形された
テオドラは不敵に口の端を吊り上げた。
「なら、お互いの得意分野――武術で勝負するっていうのはどうだ?」
「はあ!?」
「ちょっと、副長先生!? お話が違いませんこと!? ここは魔法学院ですのよ、いくら実技試験だからといって、白兵戦で競い合うなど……!」
キアナとオフィリア、双方の抗議に、ギュンターは鼻を鳴らした。
「細かい規定は私の選抜した試験官に委ねられる――このことに同意したのは、他ならぬ受験者自身だ。外野は口を挟まないでもらえるかな」
「ぐっ……だ、だからといって理不尽すぎますわ! テオドラ先生の怪力と渡り合える人間なんて、王国でも数えるほどしかいないと言うのに!」
「何を言うのかね。テオドラ君は試験官だ。無論、寸止めはするだろう?」
「ええ、もちろんですよギュンター副長。ただ――」
大の男でも手に余る、八尺――約二・四メートルの八角棒。
重さ数十キロはあるだろう大物を、テオドラはまるでバトンのように軽々と振り回してみせた。
ブオンブオンと、耳朶を震わせるような風切り音。
手足を打たれれば開放骨折。
胴体ならば内臓破裂。
そして頭部ならば頭蓋骨骨折や脊髄損傷。場合によっては即死。
どこに当たっても、重傷は免れない凶器だ。
「――不幸な
「やむを得まい。どんな訓練にも
(こいつら……!)
要するに、手元が狂ったふりをしてアラヤを再起不能にするつもりなのだ。
一体、どこまで腐っているのか、貴族という連中は。
抗議を重ねようとしたキアナの方へ、アラヤがすっと手を挙げた。
「それで構いませんよ。怪我が怖くて模擬戦などできませんからね。仮にそのような事故が起こったとしても、私からは一切賠償を要求しないことをお約束します」
「ちょっと!」
「いい度胸だな。でも、本当にいいのか? その綺麗な顔に傷でもついたら、御両親が悲しむんじゃないのか? ……居ればの話だがな」
ギュンターを始めとした、伝統派の教師たちがくつくつと失笑する。
彼が孤児にしか見えないことを
しかし、アラヤはあっけらかんと返答した。
「ご心配なく。そのようなことはありませんよ」
「ほう、何故だ?」
「私が怪我をすることはないと思うので」
ピシ、と演習場内の空気が張り詰める。
テオドラの激情を感じ取ったのだろう。
親分のギュンターでさえ、こめかみに冷や汗を浮かべている。
怒りのあまり、顔面蒼白になったテオドラは、静かな声で言った。
「……面白いことを言うな、お前。武器は何がいい? 木刀でも何でも言ってみろ。出してやるよ」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
「自前で持ち込んでるのか?」
「私は素手で結構です。先生の美しいお顔に傷がついてはいけませんからね」
その言葉で、テオドラは堪忍袋の緒が切れたようだった。
一瞬、能面のように無表情になったかと思うと、
「舐めるな――ッ!」
般若の如き面相になったテオドラが、アラヤ目掛けて突進した。
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