第15話『襲撃の目的』


 翌朝。

 臨時試験のために早めに家を出たアラヤたちは、朝の喧騒に包まれる表通りを足早に進んでいた。


 ゼッケンドルフの襲撃に遭った路地裏は、黄色い縄によって封鎖され、物々しい出で立ちの兵士たちによって検分されている。


「ひでぇ有り様らしいな。舗装から壁まで傷だらけだってよ」


「とんでもない血溜まりがあったのに、死体どころか凶器も見つかってないらしい」


「薄気味悪いな……」


 野次馬たちの噂話を聞きながら、アラヤはさりげなく周囲に目を光らせていた。

 血みどろの穴だらけになった制服ではなく、もともと着ていたボロの服に袖を通している。

 せめてもの身だしなみとして、ジャケットだけは学院のものを着用していたが。


「……どう?」


「さすがにいませんね。火付けや盗人は不安になって現場に戻ってくるとは言いますが、なかなか忍耐強いみたいです」


「証拠は絶対残してないっていう自信があるとか」


「それもありますが、一番怖いのは最初から正体を隠す気がないことですね。追っ手が来たら始末すればそれでいい……と考えているのなら、非常に危険です。彼らなら、その実力もあるでしょう」


 キアナは改めて背筋が寒くなる思いだった。

 息をするように人を殺せる異常者が、少なくとも二人この街に潜んでいるのだ。

 知らず声を潜め、キアナは昨晩からの考えを口にした。


「……思ったんだけど、ギュンターが怪しいんじゃない? いきなり変な試験をやるって言い出して、その日のうちに襲われたんだし」


「安易に人を疑ってはいけません。単なる偶然かもしれませんよ」


「でもギュンターよ? 気に入らない平民を追い出すためなら、殺し屋くらい雇ってもおかしくなくない?」


「仮にギュンターさんが裏で手を引いていたとしても、そのためだけにここまでするのはおかしいですよ」


「……まあそうよね」


 いくらギュンターでも、そこまでトチ狂った真似はしないだろう。

 キアナは素直に持論をひっこめる。

 青空の見えない灰色の空模様。

 どこかから響く遠雷の音。

 王都に嵐がやって来ようとしていた。


 ◆


「おい、特待生様のお出ましだぜ」


「へ、女連れとはいいご身分じゃねえか」


 校門にたどり着いたアラヤたちを出迎えたのは、いやらしい笑みを浮かべた上級生たちだった。

 一限目が始まる一時間前だというのに、五、六人が徒党を組んで校門の前にたむろしている。


「……ほっときましょ」


 面倒事を避けるため、キアナは彼らを無視して通過しようとする。

 アラヤもそれに続こうとして、


「おい門番! その小汚えズボン履いたガキ、本当にここの学生なのかよ!?」


「え? はい、そうですけど……」


 上級生の一人からの声に、若い門番は目を白黒させる。

 昨日、アラヤを浮浪児だと勘違いした門番だ。

 上級生たちは立ち上がると、ぞろぞろとアラヤと門番を取り囲んだ。


「何で学生ならちゃんと制服着てねえんだ?」


「昨晩、つい汚してしまいまして」


「汚した? 最初から持ってなかったんじゃねえのか?」


「上だけ着てりゃそれらしく見えるからなあ。どっかで拾ってきたんじゃねえのかよ、おい」


「ちょっとすいません! こいつはれっきとしたここの学生です! 昨日の朝大講堂で会見を開いたアラヤ・ベルマンですよ!」


 たまらず割って入るキアナ。

 だが、上級生たちはどこ吹く風とばかりすっとぼける。


「知らねえなあ。俺たち、昨日は自主休講してたからな」


「とにかく、学生だって証拠出せよ。おら門番、確認しろよ。トロくせえな」


 学院の規則上、学生は校門で門番に学生証代わりのメダルを提示すると決まっている。

 しかし、現実では誰もそんな面倒な規則など守っておらず、門番も特別怪しい風体でなければ素通しだ。

 面識があるのならなおさらである。

 だが、形骸化していても規則は規則。

 守れと言われれば、守らざるを得ないのだ。


「……そういうことなんで、一応メダル出してもらっていいすか?」


「ええ。分かりました」


 面倒な揉め事を避けるためか、アラヤは門番の指示通り、ジャケットの内ポケットを探る。

 だが、


「っ……!?」


「ど、どうしたの? メダルならそこに入ってるはずでしょ?」


「……底が切られています」


「えっ!?」


 昨日の今日で、ポケットに穴が空くはずもない。

 アラヤがそこらのスリに不覚を取るとも思えない。

 となれば、


「あの包帯男……!」


「それが目的だったようですね。胸ぐらを掴まれたときでしょうか。偶然切られて落ちただけなら、音で気づくはずですから」


 眉間にシワを寄せるアラヤ。

 メダルが学生証だということは、学院関係者以外はまず知らないことだ。

 さらに、アラヤでさえ気づかないほどの手際でメダルを盗むとなると、予めしまってある場所を知っていなければ不可能に違いない。

 

 昨日、彼がメダルをポケットから取り出したのは、図書館の入退出のときのみ。 

 異様な風貌の神父が学院に潜り込むのは無理がある。

 恐らく、少女の方が学生に変装し、アラヤを尾行していたのだろう。

 

「おいおい! 何ごちゃごちゃ言ってんだ! さっさと出せよコイン!」


「持ってんじゃねえのかよ!」


 口々に囃し立てる上級生たち。

 彼らもまた、アラヤを退学に追い込むために指令を受けたのだろう。

 

「『門番にメダルの提示を求められ、これを行えなかった学生は総務課にて再発行手続きをしなければならない』校則の第百二十四条にしっかり書いてあることだぜ? まさか知らずに入学したわけじゃねえよな?」


「そりゃあねえだろ! 校則を遵守することを承諾して入学したはずだからな!」


「門番! さっさとこいつを総務課に連れてけよ! ま、受付開始は八時からだから、一時間・・・ばかし待たされることになるだろうけどな!」


(……どれだけ陰湿なの、あの糞爺くそじじい!)


 一時限目の開始時刻は、朝の八時。

 どんな言い訳をしようと、『指定した時刻に会場に来なかった』という事実を突きつけ、アラヤを退学に追い込む算段なのだろう。

 

 取り囲んでいる上級生たちを叩きのめすのは容易いだろう。

 だが、その場合は暴力沙汰を起こしたということで、やはり向こうに有利な言い分を与えることになる。

 困り果てた様子の若い門番は、校門脇にある粗末な小屋を指し示した。


「……とりあえず、詰め所に来てくださいよ。詳しい話はそこでしましょう」


「おい! ここで決めろよ! ごまかしをやるつもりじゃねえだろうな!」


「お言葉っすけど、自分ら門番には怪しい人間を詰め所で尋問する権限があるんで。……これ、労働契約書の第七項に記載されてることなんで、お坊ちゃんたちに口出しする権利はないっすよ」


「ちっ……!」


 自分たちから規則を持ち出してきた以上、同じ規則で対抗されては反論できないのだろう。

 忌々しげに舌打ちをしたものの、それ以上突っかかってはこなかった。

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