最強聖者はすべてを救いたい~浮浪児と見下されていた少年、実は英雄王にして大聖者だった~【旧題:アラヤ様は救いたい!】
石田おきひと
第1話『アラヤ様、覚醒される』
「あらあらあら! せっかくのお昼休みに、こんな薄暗い裏庭でお昼食だなんて、風流な趣味をお持ちですのね、キアナさん!?」
高飛車そうな吊り目の女の子が、取り巻きを引き連れてこちらに近づいてくる。
うるさいのが来やがった。
内心舌打ちしたいのを堪えながら、キアナは努めて笑顔を作った。
キアナはここクラリオン王国では珍しい、長い黒髪。
ワンピース型の制服の上に、木こりが着るような粗野なベストを羽織った姿は、とても魔法学院に通う生徒とは思えない。
小ぶりな顔にすらっとしたボディライン。
透き通るような白い肌にはシミ一つなくみずみずしい。
いつも不満そうにしかめられた眉を抜きにしても、はっと目を引くような美少女である。
「……ごきげんようオフィリアさん。
「へえそうなの。
愛用の扇を口元に当て、信じられないとばかり首を振るオフィリア。
学院に入学して以来、何かとキアナに絡んでくる貴族の少女である。
緩くカールした金色の巻毛を、優雅に垂らした当世風の髪型。
よほど赤が好きなのか、髪飾りからワンピース型の制服から、一切合切赤を基調としたものを身につけている。
オフィリアの言葉に、取り巻きの二人が合いの手を入れる。
「オフィリア様、キアナさんは平民の出身ですから。ねえ?」
「そうそう! 食堂や教室より、この小汚い小屋の前の方が落ち着くんじゃない?」
「おやめなさい、リーシア、アニェーゼ。お育ちの良さというものは、ひけらかすものではなくってよ」
「「はい、オフィリア様!」」
キアナはため息をつきながら、齧りかけのパンと水筒を革袋に仕舞い込んだ。
最初から、貴族御用達の高い食堂など使うつもりはない。
かと言って教室にいればこいつらに絡まれるので、わざわざ貴重な休み時間を浪費して、ここまで足を伸ばしているのだ。
この陰気臭くて手入れのされていない裏庭に、好き好んで来る人間などまずいないと思っていたのだが。
この調子では、空きっ腹を抱えたまま午後の授業を受ける羽目になってしまう。
オフィリアたちの脇をすり抜けて、別の場所を探しに行こうとするキアナ。
すると、取り巻きの一人、リーシアが因縁をつけてきた。
「ちょっとキアナさん? 一体どこへ行くつもりなのです? 『九大名家』のオフィリア様がわざわざ貴女なんかのためにお越しくださったのですよ?」
「平民なら平民らしく、精一杯もてなすのが筋でしょー?」
ついカチンときたキアナは、強い口調で言い返した。
「勝手に人のお昼を邪魔しに来ておいて大した言い草ね。ご主人さまのご機嫌とりなら、あなたたち
言い過ぎた、と思ったときには、すでに遅かった。
思った通り、取り巻きたちは顔を真っ赤にして怒り出した。
「な、なんですって!? このフォンタナ家のリーシアをつかまえて小間使い!? 平民風情が、よくそんな口を利けたものですね!」
「平民のくせにマジ生意気! オフィリア様、ちょっとこらしめてやってください!」
「……ええ。そういうことなら仕方ありません。このオフィリア・シルヴィ・ド・ベルジュラックが直々に、貴族と平民の格の違いというものをご教授して差し上げましょう」
胸元から杖を抜き放ち、悠然と構えてみせるオフィリア。
対称的に、キアナはこめかみに脂汗を浮かべていた。
(まずったなー……この女と
キアナの葛藤を見抜いたのだろう。
オフィリアはふっと鼻で笑うと、杖の先端で地面を指し示す。
「別に、受けていただかなくても結構ですのよキアナさん。そこに膝をついて、自らの失言について謝罪するのなら杖は収めようと思います。ええ、敵に抗うだけが勇気ではありませんから、何ら恥じる必要はありませんわ」
「…………」
納得などいくはずがない。
散々平民の生まれであることを馬鹿にしたくせに、こちらが少し言い返したらひざまずいて謝れなどと言い出す。
この貴族という傲慢で理不尽な生き物が、心底嫌いだった。
だが、現実問題、キアナはオフィリアには敵わない。
何せ、彼女は魔法戦――一対一で向かい合い、魔法を行使して勝敗を競うゲーム――において、百戦錬磨の
元々、貴族の間で広まった遊びなだけあって、幼い頃から特訓を重ねているのだろう。
学院に入って、初めて杖を握ったような自分とは、まさに格が違う。
仕方なしに、キアナは弁当袋を脇に置き、膝をついた。
襟元から
(我慢我慢。ちょっと謝ることくらい、大したことないんだから。むしろ、貴族に喧嘩を売っておいて、これで済むならむしろ運がいいってものよ)
下げたくもない頭を下げ、心にもない謝罪を口にして。
おまけに逃げ腰の理屈で自分の本心さえ騙そうとしている。
弱者とは、嘘つきな生き物だと思う。
嘘をつかねば生きられない弱い者のことを、弱者と呼ぶのだ。
惨めさのあまり、涙がにじんだ。
「……平民の分際で、失礼なことを言ってすいませんでした。重々反省し、以後このようなことがないよう気をつけます」
「結構。二度目はありませんから、よくよく気をつけることですわ」
うつむいたまま立ち上がろうとしたキアナの頭に、一枚のハンカチが投げつけられた。
嗜虐の笑みを浮かべたリーシアとアニェーゼだった。
「まだですよ、キアナさん。このわたしを小間使い呼ばわりしておいて、その程度で済まされると思いました?」
「お詫びの印ってことで、靴でも磨いてくれない? 小間使いみたいにさあ」
(こいつら……!)
クラリオンにおいて、靴磨きはスラムの孤児か、それこそ小間使いの仕事だ。
どんなに食い詰めた失業者でも、絶対にやろうとはしない。
キアナは怒りで頭の中が真っ白になった。
いくら何でも、許せることと許せないことがある。
震える拳を握りしめ、今にも殴りかかろうとしたそのときだった。
「――靴でしたら、私が綺麗にしますよ。磨き方さえ教えてもらえればの話ですけど」
突然、オフィリアたちの背後から声が聞こえた。
声変わりもしていない甲高い声色。
そして、それに似合わない
肩越しに声の主を探すと、一人の少年が小屋の中から出てくるところだった。
身長は、キアナより少し低めの百四十センチ強。
切れ長の瞳に、流水のようにたなびく長い黒髪。
すらりとした手足は驚くほど長く、実際の背丈以上に彼を大きく見せていた。
柔和な微笑みをたたえた顔立ちは、神に愛されたかのような美しい
世が世なら、時の皇帝が溺愛した美少年として、歴史に名を残していたことだろう。
そのあまりの美貌に、思わずキアナたちは言葉も忘れて呆然となった。
「どうしました? 靴磨きくらい、私がやると言ったのですが」
困ったように小首をかしげる少年に視線を向けられ、オフィリアは泡を食ったように手をばたつかせた。
そして、体裁を整えるように大きく咳払いをした。
「あっ、いや、その……ゴホン! 私の名はオフィリア・シルヴィ・ド・ベルジュラック! 四百年の歴史を持つベルジュラック家の嫡女ですわ! 私と対等に話したいのなら、貴方も名乗りを上げるのが道理ではなくて!?」
「これは失礼しました。私の名はアラヤ。名乗る
「姓がない……? 貴方、どこの未開の地から来られましたの? 今どき考えられませんわ」
ストレートに失礼なオフィリアの言葉にも、少年は全く動じる気配がない。
むしろ、小粋な冗談でも聞いたかのように、白い歯を覗かせた。
「東方はイスラという小国から。
「は? 滅びている? どういうことですの?」
「いえ、こちらの話です。それより、どうしてあなたはそちらの女性に靴磨きを?」
「決まっていますわ。彼女は平民でありながら、私の友人たちを小間使い呼ばわりしたからです。本来なら投獄が妥当な重罪ですが、特別に靴を磨かせるだけで勘弁して差し上げようと思った次第ですわ」
「なるほど。では私が代わりに磨きますから、それで手を打ってはもらえませんか?」
「はあ? 無礼を働いたのはキアナさんですのよ? 彼女自身が贖罪をしなければ、意味がないではありませんか」
「それもそうですね……」
(そこで引き下がるんかい)
内心突っ込みを入れてしまうキアナ。
しかし、この少年は一体何者なのだろうか。
オフィリアたちは見えていなかったようだが、彼が出てきた小屋は、厳密には
何でも、大昔の偉いお坊さんが、何やらありがたいお祈りをするために籠もり、そのまま亡くなったとかいう曰く付きの代物だ。
外見こそ古びてはいるが、どんな方法を使っても取り壊すことができず、土地ごと移動させることもできなかったらしい。
当然、扉の錠前も壊せず、誰も中を見たことはなかった。
そんな場所から、どうして人が出てこれるのだろう。
(まさか、この子どもが……いや、ないない)
いくら何でも荒唐無稽すぎる。
そんな空想が実現するのは、おとぎ話の中だけだ。
と、アラヤはポンと手を叩いた。
「では、こうしましょう。私があなたに、『まぎあ』なるものを申し込みます。それで勝ったら、この件はなかったことにしてほしいのですが、いかがでしょう」
「ちょ、ちょっと君! 助けてくれるのはありがたいけど、それはやめておいた方が……!」
「キアナさんの言う通りですわ。麗しい正義感をお持ちのようですが、勇気と蛮勇の区別はつけておいた方がよろしくってよ」
ふ、とたおやかに微笑むオフィリア。
すると、アラヤがにこっと笑って、
「あ、負けるのが怖いんですね。すいません、無理なお願いをしてしまって。ふふ」
(な、なんてことを――!?)
絵に描いたような露骨な挑発である。
しかし、オフィリアは目をむいて喚き始めた。
「はああああああ~~~!?!?!? こっこここの私が、貴方のようなお子様が怖い!? 許せません! 今すぐ杖を抜きなさい! 謝ったって許しませんわよ!」
「「やっちゃってください、オフィリア様!」」
(ど! どーするのこれ!? もう謝ってどうこうなるアレじゃないんだけど!?)
あわあわとおたつくキアナの隣に、少年が軽やかに歩いてきた。
鼻腔をくすぐる、ほのかに甘い香り。
端正な横顔に、つい見とれてしまうキアナ。
その視線に気づいたのか、アラヤは片目をつぶってみせた。
「心配ご無用です。私、こう見えても結構強いので」
「あ、うん。助けてくれるのはありがたいんだけど……なんで?」
「なんで、と聞かれると難しいですが……まあ、一言で申しますとですね」
アラヤはキアナをかばうように一歩進み出て、ほぐすように手首を回した。
「差し出がましくて申し訳ないのですが、あなたを救って差し上げたいと思いまして」
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