第27話 師妹、関羽を切り刻む

「よくこれで動き回れたものじゃのう。すでに全身に毒が回っておるぞ」

 華佗は関羽の腕を指の先でつつきながら言った。

 腕全体が熱をもって、赤く腫れ上がっている。傷口からは怪しい色の汁が垂れているし、危険な状態なのはおれにも分かる。


「そうか。それで世界が二重に見えるのだな」

 関羽は焦点の定まらない目で、弱々しく笑う。

「いいからそこへ座れ」

 華佗に命じられ、椅子に腰かける。やはり立っているだけでも疲労するのだろう、大きく息をついた。


「さて関羽よ。これから手術を執り行うのだが、事前に同意を得なくてはならない項目がいくつかあるのじゃ。まずは、これをよく読め」

 なにか細々と書き込まれた紙を差し出す。

「いや、先生。たとえ怪我がなくても、こんな細かい字は無理だぞ」

 関羽は首をかしげた。どうやら関羽も老眼になるお年頃らしい。


「そうか。よく内容を理解したというのだな。ではここに署名をするがよい」

 むりやり筆を持たせ、一番下の余白に名前を書かせた。

「あの、師妹。関羽さん、内容が読めないって言ってますけど……」

「よしよし、これで儀式は終了じゃ。さあ手術を始めるぞ」


 華佗がそそくさとしまい込んだ紙を引っ張り出す。

「あ、こら。勝手に読んではいかん」


「ちょっと師妹。なんですか、これは」

 要するにこんな内容だった。


 一、この手術で死んでも文句は言いません。

 一、その場合、財産はすべて華佗に寄贈します。

 一、何があろうと華佗さまは天下の神医だと宣言します。


「相変わらず、やる事が汚いですね」

 もう呆れるほかない。劉備たちの顔も不安に曇っている。


「心配するな。わしが手術を失敗した事は一度もないぞ」

 自慢げに頷いているが、結構な人数が手術後にお亡くなりになっていると聞くけど。

「あれは失敗じゃないんですか」


「当然じゃ。あれは、この方法では患者は助からん、と云う事を発見したのだからのう。実に見事な成功と言えるであろう」

 くっくっ、と悪そうに笑う。

「まったく。どこかの発明家ですか!」


 ☆


 壺から立ち上る蒸気を吸い込むと、関羽の目が虚ろになってきた。壺の中には、調合した薬草や何か得体のしれない薬品が入っている。

 華佗はその壺を焚火で加熱しては関羽の鼻に近づけ、大きく吸い込ませているのだった。


「そなたらは吸ってはならんぞ。これは強力な麻酔じゃからのう。不用意に吸い込むとすぐに眠く……」

 華佗の頭がかくん、と前に倒れた。

「こら、寝るな師妹!」


「なんじゃ、もう朝か?」

「手術中だ!」

「おっと、これはいかん。廖化よ、後ろからわしの鼻をつまんでくれ」

 仕方ない。おれは背後から手をまわし、師妹の形のいい小さな鼻をかるくつまんだ。

「ひやん♡」

「変な声をだすな、師妹」


 寝台に腰かけた関羽の上体がゆらゆらと揺れ始めた。

「そろそろ効いてきたようじゃの」

 おれは手を添え、ゆっくりと関羽を寝台に横たえる。


「見るがいい、廖化。これだけ腫れるというのは、まだ中に鏃の一部が残っておるのだ。そして塗られた毒が関羽どのを蝕んでおる」


 おれは台上に剪刀や小型ののみを並べる。その他、まるで大工道具のようなものまで背負い箪笥から取り出した。

「こんな物まで使うんですか、師妹」

「ああ」

 華佗は珍しく難しい顔をした。


「本当なら、体中の血をすべて入れ換えたいところなのだがな」

 そんな無茶な。

「いやいや。それだけ危険な状態なのだ。手術が成功するかどうか半々だ」

 ここまで不安げな師妹は初めて見た気がする。


 華佗はなんのためらいもなく、関羽の腕を切開した。流れ出る血はどす黒く変色し毒に侵されていることを伺わせた。


「これを見ろ。やはり鏃が残っておった」

 指し示す場所。むき出しになった骨に、金属質のものが食い込んでいる。それをヤットコのような工具で引き抜く。毒溜まりだろうか、独特の模様が彫られている。


「骨にも毒が染み込んでいるな。そこの鑿をとってくれ」

 師妹は、おれが手渡した鑿と木槌で骨を削りはじめた。ぎしぎし、と骨が削られるたびにおれの股間が縮みあがる。

 そのあいだ関羽はピクリともしない。


「やはり、肩から切り離した方が早かったな」

 傷口を縫合し終えて、華佗は呟いた。丁寧に、両手に付着した毒血を洗い流す。

「あとは毒消しだが……」

 華佗は目を光らせた。

「やはり烏頭の毒というからには鳥だろう。鳥には、ネコじゃ」

 ふぎゃー、と鳴く那由他をむんずと掴み、ヒゲを一本抜いた。

「猫のヒゲは万能薬だからのう」


 ☆


「あとは、大人しく療養すれば一年くらいで回復するじゃろう」

 華佗の言葉に、関羽は寝台に上半身を起こして難しい顔になった。

「そんな。今はそんな場合ではありませんぞ」


 確かに劉備軍は洛陽を攻略に向かう途上なのだ。関羽が抜けるのは大きな痛手になるだろう。

 劉備は関羽を襄陽に残すつもりらしいが、荊州のみならず、呉漢王朝の動揺も計り知れない。最近では献帝に見切りをつけ、曹操と結ぼうとする動きもあるらしい。

 関羽の負傷に付け込もうとする輩がいるに違いない。


「心配はいりませんよ、皆さん」

 やたらと背の高い男が、仙人のような長衣と変な冠、それに白羽扇といういで立ちで現れた。劉備軍の自称軍師、諸葛孔明だった。


「おお、これは諸葛軍師。策があるのですな」

 劉備がうれしそうに孔明に駆け寄る。


「もちろんでございますとも。傷が癒えるまで、関羽どのの影武者をたてればよいのです」

 孔明は手をあげて合図した。

 メガネの女性に続いて、それは部屋に入ってきた。


「我が愛する妻、蓮理が造った人造人間『関羽01』です」

 長身の機械人形は、しゃきーん!という擬音付きで、青龍偃月刀を構えた。


 まあ、関羽に見えないこともないが。

 おれは師妹と顔を見合わせた。



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