第28話 廖化、風雲を巻き起こす

 よく見るとこの『関羽01』、台車に乗せられ、後ろに細長い管のようなものを引きずっている。

 その管の先には何枚も踏み板のついた小さな箱がつながっていた。


「この板を踏むことで、体勢を変えることができます」

 蓮理さんが説明してくれる。

 いまの関羽01はしゃがんで首をわずかに右に傾けている。上目遣いでこっちを見て、なんだか店の前でたむろしている若者みたいな格好だ。

「よし。では廖化、踏んでみるのじゃ」


「師妹がやればいいじゃないですか」

「いやじゃ。君子危うきに近寄らずじゃからのう」

 得意げにふんぞり返っているが、誰が君子だ。


「別に危ういものじゃありませんよ。この関羽01さんは」

 蓮理さんが口をとがらせた。

 まあ、蓮理さんがそこまで言うなら仕方ない。


「最初の踏み板を踏むと立ち上がります。そしてその右を踏むと戦闘態勢に」

 ほう。

 ぐい、と踏んでみる。

 何だか空気が送り込まれるような感触があった。


「うおう」

 何の予備動作もなく、関羽01が立ち上がった。

「えーと。じゃあ次は右を踏んでみますよ」


 しゃきーん!

 再び、関羽01は偃月青龍刀を構えた。ヒゲを振り乱し、大きな瞳の中で光が点滅している。これはかなりの迫力だ。


「すごいじゃないですか。良く出来てますね、蓮理さん」

「えへへ。ありがとうございます」

 連理さんは頭を押さえて照れている。


「これを踏むと座るんですね。では他の踏み板は何ですか」

「ああ、それはこれから、すごい機能を追加しようと思っているんです。でも決して踏んじゃいけませんよ」

「はい」


「これを広間に置いておけば、とりあえず関羽は健在であると、内外に知らしめることが出来ます……かな」

 劉備は困惑を隠しきれない様子だが、孔明に押し切られた。


「大丈夫ですとも。ですが、ずっと立たせておく訳にもいきません。時々、隣の部屋からこれを操作して、常に姿勢を変えさせる必要がありますね」

「なるほど。それは重要だ。で、そんな大事な役割を誰に任せたものか」

 劉備と孔明の視線がおれに向いた。


「なんで、おれ?」


 ☆


 襄陽の太守として関羽を残し、劉備たち主力軍は西を目指して出立していった。

 もともとは洛陽攻略を目論んでいたが、樊城攻めに手間取っている間に曹操が漢中から戻って来てしまった。

 そこで孔明の献策に従い、蜀を手中に収めることにしたのだった。

 劉備、張飛は病床の関羽を見舞ったあと、涙ながらに馬上の人となった。


「こういう仕事はいつも僕が押し付けられていたんです。今回は本当に助かりました。ありがとう、廖化さん」

 そう言って明るい笑顔を見せたのは諸葛均、孔明の弟だ。

 いつも物腰が柔らかで誠実な男だ。あの兄とは大違いの諸葛均なのだが、今日ばかりは腹立たしい。



 関羽01を立ったり座ったりさせながら、数日が過ぎた。

 おれは猫の那由他と一緒に昼寝をしていた。


「……であるぞ!」

 はん? となりの広間で誰かが叫んでいるようだ。おれは寝ぼけまなこで壁に開いた小窓を覗き込んだ。


 いつの間にか来客があったらしい。

 正装した男が、書面をもって関羽01の正面に立っている。ここから見ただけで激怒しているらしいのが分かった。

「しまった。というか、何で客を通してるんだ」

 まったくこの城の人間は、迂闊な。


「勅使であるぞ、関羽! 控えぬか!」

 この男は皇帝からの使いだったようだ。なるほど、断れないのも納得だ。

 だがこれはさすがに、まずい。


「えーと、どれだっけ。どれを踏めばいいんだ」

 寝ぼけているのと焦りで、頭が回転しない。適当にがつん、と板を踏み込む。


 がしゃん、と音をたて関羽01がしゃがみ込んだ。

 三白眼で皇帝からの勅使を睨み上げている。

「な、な……」

 勅使の頬がひきつっている。

 

 えへん、と勅使は咳払いをして気を取り直した。

「汝、関羽。そなたはいつになれば樊城を陥落せしめることができるのか。陛下は大変ご立腹であられるぞ」

 もちろん関羽01は反応がない。


「皇帝陛下はそなたらの真意を疑っておいでだ。よいか、早々に樊城を陥とせ。分かったな関羽……分かったかと聞いておる!」

 まずい、おれは更に頭が混乱してきた。こんな場合どうすればいいのだ。

 とりあえず、直立不動の姿勢にならなくては。この格好では印象が悪すぎる。


「あれ、どの板だったっけ」

 本当に分からなくなった。頭の中が真っ白だ。……落ち着け、おれ。

「これか!」


 しゃきーん!

 勅使に向かい、関羽01が偃月青龍刀を構え戦闘態勢にはいった。

 勅使はその場で腰を抜かしてへたり込んだ。

「き……貴様、分かっておるのか。私に刃を向けるということは、皇帝陛下に刃を向けたと同じだぞ。これ、待て関羽。待てと言うに」

 この男には関羽が迫って来るように見えるらしい。涙声で、尻であとずさっている。


 まずい、本当にまずい。これでは劉備が朝敵にされてしまう。

 おれは慌てて踏み板を踏みまくった。

 一旦、直立姿勢になった関羽01は、ふたたび戦闘姿勢をとる。いけない、また間違えたみたいだ。


「ひ、ひ、ひえーーーーっ!!」

 勅使は這いずりながら、広間を逃げ出していく。

「あ、ちょっと!」

 呼び止めようとしたおれは、箱の一番端の板をうっかり踏んでいた。

 蓮理さんが決して踏んではいけないと言っていた板だ。


 轟っ、と音をたて、関羽01の口から炎が噴き出した。

「ぎやーっ」

 広間に勅使の悲鳴が響き渡った。


 おれは那由他を引っ掴むと、後ろも見ずに部屋を逃げ出した。


 ☆


 やがて献帝と劉備は決別することになった。

 その理由は……知らない。

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