第22話 周泰、世紀末救世主となる?
この時期、曹操は周囲を敵に囲まれ重大な危機に陥っていた。
遼東の公孫康。長安の馬騰・馬超父子。荊州南部は魏延を中心とした劉表の旧臣連合。
そして、漢の皇帝劉協を擁する呉の孫策。
ただ中原にある勢力のなかで、蜀の劉璋だけはその向背を明らかにしていない。
☆
「
茶館の店先に並べられた卓にふたりの男がつき、茶を飲んでいる。そのひとりは、華佗に瀉血治療と称し切り刻まれた男だった。
「おう、そうじゃのう。すっかり元気になったようでなによりじゃ。ちょっと挨拶をして来ようかのう」
「そんな事いって、ちゃっかりお茶を奢ってもらうつもりなんでしょ」
「いやいや、ついでにお茶菓子も所望するつもりだぞ。わしを甘く見るものではないぞよ、廖化」
そういえば、師妹はこんな人だった。
蜀の成都から漢中へ旅立つおれたちは、まず腹ごしらえをするつもりで市中をうろついていた。
ただおれたちは、華佗が治療の謝礼をすべて薬草につぎ込んでしまうせいで、いつも手元不如意なのだった。
「なんと、どの店も暴利をむさぼっておるわい」
そんな愚痴をこぼす華佗は、やっと格好の金づるを見つけたようだ。
「これは華佗先生。先日はお世話になりました」
「なんの。元気そうで何よりじゃ」
満足げに頷く華佗は、ふと周泰の向かいに座る男に目をやった。
「おや、そなたはどこかで……おうっ」
その途端、華佗の表情が固まった。
いかにも謹厳実直で、しかも押しの強そうなその男は微かに笑みをうかべた。
「こんな所でお会いするとは思いませんでしたな、華侘先生。お忘れですか。呉の諸葛謹でございます」
男は孫策の重臣で、主に外交を担当している諸葛謹だった。華佗は彼のみならず、呉の重臣たちから、孫策の許都攻略作戦を邪魔した
「これは、お茶を奢らせる訳にはいかなくなったかのう」
諸葛謹は丁重な物腰で、おれたちにも席を勧めた。
「聞けば、この周泰が道端で
優しい表情で諸葛謹は言う。さいわい敵愾心は感じられない。
「それに、華佗さまはわたしの弟とも昵懇であるとか」
「おとうと、じゃと?」
誰じゃそれは、と華佗はおれの方を見る。
「諸葛孔明さんでしょ。劉備さん陣営の」
「おお、あの男か。だが、全然似ておらぬぞ。これは何か家庭の事情があるに違いない。そこら辺を詳しく訊いてみてくれ、廖化」
興味深々、師妹が身を乗り出す。
「やめなさい」
あまり他人が深入りすべき事ではないような気がする。
「この周泰は、孫策さま期待の武将なのですよ」
にこやかに諸葛謹はお茶をすすった。
「ですが、どうも普段から血の気が多く、そのせいでしょうか、よく眩暈がするのです」
周泰も頭を掻きながら笑う。今でいえば若年性高血圧なのかもしれない。
「でも、身体が傷だらけになってしまいましたよね」
おそるおそる、おれが訊いてみる。
「なーに。これで武人として箔がつくというもの」
そういうと周泰はもろ肌脱ぎになった。見事に引き締まった筋肉質な体に、いくつもの傷跡が走っている。おれが見る限り、痛々しいのだが。
「特にこの胸の傷がよいですな」
周泰はそれを指でなぞる。それは穿孔したような七つの傷を、線状の傷が結んでいるのだ。
「それは、おまけに付けておいたのだ。格好よかろう」
うんうん、と華佗はうなづく。
「北斗七星、ですかな。これは」
諸葛謹は首をかしげた。
「なんだか、これで最強の武将になれる気がします」
「いやいや周泰どの。そなたはこの世紀末乱世の救世主になるやもしれんぞ」
「あーたたたっ、華佗先生。それは言い過ぎです」
周泰は照れて頭を押えた。
☆
「ほう、さてはここの劉璋を味方に引き入れる為の工作で訪れておったのか」
「いやいや。ただのご挨拶でございますよ」
諸葛謹は両手を振り、華佗の言葉を笑顔で否定した。
「では、失礼いたします」
諸葛謹と周泰はおれたちの分まで料金を払って去って行った。
「まあ、これで目的は達したかのう」
まあ彼らに比べればごく小さい目的ではあるが、満腹にはなった。
「そうではない。ここ蜀も、いつまでも安穏を貪ってはおられぬと知れた、という事じゃ」
華佗は空を見上げた。
「この空も中原と繋がっておるのだ。やがて中原は余さず戦乱の巷となるであろう。七雄が割拠した戦国時代に劣らぬ乱世に逆戻りじゃ」
そして、この華佗の予言は、間もなく現実のものとなる。
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