第31話 激昂

 楓は保健室での会話を終えると、その日はそのまま帰ることになった。

 あのまま教室に戻っても騒ぎが大きくなるばかりで収拾がつかなく事がわかりきっているため、一度教師達からの説明と、事態の沈静化をはかるためだ。興味本位の生徒を楓から遠ざける意味もあった。

 その説明を聞いた後、二人は自分達の教室の近くの階段まで行くと楓はそこに留まり、アリスが教室に行って楓が逃げ出すときに落とした荷物を取りにいく……はずだった。


『ガターーンッ』


 すでに次の授業は始まっているはずなのに廊下に大きな音が響き渡る。




 ──その少し前、1時間目が終わり、中休みが始まってすぐの事。その声は響いた。


「ふざけるなっ!」


 声の主は哲也。目の前にはその声に怯えた女子生徒が二人、一歩引いた姿で立ち竦んでいた。教室中の視線が一気に向く。


「だ、だって……」

「俺が楓に騙されていただと? そんなわけがあるか。あいつは俺の幼馴染みだ。あいつの事は俺が一番知っている。勝手な事を言うな。それに……それは誰から聞いた?」

「そ、それは……」


 二人の女子生徒はお互いに目を合わせると口を開いた。


「柊木さんのクラスの男子だけど……」

「そうか」


 そう答えると同時に哲也は教室の出口に向かって歩きだすが、すぐに心愛から声がかかる。まだ何も知らない為、いつも通りの淡々とした声で。


「待って哲也。あんなに声をあげるなんて珍しい。どうしたの?」

「……楓の事がバレたらしい」

「っ!」

「あいつらは、楓は元男なのに女のフリをして俺を騙そうとしてるなんて言ってきた。だから否定した。そんなわけがない。それに……女のフリじゃない。楓は女なんだ。今からその話を広めた奴の所に行く。邪魔するな」

「もしかして朝聞こえたアリスの楓を呼ぶ声はそれが原因? なら……うん、邪魔しない。ついていく」


 いつもよりも冷えた声でそう答える心愛を見ると、哲也は返事をせずに歩き始める。

 心愛もその後ろをついていく。

 楓のクラスは隣。数歩歩けばすぐにドアだ。

 哲也は躊躇なくドアを開けて室内を見渡すが楓もアリスもいない。

 が、覚えのある顔を見つけた。そこにいたのは以前楓と出掛けた時にアリスと一緒にいた女子。哲也と心愛はその女子の元に一直線に向かう。相手も哲也の事は覚えていたらしく、ビクッとなり逃げようとするが間に合わなかった。


「楓とアリスはどこにいる?」

「あの……えっと……」

「楓の話が広まってるみたいだが、アリスには何も言われなかったのか?」

「い、言われたけど……」

「まぁ人の噂は止められないだろうからな……。だが、何故二人はいない? ちゃんと説明されたんだろ? 望んでなったわけでもなく、今は戸惑いながらも頑張っていることも」

「えと……その、男子が面白がっちゃって、そしたら柊木さんは多分だけど、涙目になりながらどっかに行って、清水さんはみんなにちゃんと説明してからそれを追いかけて……で、でも! その男子にもちゃんと清水さんから朝に説明される前にもちゃんと言ったよ! 今はちゃんと女の子だって! けど……」


 そこで哲也の後ろから声が聞こえた。朝、楓が逃げ出す原因の一つを作った男。その男が哲也の肩に手をおきながら話しかけてくる。


「なに? 柊木ちゃんといつも一緒にいる奴じゃん。そんな怒ってどしたの? もしかして付き合ってるとか? 男同士で? まさかなぁ! けどあんな美少女であの胸ならわからないでもないかな? ウンウン。で、どうなん? もう触らせてもらガッッ……! い、いでぇ! なにすんだいきなりっ!」


 真横にあった男の顔に哲也の裏拳が入った。

 文句を言う男を無視して目の前の女子に問いだただす。


「おい、さっき言ってた楓の事を面白がってからかった男はこいつか?」

「う、うん……」


 目の前の女子は怯えていた。哲也に。


 普段、感情を特に出すこともなく淡々と話す男が、隠すことなく怒りを表にだした姿がそこにはあった。

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