第27話 壁

 楓が哲也とのデートの約束で浮かれた翌日。

 いつもの合流場所にアリスと心愛の姿があった。

 楓は若干、自身の言葉にしらじらしさを覚えながらも声をかける。


「アリスおはよ。熱は大丈夫?」


「あ、うん」


「良かった」


「楓、そのリップ……」


「え?あ、うん。この前みんなで買ったやつなんだけど」


「だよね。塗る気になったんだ。いいんじゃない?可愛いわよ」


「ありがと♪」


「ありがと……か。うん、すごく女の子って感じ。……男だったとは思えない」


「えっ……」


 アリスの突然の言葉に楓は言葉を失ってしまう。


「「アリス!」」


 そこで哲也と心愛から制止の意味を含めた声が飛ぶ。


「っ!……ごめん楓。変なこと言っちゃった」


「う、うん。いいよ、気にしなくて。うん……」


「えと……そういえば、こないだの休みにシュシュ作ったから、今度楓にもあげるからね」


「うん……ありがと」


 アリスがいつも通りの会話を続け、楓もそれに返事をする。それに哲也と心愛も交ざり、淡々と会話は続いてはいくが、アリスと楓は、どこかぎこちないまま学校についた。


(うん、今日は来てない)


 楓が下駄箱でいつものチェックをしていると、アリスの近くに瑞希がやってきた。昨日とはまったく違う表情で。


「あ!アリスちゃんおっはよ~!会いたかったよぉ!大丈夫だったん?」


「朝からうるさいわね。ね、熱はさがったんだからもう大丈夫よ」


 アリスはいつも通りに返すが、そこで瑞希の声のトーンが変わり、アリスだけに聞こえる声で問う。


「そっか。……ホントに大丈夫?」


「っ!アンタ知って……」


「ねぇ、何話してるの?」


 そこで楓が声をかけた。瑞希を毛嫌いしてるはずのアリスが、二人でコソコソ話しているのが気になった為だ。


「いや、柊木には関係ないから気にすんな。な?アリスちゃん?」


「えっ?あ、うん。楓は気にしなくていいから!別になんでもないし」


「……うん」


(なんだろ?朝からなんかこの変な感じ。なんかヤだな……)


「おい、そこで話してると邪魔になるぞ」


 そこで隣の列の下駄箱から、哲也達が来たおかげで思考が中断される。


「楓、どうした?」


「ううん、なんでもない。行こ」


 そのまま1人で歩き出す楓。後ろに付いていく哲也。それを見つめるアリスと瑞希。

 そして──


「アリス。ちょっと後で話がある」


 心愛がいつになく真剣な目で言った。


「え?なに?今言ってよ」


「今はダメ」


 言いながら瑞希を一瞥するとまた視線をアリスに戻して口を開く。


「明日は休みだし、今日の帰りに私の家にきて。絶対だから」


 それだけ言って心愛は楓の後を追いかけていった。


「アリスちゃんどうするつもり?」


「……」


 アリスがその質問に答える事はなかった。


 その日の昼。屋上に行こうとしてアリスを探すが見当たらない。先に行ったのかと思い、1人で向かうも、そこには哲也と心愛しかいなかった。


「あれ?アリスは?」


「今日はアリスが作ったアクセを買ってくれる子と食べるみたい。まったく……」


「そう……俺、何かしたのかなぁ?」


 そう言いながら、アリスが告白した日の事を思い出す。確かに哲也は楓を好きだと言ってアリスの事をフった。けど、当の楓本人は何もしていない。何もしていないのだ。

 だから何故こんな空気になっているかが、楓にはわからない。


「ううん、楓は何もしてない。きっとコレはアリスの問題。ちゃんと聞いてないけど、予想はつく」


 言いながら心愛は哲也を見ると、哲也は目をそらした。


「アリスは今日の帰りにウチにくるから、その時にちゃんと聞いておく。きっと休み明けには元通りだから任せて」


「……うん」


「だからご褒美の前払いで楓の膝枕を希望します」


「え?ひゃあ!」


 返事を聞く前に心愛は楓の膝に頭をおろし、頭と手を使い、その感触を堪能し始めた。


「ヤバい。モチモチ?ムチムチ?そしてスベスベ!これはいけない。癖になる」


「ム、ムチムチ言うなし。ひゃっ……んっ!ちょっと心愛!手つきがおかしいって!ちょっとホントに……スカートまくれちゃうから!テツもいるんだからやめてってば!……やんっ!」


 ~♪~♪


 そこでチャイムが鳴り、心愛は名残惜しそうに頭をあげた。


「むぅ、時間切れ。残念。でも楓パワーは頂いたから午後も頑張れる」


「うぅぅ。心愛ってこんなだったっけ……?」


「私は覚醒した」


「意味わかんないからぁ!」


「さ、戻ろう戻ろう。……哲也?」


「……先に行っててくれ」


「テツ?どしたの?待ってようか?」


 言いながら座ったままの哲也の前に屈む楓。スカート姿で。哲也はすぐに目をそらす。


「っ!い、いや、大丈夫だから先に行っててくれ」


「……クス。なるほど。ほら、楓行こう。それ以上はさすがに可哀想」


「可哀想?」


 楓は意味がわからずに首をかしげる。


「ほら早く行こう。トイレ付き合って。そして哲也は、感謝して」


「感謝?あ、心愛待って。じゃあ先行くね」


「あぁ」


 二人が屋上を出て言ったあと、哲也はボソリと呟いた。


「勘弁してくれ……」


 ◇


 その日の帰り道は、アリスがお昼を一緒にした友人と帰っていった為三人だった。



 そして今、心愛は自宅の自室にて1人、スマホを眺めていた。


「アリス……」


 アリスは心愛の家に来なかった。

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