第28話 可愛くなりました

 土曜の朝、楓は一人でバタバタしていた。

 理由は一つ。

 日曜日の哲也とのデートの為に、今日中にすることが山程あった。


「ほらお姉ちゃん!早く準備してよ!」


「うぅ、眠い……」


「お姉ちゃんが言ったんでしょ?自分が行ってる美容院を紹介してくれるって!ほらぁ、予約した時間までもう余裕ないよ!?」


「わかったってばぁ……」


 楓は佳奈の準備を急がせて、二人で玄関に立った。


「「いってきまぁす!」」


 ◇


 今日の楓の格好は、膝丈までのワンポイントでリボンのついたグレーのワンピースにGジャン。髪は、切るためにおろしたままになっている。

 かたや佳奈はスキニージーンズに、膝まで届く丈の長めのパーカーだ。

 それを見ながら佳奈は呟く。


「楓の女子力に負けそう……姉なのに……」


「え?なんか言った?」


「なんでもないわよ。ほら、そろそろ着くわよ。見えるでしょ?あそこよ」


「わぁ、なんかすっごいオシャレだね……。床屋しか行ったことないからなぁ……。ちょっと緊張する」


「あ─そうかも。てゆーか楓!今までは身内だけだったからいいけど、店では【俺】はちょっと!浮くわよ?【私】使える?」


「……うん。それはもう大丈夫だよ。さすがに知ってる人の前ではまだちょっと無理だけどね」


「そう……変わったわね」


「ん?」


「んーん、行こ行こ」


 そうして二人は店内に入っていき、佳奈が店員に声をかける。


「すいませーん」


「いらっしゃいませぇ。あら、佳奈ちゃん」


「お久しぶりです。今日は妹のこの子をお願いしたいのですが……」


「あら、妹なんていたの?ってすごい可愛いわね……。名前はなんていうの?」


「あ、、柊木 楓です。よろしくお願いします!」


「楓ちゃんね!じゃあほら、こっち座って。どんなのがいいとかはある?」


「えっと……コレでお願いします」


 そう言って楓が出したのは古びた雑誌。開いたのは男性向けのヤング誌のグラビアのページだった。

 以前、哲也がボソッと「この髪型いいな」と言っていたページだ。


「あらコレ……なるほどね。任せて!ちゃんと可愛くしてあげるから頑張ってね?」


「っ!はいぃ……」


 見透かされたような気がして、恥ずかしさから語尾が小さくなってしまう。


 そして数十分後……


「わぁ……」


 鏡を見た楓は感嘆の声をあげた。


「どうかしら?一応さっきのページを参考にして、形は崩さずにアレンジしてみたんだけど」


「いいです。コレ、すっごくいいです!これなら……」


「コレなら?」


「えっあっ!なんでもないですっ!」


 またも失言である。

 そこで後ろから佳奈がやって来た。暇潰しに読んでいた雑誌を片手に。


「楓終わったぁ?どう?って……えぇ!?」


 佳奈の目は見開き、手に持っていた雑誌を落とした。


「あ、お姉ちゃん。どう……かな?」


「うちの妹が超絶美少女だった件……」


「くすっ、なにそれ?なんかの本のタイトルみたいだよ?」


「哲也君は幸せ者ね……」


「!?──ちょっ!なんでそこでテツが出てくるの!?」


「何?あれだけ浮かれておいて気付かないとでも思ってるの?お母さんは知らないフリしてるみたいだけどね」


「てことは、お母さんにもバレて……る?」


「もち」


「は、恥ずかしすぎる…!!」


「あらぁ?楓ちゃんのその髪型はその子の為なの?」


 ……コクッ


 楓は小さく頷く。羞恥で、もはや喋れる状況ではなかった。


(うぅぅぅぅぅっ!)


 美容院を出た後、服を買いに言った二人だが、楓は終始テンションの上がった佳奈と、店員の着せ替え人形状況だった。


「ふぇ、もぅ着替えるの疲れたよぅ……」


「ダメよ!哲也君落とすんでしょ!?はい、次はコレね!はぁ、ホント可愛い……」


「ひぇぇぇ──」


 組み合わせが出来る様に結構な量を買った為、父親から貰った臨時のお小遣いは全て消えていった。



「……ちょっと?今更だけど、なんで楓だけお小遣い貰ってんの?」


「え?えーっと……」


 その日の夜、加奈子と佳奈に責められてボロボロになった父親に、ビールを注いで慰める楓の姿があった。


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