第26話 デートのお誘い
「あれ?アリスは?」
楓がなんとか緩む顔を戻し、哲也と二人で合流場所に行くと、そこには心愛しかいなかった。
「なんか今日は休むみたい。熱があるって言ってた」
(やっぱり昨日のが……)
一瞬哲也に目を向けるが、その表情はいつも通りだった。元々感情を表に出さない為、わかりにくいのだ。
「そうか。なら行こうか」
そう言って歩き出す哲也を心愛が止める
「哲也、心配じゃないの?」
「子供じゃないんだし、大丈夫だろう」
「そう」
哲也は振り返らずにそう言うとまた歩き出した。楓と心愛はその後ろをついていく。
「アリス大丈夫かな?」
「楓は心配?」
「ぅん、そりゃあ……ね」
(さすがに昨日の事は言えないしね )
下駄箱に着くと後ろから声がする。瑞希だ。
「よい、おはようさん。あれ?なぁ立花。アリスちゃんは?」
「今日は熱が出て休みだそうだ」
「へぇ。熱か……。そいえば、柊木は昨日立花の事見つけられたのか?」
その瞬間、哲也の視線が楓に向く。
(むぅ、余計な事を……)
「うぅん、走ったら途中で先生に捕まって怒られちゃって、着いた時にはもういなかったよ」
「へぇ」
「なんだ?昨日探してたのか?」
「え?うん。瑞希からテツを渡り廊下のとこで見たって聞いて、もしかしてケンカかと思ったの。でもいなかったから、もう帰ったんだろうなぁって。……何してたの?」
(知ってる癖に俺、何聞いてるんだろ……)
「ちょっと女子に呼び出されてな」
それまで黙っていた瑞希が嬉々として会話に入ってくる。
「おっ、もしかして告白かぁ?お前モテるもんなぁ!で、どうしたんだ?」
哲也がモテる。その言葉を聞くと楓の胸が痛んだ。
「特に何も。自分が好きな相手以外からされでれてもな。それに俺は自分から言いたいしな」
(テツからの告白……はぅ)
「は?なに?立花好きな人いんの?」
「さぁ?」
「さぁって。なぁ、水上と柊木は立花の好きな奴知ってんの?」
「興味無し!」
「えっ?い、いや知らないよ?ちょっとトイレ行ってから教室向かうから、先に行ってていいよ」
「わかった」
「おけー」
「……ふーん」
三人がそれぞれ返事をして見送ったが、楓は聞いていなかった。
(あーもう!瑞希が変な事言うから思い出しちゃったじゃん!はぁ、顔熱い)
「あ、柊木さんおはよー」
「おはよー」
トイレで顔の火照りをおさまるのを待って教室に入り、クラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席につくと前の席の奈々が振り向いた。
「おはよ、楓ちゃん」
「うん、奈々ちゃんもおはよ」
「あれ?今日清水さんは?」
「な、なんか熱があるから休むんだって」
おそらくだが、アリスが休んだホントの理由がわかる楓は嘘をつくのが少し心苦しかった。
「そうなんだ。風邪かな?」
「かなぁ?俺も心愛から聞いただけだから……」
「早くよくなるといいね」
「うん」
◇
そしてその日の帰り道。
すでに心愛とは別れ、楓は哲也と並んで帰っていた。
「楓」
「ん、なんだ?」
哲也に気づいて貰いたくて、いつも通りでいいと言って欲しくて、あえて意図的に口調を変える。
「……前に言ってた今週の日曜日の約束なんだけどな」
「お、おう」
「10時頃に迎えに行くから」
「わかった。じゃあ、それまでに準備して待ってっから」
「あぁ、それとな……」
「な、なんだ?」(きたっ!?)
「いや、なんでもない。ほら、家ついたぞ。また明日な」
「……」
「楓?」
「はいはい、また明日な!じゃあね!」
「お、おい!」
哲也が引き留める声もきかずに家に入った。
(うぅぅ!もうその話し方はいいんだって言ってくれると思ったのに!テツがそう言ってさえくれたら、もう前の話し方なんてしないのにっ!)
「ただいまっ!」
「あらおかえり。って何そんなに怒ってるの?」
「なんでもないっ!」
そのまま階段を上がり部屋に入る。
「もうっ!テツはホントにもうっ!日曜日になんか美味しいの奢らせてやるんだか……ら?ってあれ?ちょっと待って」
楓の頭からさっきまでの理不尽すぎるイライラが霧散していく。
「あれ?これってもしかして……デート?」
そして今度は頭がピンク色に染まっていく。部屋の中をぐるぐる歩き回りながら考えをめぐらせていく。
「デ、デートだ。昔はよく二人で遊んだけど今のこれは違う!テツと初デート……はっ!服っ!服どうしよう!初めてだからちゃんとしたの着ないとだよね!土曜日に買いに行く?でもお金ないし……。お父さんにねだってみようかなぁ?でも買いに行くにしても一人は無理だし……。アリス……は無理だなぁ。お姉ちゃんに聞いてみようかな?髪も少し切ってみたりしちゃう?こうなってから伸ばしっぱなしだし──ふへっ♪えへ、えへへへへへへへへ。デートだぁ♪」
その夜、
「ねぇお父さん、ちょっと服買いたいんだけどぉ。すこぉしだけお小遣いダメェ?」
と言いながら自分が想像する可愛い娘を演じて、母親と姉のいないところでお酌をすることによって表情筋が崩壊した父親からを一番大きなお札を、二枚ほど財布にお招きした楓がいた。
「えへっ☆」
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