第25話 可愛いかな?

「ただいま」


 楓が家に帰るとリビングで加奈子と佳奈が出迎えてくれた。


「おかえり。今日はちょっと遅かったのね?佳奈はもう帰ってきてるわよ」


「あれ?一年って今日なんかあったっけ?」


 遅くなった訳を話すわけにもいかず、適当にはぐらかして自室に向かう。


「え、うん、ちょっとね。部屋にいるからご飯出来たら教えて頂戴。あ、お姉ちゃんの漫画本借りていい?」


「いいけどなんで?」


「ちょっとね」


「ふぅん、なんかあったの?」


 その一言で放課後の哲也の言葉を思い出し、再び顔が熱を持つのがわかる。


「な、なんにもないよ!」


 そのまま早足で二階まで上がっていく。

 その姿を二人は見送りながら──


「あんな顔真っ赤にして何もないわけないじゃない。ねぇお母さん?」


「そうね。けど今はそっとしときましょう」


「そう言うと思った」


 ◇


(どれがいいんだろ?まぁ、適当でいっか)


 佳奈の部屋から何冊か少女漫画を手に取り自室に向かうと、制服のままでベッドに転がって早速読み始めた。

 何冊か読んだ後、手に持っていた本を閉じて読み終わった本の上に重ねて上半身を起こした。


(ん~あんまり参考になんなかったかな。主人公みたいな女の子にはなれないし……。てか、少女漫画ってあんなに過激だったなんて知らなかったや。あんなの無理なんだけど!自分なりにやっていくしかないかな?)


 楓がアリスの告白と哲也の気持ちを聞いて、自分で考えて決めたことがあった。


(最初は二人とも友達だから諦めて応援しようと思ってたけど、やっぱり無理。テツには側にいてほしいし……。でも、今日の事を俺が聞いてたのは二人は知らないから、なるべくいつも通りにしてテツから告白してくるように仕向ければ!でもアリスはなんて思うかな?まぁ、その時は謝ろう!)


 大分女の子らしくはなったものの、変なところで男だったころの適当さが残っていた。


「よし、がんばろっ!」


 そう呟くとクローゼットを開けてデパートの袋を出す。

 以前アリス達と一緒に買い物に行った時に買ったはいいけど一度も開けてない物がいくつかある。そのうちの一つを取り出すと、包みから出して手に取る。


(これくらいならいいよね?)


 その時、


 コンコン


「なに?」


「ご飯だってよ!」


「はぁい」


 楓は手にした物を制服のポケットに入れると、部屋着に着替えて下に降りていった。


 その日は、まだお風呂に浸かれない分、髪を普段よりもしっかりと手入れをした。上がってからのスキンケアもいつもより念入りに。


「これでおわりっと!あは♪なんか我ながら女の子してるなぁ」


 脱衣場を出て部屋に向かうところで父親と出くわした。


「お父さんおやすみ」


「あぁおやすみ。あれ?」


「ん?何?」


「なんかいつもと違うかな?なんかフワッとしてる?」


「そう?気のせいじゃない?」


 思わず頬が緩む。


(お父さんでも気づくんだ。テツもきづくかな?)


 そんなことを思いながら眠りについた。


 ◇


 次の日の朝。楓は起きてすぐに布団をまくって確認する。


「今日は大丈夫だったぁ。良かった。それに昨日よりは全然楽になってきたかも?」


 そのまま起き上がり、いつも通りの支度をして、今は洗面台のところで鏡を見ていた。


(ちゃんと可愛いかな?)


 ピンポーン


(あ、テツきた!)


 すぐに鞄を手にとり玄関に向かう。


「じゃあ、テツ来たからいってきます!」


「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」


「うん!テツおは……」


 玄関を開けると哲也が立っていた。

 昨日、楓の事を好きだと言った哲也の姿を見た瞬間に楓の頭は真っ白になる。むしろピンクに近いのかもしれない。昨日読んだ少女漫画にもあった、同じ様なシーンと自分の現状が重なる。


「よう、おはようさん」


「………ぉはょぅ」


「どうした?顔赤いぞ?」


「っ!な、なんでもなぃ!ほら、行くよ!」


「なんなんだ?」


 それだけ言うと、顔に集まる熱を払うかのように頭を振って歩きだした。


(やばい。ヤバいヤバいヤバい。どうしても意識しちゃう。合流する前になんとかしないと!)


「なぁ」


「な、なに?」


「何かいつもと違うな」


「へ?」


「口か?何か塗ってるのか?それ」


 そう言いながらかがんで楓の顔を覗きこんでくる。


(か、顔近いっ!もうっ!なんでこういう時に限ってすぐ気づくかなぁ!?……嬉しいけど)


「う、うん。ちょっと色つきのリップなんだけどね。変?」


(ここで変って言ったら殴る)


「いや、いいんじゃないか?似合ってる」


「……!!」


「いてぇ!なんで殴る!?」


 質問には答えずにひたすらポカポカ殴る。

 男にこんな事を言われる免疫が、ない。

 あるわけもない。少し前まで男だったのだから。

 だが、そこにいるのはただの照れた顔をした少女だった。

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