第24話 知った気持ちと気付いた気持ち
放課後。楓は鞄を持ってアリスの席までやってくる。
「アリス帰ろ」
「ごめん。今日ちょっと用事あるから先に帰って貰える?」
「いいけど、待ってよっか?」
「ううん大丈夫。ちょっとどのくらいかかるかわかんないから」
「そっか。わかった。じゃあテツと心愛のところ行ってくるね」
「う、うん」
アリスは、哲也達の所に行く楓に一度手を伸ばしかけるが、すぐに下ろして見送った。
下ろした手にスマホを持ち、メッセージアプリの画面を開く。昼休みが終わってから哲也に送ったメッセージへの返事がそこには来ていた。
アリスが送ったメッセージは『放課後渡り廊下の下に来て』それだけ。
それに対しての返事は『わかった』の一言のみ。
緊張で痛みが走る胸を押さえつけて、スマホを握り閉めるとアリスは教室を出ていった。
◇
楓が二人を迎えにくるとそこには心愛しかいなかった。
「心愛帰ろ。あれ?テツは?」
「なんか用事があるみたいで先に帰っててくれだって。楓にもそう伝えてくれって言ってた。また中学の時みたいに部活の勧誘かも」
「そうなんだ。俺には何もメッセ来なかったなぁ。あ、アリスも用事があるんだって。だから今日は二人だね」
楓がそう言うと心愛の顔が心底悔しそうになる。いまにも血涙でも流しそうな程に。
「それなんだけど、ごめん楓。私も今日は印刷所に行かなきゃならない。親の迎えが来てるから。せっかくの楓と二人きりなのに、GWの販売に間に合わせる為には今日を逃すと料金が高くなるから。だからごめん」
「いいよいいよ。気にしないで?」
「うん、ありがと。じゃあ親が待ってるからまたね」
「うん、バイバイ」
胸元で軽く手を振って心愛を見送った。
(今日は一人かぁ。高校入ってからは始めてだなぁ。まぁいっか。体調もまだアレのせいでそんなに良くないから今日はすぐ帰って休もっと)
そんな事を思いながら下駄箱に向かうと、そこで脇から瑞希が出てきた。
「お、柊木も今帰りか?他のみんなは?」
「ん、なんかみんな用事あるみたいで今日は一人だよ」
「そうなんだ。けどさっき渡り廊下の下に一人でいる立花の姿見えたぞ?」
「テツが?一人で?部活の勧誘とかじゃなかったのかな?」
「さぁ?あんな所にいるくらいだから告白とかもしくは……ケンカとか?」
「ケンカ!?もしそうだったら危ないじゃん!瑞希ちょっとついてきてよ!」
「わるいっ!今日はどうしても外せない用事があって無理なんだ!」
「もうっ!いいよ一人でいくから!」
瑞希はそう言い終わらない内に駆け足で渡り廊下のある方に向かう楓を見送り、靴を履いて外に出た。
「ちょっとおせっかいが過ぎたか?さて、アリスちゃんの事も、まだ立花の事も友達だと思ってる柊木はどうするかな?ってなんか俺、悪役みたいだな……はぁ」
◇
楓は目的地に向かいながら思う。
(テツ大丈夫かな?でも、今の俺が行ったところで助けになるかな?でも……)
渡り廊下に着いて窓を開けて下を覗くと哲也の姿が視界にうつる。
(良かった!まだ誰も来てない。早く行かなきゃ!)
近くの階段を降りて外に繋がるドアを開けて足を踏み出す。上履きのままなのが少し気になったがそのまま歩きだして哲也の元に向かう。
(テツいた!あれ?もう一人いる……ってアリス!?)
楓が哲也の姿が見える所までくると、哲也と向かい合ってるアリスの姿が見えた。思わず側の茂みにしゃがみこんで隠れたまま、声が聞こえる位置まで近付いてしまう。
(え?なんでアリスもいるの?用事は?)
そんな疑問が頭に浮かんだ所で二人の声が聞こえた。
「で、話ってなんだ?あいつらには聞かせれない話か?」
「うん、まぁ……ね」
「で、なんだ?」
「まどろっこしいのはアタシらしくないからハッキリ言うね。アタシは哲也の事が好き。あの日助けられた日からずっと大好きなの。だから……アタシと付き合ってください」
そう言って頭を下げるアリス。
(え!?)
(え?え?アリス今テツに告白したの!?)
声を出さないように両手で口を押さえる楓。
心臓が早く動いてるのが自分でもわかってしまう。
(確かに告白するとかって前に言ってたけど、なんだろう?すごいモヤモヤする。テツは?テツは何て答えるの?)
気になってしまい耳を澄ませる。
「アリスすまない。気持ちはありがたいが応える事はできない」
「理由聞いてもいい?」
「それは……」
「楓の事が好きなの?」
「っ!」
(へっ!?)
楓はまさかの言葉に驚き、アリスの自分の手を握る力が強くなる。
「やっぱりそうなんだ」
(え?どういうこと?テツが俺を好き?え?)
「ねぇ、楓は元々男だったし、哲也とはただの友達だったんだよね?なのになんで?可愛くなったから?ねぇなんで?」
「……俺は昔からこんな感じでな、友達が出来なかったんだ」
「哲也?」
「けど、楓真だけはいつも俺と一緒に遊んでくれてな。嬉しかったんだ。体が大きくなってからはその事があいつの助けになるのが嬉しかった。その頃から俺はあいつに何かあったら守るって決めたんだ」
(前に言ってた、今度は俺が守るってそういう事だったんだ)
「あいつは以前から俺にとって男とか女とか関係なく大事な存在だった。けど、今回の事があって変わった。例え女になっても今まで通りにやっていけると思ってたんだけどな。けど、俺だって男だ。俺の前で無防備なあいつの女の部分を見てしまった事で、男と女でそういう関係になれるって気付いてしまった。それまでは彼女とかそういうの考えた事もなかったからな。自分でも驚いたよ。だからお前の好意にも気付けなかったのは悪いと思っている」
「でも、だって楓は!」
アリスの声が悲痛なものに変わる。
「気付いてるか?」
「え、なにを?」
「楓は男の時の口調になるときに変えるって言うんだ。そして今の口調になるときは戻すって言ってるんだ。どういうことかわかるか?」
「それは──」
「俺達が楓に男だった時の様に振る舞うことを望むことはあいつを苦しませてる事になっている。こないだの帰り道でな、自分が男か女かどちらを望まれているのかで、辛い顔をしているのを見たばかりだ。俺はもうそんな顔は見たくない。だから俺はこれからもずっと、自分の好きな女としての楓を守っていく事を決めた。これが理由だ」
「そう……その事は楓に言うの?」
「いや、これから先はまだわからないが今は言うつもりは無いな。きっと困らせる」
「そっか。ならアタシも今日の事は誰にも言わないでおくね。きっと気を使わせちゃう」
「すまないな」
「あやまらないでよ」
「……」
「じゃあアタシ帰るね。明日からはまた普通にするから安心して?バイバイ」
「あぁ、また明日」
アリスの足跡が遠ざかっていく。
「ふぅ……俺も帰るか」
哲也も一言呟いた後その場を立ち去っていった。楓は未だに茂みの陰でうずくまっている。両手で真っ赤になった自分の顔を覆ったままで。
(うぅぅ、自分でもわかるくらい顔が熱いよぉ。まさかテツがあんな風に考えてたなんて知らなかった。あんなに想ってくれてるなんて……。けど今までのイライラもモヤモヤの理由もわかった気がする。多分、きっと、わたしもテツの事が……)
「好き」
(うひゃあぁぁぁ!はずかしいぃぃ!)
思わず口に出して言ってしまったことに耐えきれず、顔を覆ったまま髪をブンブンと振り乱す。自分のことを【わたし】と言ったことに気づかない程に取り乱す。今回の事で、楓の中の様々な正体不明の気持ちが【自分は女として哲也の事が異性として好き】という一つの形を持ってハッキリしてしまった事に対する羞恥が止まらない。が、そこで先程のアリスの事が頭をよぎり思考が止まる。
(でも、アリスはどうなるの?アリスすごい悲しそうだった。本当なら俺が聞いていい話じゃなかったし、俺が女になってなかったらきっと……)
考えがまとまらないままに楓は家路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます