第21話 疑いの前兆

 二人並んでアリス達との合流場所まで歩いていく。が、そこに着くころにはすっかり顔が青ざめていた。歩くスピードも落ちて辛そうにしていると同時に、いつの間にか口調も普段のものに戻ってしまっている。

 楓の異変に最初に気づいたのは心愛だった。


「二人ともおはよう。って楓大丈夫?顔がひどい」


「ん、大丈夫……。顔がひどいってなにそれへこむ」


「哲也、こんなに顔色悪いのに気付なかったの?」


「すまない。朝うちに来た時は元気だったんだが……あ」


「ちょっと哲也、あって何よ?」


 アリスが哲也に詰め寄って問いかける。ホントは【うちに来た】の部分が気になるけど、今は置いておく。


「そう言えば母さんに、気をつけて見ておけと言われてたんだが、こういうことか……。楓すまない」


「うぅん……ぅん?」


「ちょっとホントにどうしたのよ?具合でも……って。あーそっか。2日目だったわね。どーせいつもみたいに過ごしたんでしょ?無理はダメよ。って言ってもまだ慣れてないからしょうがないかな?楓、薬ある?」


「うん、ある」


「ならもう飲んじゃいなさい。効けば少しは楽になるから。そして学校行ったら保健室行きましょう。アタシはバック持つから、心愛は背も近いし肩貸してあげて」


「おっけ。ほら、肩捕まって。少しは歩くの楽になるから」


「ごめんね?」


「まかせて。なんなら抱きついてもよし」


「それはなんか遠慮しとく」


「ざんねん」


「なぁ、俺は何かすることは?」


「「ない」」


 ◇


 学校に着くころには薬も効き少し楽になるが、下駄箱を前にすると一気に顔が曇る。


「開けるの怖いんだけど」


「まぁ、昨日のがあったからね。けど開けなきゃダメでしょーが」


「はぁ」


 ため息をつきながら開けると、もちろん靴はある。そして靴じゃないのも置いてあった。


「あああぁ、また入ってたぁ」


「まぁそうでしょうね。今日は何枚?」


「二枚」


「随分減ったわね?昨日断ったのが広まったのかしら?」


「もっと広まってぇぇぇ」


 そこで自分達のクラスの下駄箱から哲也達が来て、またしても楓に届いていたラブレターを見て微妙な顔になる。


「まぁ、断る時はまたおれがついていくからな」


「うん、その時はおねが……んーん、今度は1人で行くよ。いつもだと申し訳ないし」


 そう言ってアリスの方をチラ見する。アリスの気持ちを思い出したからだ。


「ん?何よ?まぁ、もう来ないでって祈るのはタダだから祈っておきなさい。ほら、保健室行くわよ」


「うん。じゃあテツも心愛もまた後でね」


 力無く手をふると二人もそれにこたえてくれた。


「ゆっくり休めよ」


「添い寝が欲しくなったらいつでも呼んで」


 ◇


 アリスと保健室に向かって二人で並んで歩いていた時、それまで黙っていたアリスが小声で話しかけてきた。


「ちょっとさっきのなに?余計な気をつかわないでよ。バレちゃうじゃない!」


「ごめんつい。でも、テツはそーゆーの気づかなさそう……」


「いや、まぁそうなんだけど。にしても楓のカバンなんか重くない?」


「んーまだよくわかんなくて色々もってきたからかな?後は、唐揚げかな?今朝早く起きちゃってお母さんと一緒にお弁当作ったんだ。それでたくさん作ったから持ってきたの。テツにはもう言ったけどお昼にみんなで食べよ?」


「いいけどなんで唐揚げ?」


「だってテツ唐揚げ好きじゃん」


 アリスの目が細くなる。何かを探るような視線。それに楓は気付かない。


「……ねぇ、楓と哲也は親友なのよね?」


「え?そうだよ?何を今更」


「そう……」


 さも当然と言うようにケラケラと笑う楓に対して、それを見つめる視線は変わっていなかった。

 二人が保健室に付くとアリスが保険医に説明をし、楓はベッドへと案内された。


「じゃあアタシは戻るからちゃんと休んでなさいよ?」


「うんわかった。ありがとね」


 そのままベッドに横になると、女性の保険医が優しく微笑んだまま側まで来ていた。


(制服シワついちゃうかな?あれ?先生?)


「こんにちわ柊木さん。久しぶりね。どう?体調は。生理初めてだったわよね?」


 それに対して、楓は上半身だけを起こして対応した。


「お久しぶりです白石先生。そうですね、初めてなのでちょっと戸惑ってますけど、母親や姉に、友達も助けてくれたのでなんとか!って感じですね」


 実はこの二人は初対面ではない。

 入学前に女生徒として学園でどう過ごして行けばいいのかの説明と、軽いカウンセリングを受けていたのだ。


「それでどう?友達はできたかしら?バレたりはしてない?」


「はい、今のところは大丈夫ですね。俺っ娘で通せてます。一応女友達も出来ました」


「それなら良かったわ。それにしても俺っ娘ねぇ。ふふっ。自身の呼び方を変えるのはまだキツイでしょうし、いいかもしれないわね。それに、もしバレた時のクッションになりそうだし」


「クッション……ですか?」


 楓は言ってる意味がわからずに首をかしげる。白石はそれを見てクスリと笑うと姿勢を正して真剣な顔になって話を続けた。


「えぇ。打ち明けた時に「だから俺って言ってたのか」って思われるだけでも少しは印象が違うと思うわ。それにトイレも職員用しか使ってないでしょう?」


「それは確かにそうかも」


「でも、体育の着替えはどうするつもり?まだ体育の授業はやってないみたいだけど」


「それも職員用トイレか、中に着ておいたり、時間をずらしたりするつもりです」


「そう。それもずっとは無理でしょうから、早く打ち明けれる日がくるといいわね。念のために聞くけど、予定はあるのかしら?」


「はい。両親と相談したんですけど、今はまだニュース等で今回の騒動が取り上げられているので、それが収まった頃に様子を見て打ち明けようと思ってます」


「うん、先生もそれが良いと思うわ。まぁ、何かあったらいつでも相談に来なさいね。それと以前も言ったと思うけど、先生は柊木さんの事は1人の女の子として扱うわよ?」


「その時はお願いします。後、女の子としての対応で大丈夫です。だんだんに受け入れて行かなきゃならないですし。まぁ、まだ一人になると結構悩んだりしちゃいますけどね」


 それを聞いて白石は一度目をつぶり、次に目を開いた時は元の穏やかな表情に戻っていた。


「わかったわ。じゃあはい!話が長くなっちゃったけどゆっくり休んでね」


「はい、おやすみなさい」


 楓はそのまま横になると、すぐに寝息をたてはじめた。


「……この子大変ね。さてと、そろそろ職員室にいかないと会議はじまるわね」


 そう言い残すと白石は保健室を出ていった。


 ◇


 楓が眠りについてから最初の休憩時間──


 ガラガラ


 誰かが保健室に入ってくると楓の側に立った。現在、部屋にはこの二人しかいない。


「……」


「スー、スー」


 寝息を立てている楓の頬に手が伸びる。


「ん、テツ……」


 寝言とともに頬に触れた手に楓の手が重なる。


「っ!」


 その手の主は急いで手を引き抜くと保健室を出ていった。その少し後。


「ん……ふぁふ。んうぅぅ」


(大分楽になったかも。結構寝れたのかな?今何時だろ?)


 時計を見るためにベッドから降りてカーテンを開けると、ちょうど白石が戻ってきた所だった。


「あら起きたのね?少しは楽になったかしら?」


「そうですね。寝る前とは全然ちがいます。ありがとうございます」


「いえいえ。まだ二時間目の途中だから次の授業から戻るといいわ。それまでゆっくりしてるといいわ。お茶とお菓子もあるわよ?」


「えっと、いいんですか?」


「もちろん内緒よ♪」


 そうして僅かな時間ではあるが、お茶とお菓子を堪能してから、楓は次の授業に出るために教室に戻っていった。

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