第20話 彼の好きな食べ物

(うわぁ…)


 朝、違和感からいつもより早く目が覚める。

 女の子になった直後に買い物に行った時に買った、多めのショーツとサニタリーショーツの意味がわかってしまった。


(聞いてはいたけどホントに嫌になるなぁ。はぁ、お腹痛いし体もダルいしなんか胸も痛い。ガッコ休みたいなぁ。でも最初の小テストも近いし…はぁ)


 替えの着替えとシーツを持って階段を降りていく。


(お父さんまだ起きてないといいな)


 昨夜は加奈子が「一応お祝いよ」と言いながら赤飯を炊いた為に父親にもバレてしまった。なんとも言えない顔で見てくる為、思いっきりスネを蹴ってやった。それから会話していない。

 涙目になりながら「か、かえでぇ」とか言ってたが知らないったら知らない。


(お父さんいるところでお祝いなんていいのに。ホント恥ずかしい)


 そのまま脱衣場に行って着替えた後すぐにシーツと脱いだものを洗濯機に入れて回す。

 春休み中に家事全般は叩き込まれたのだ。

 そこに朝の準備等でいつも朝の早い加奈子がやってきた。


「あら?楓どうしたの?」


「あっ、お母さん。洗濯機借りてるね」


「別にいいけど…あぁ、なるほどね」


「う、うん。お父さんは?まだ?」


「えぇ、まだ寝てるから大丈夫よ。体調はどう?休む?」


「良かった…。うん、やっぱりダルいかなぁ。胸が張る感じで痛い。休みたいけど、今度テストあるからがんばってみる」


「そう?なら、今日はブラトップみたいな楽なの着けていきなさいよ?」


「わかったぁ」


「まだ時間あるけもう少し休む?」


「ん~、起きてる。少し動いてる方が気が紛れるし」


「なら、一緒にお弁当作ってみる?」


「うん、やってみよかな?」


 二人は台所に並んで立つ。加奈子の予備のエプロンを付けて、髪は邪魔にならないように後ろで一本でまとめてある。

 その姿をみて加奈子はしみじみと言った。


「こんな事言ったら楓は嫌かもしれないけど、娘と台所に立つの夢だったのよ。佳奈はあんな感じだから諦めてたし」


「嫌じゃないから大丈夫だよ。けど、俺もこうしてお母さんも立つことになるとは思わなかったかなぁ。お姉ちゃんは…うん。まぁしょうがないかな?」


「ふふ、そうね。さぁ、チャチャッと作っちゃいましょう!ちなみに哲也君は何が好きなの?」


「え?テツは唐揚げとか好きなんじゃないかな?肉入ってないと力でないとか言ってたし」


「そう、じゃあ唐揚げ多めに作りましょうか?」


「なんで?」


「手作りのおかずとか喜ぶんじゃない?」


「なっ!そんなこと彼女じゃないのにっ!」


「あら?哲也君だけじゃなくてアリスちゃんや心愛ちゃんにもあげるのよ?」


「え?あ、そ、そーゆーことなら…うん、まぁいいかな?」


(この子自分で自分の事を彼女って仮定して言ってるの気づいてないのかしら?う~ん?)


「ついでにお父さんにも作ってみる?」


「それはヤダ」


 ◇


「できたー!」


 目の前には自分用の小さな弁当箱と、唐揚げだけが入ったタッパーが置いてある。

 フンスッ!と自慢気ですらある。楓は、初めてのことと朝早いって事でテンションが上がってしまい、ダルさをわすれていつもの用に動いてしまっている。

 そこで起きてきた影が一つ。


「おっ、二人ともおはよう。楓も早いな。あれ?それ弁当か?もしかしてお父さんのかな?」


「違うから」


「え?」


「お母さん俺、準備してくるね」


「え?かえで?」


「……フン」


 楓は作った弁当とタッパーをバックに詰めると二階へと上がっていってしまった。


「母さん?おれなんかしたっけ?」


「まだ昨日のを引きずってるのよ。まったく、以前とは違うんだからね?もっと気をつけてちょうだい」


「はい…」


 もはや唯一の男である父に味方はいなかった…。


 ◇


(ちょっとお父さんに冷たすぎたかな?前はからかわれても、なんともなかったんだけどなぁ~。なんかこう…イライラする。なんでだろ?前はどんな話してたっけ?う~ん…まぁ、いっか)


 楓は制服に着替えながら考えるが、答えが出ない為、考えること自体を放棄した。

 着替えが終わりバックも持った。軽くリップも塗り、髪も整えた。

 全ての準備が終わって時計を見るといつもより大分早い時間。朝食は弁当を作りながらつまんで済ませてあるため、後は哲也を待つだけだ。

 そこでいつもは考えないことが頭に浮かんでくる。


(今日は俺が迎えに行ってみよっかな?)


 そうと決まれば足が動き出していた。


「いってくるね」


 玄関に向かいながらリビングにいた三人に声をかける。


「あら?早いんじゃない?哲也君まだ来てなぃでしょ」


「うん、だから今日は迎えに行ってみよっかな?って」


「いいんじゃない?気を付けなさいよ。後、無理はしないこと」


「は~い」


 ◇


「ねえお母さん。哲也君の両親は楓が変わった事知ってるの?」


「ええ、以前買い物一緒に行った時に言っておいたわよ。それは楓も知ってるわ。ただ、まだ見たことはないでしょうから見たらどうなるかしらね?」


「……楓頑張って」


 ◇


 玄関を出て学校とは逆方向に歩いて行く。おおよそ5分程歩くと哲也の家が見えてくる。


(びっくりするかな?)


 ピンポーン


『は~い』


 哲也の母親の声がインターホンから聞こえてきた。


「柊木です。テツいますか?」


『柊木?佳奈ちゃん?』


「いえ、楓馬です。あ、今は楓ですけど」


『すぐいくわ』


 勢いよく玄関のドアが開くと人が飛び出してきた。


「楓馬君!?いえ、今は楓ちゃんよね!きゃー可愛いー!!」


「ひゃあ!」


 玄関から飛び出てきた哲也の母親に抱き締められて楓の顔はその胸に顔が埋もれてしまう。

 今でも女子大生って言われてもおかしくない美貌に、楓よりも大きな胸を持つ抜群のスタイルの女性。彼女が哲也の母親だった。


「ちょ、ちょっと苦しいですって!早織さん!」


「あらゴメンね?それにしてもホントに可愛くなったわねぇ?どう?うちの嫁にこない?」


 謝りつつも楓のことを離さない。


「よ、嫁!?いえいえいえ!テツは親友ですから!」


 楓は真っ赤になって否定する。そんなことはないと。


「あれ?あれあれ?ふ~んなるほどね。まぁ、今はいいわ!気が変わったらいつでも言ってね?」


「いえ、あの、そんな…」


「それで哲也だったわね?今呼んでくるから待っててね」


「もう来てるぞ。母さん、そろそろ離してやれ」


「あらもう来たの?ざーんねん」


 そう言うと名残惜しそうに離れていき、玄関の前に立ってニコニコしている。見送る体勢である。


「あ、テツ!おはよ」


「あぁ。今日は一体どうしたんだ?」


「ちょっとね、早く起きちゃってね。それで、いつも来てもらってるから今日はこっちから迎えに行ってみよっかなって♪後、お弁当も作ったんだ。唐揚げたくさん持ってきたから今日のお昼みんなで食べよ?作りすぎたから」


「ん、そうだな」


 そんな二人を眺めながら早織は加奈子から聞いていた話を思い出していた。


(それにしてもホントに女の子になったのね。話し方は加奈子先輩が教えたのかしら?けど、とても自然ね。ちゃんと受け入れ始めたってことかしら?ん~ホントに嫁にこないかしら?)


「じゃあ母さん、いってくる」


「早織さんいってきます」


「うん、行ってらっしゃい。あっ、テツちょっと来なさい」


「なんだ?」


 何かを思い出したかの用にテツを呼ぶと小声で哲也に注意した。


「楓ちゃん今は見た目元気そうだけど、気をつけて見てなさい」


「なんでだ?まぁ、わかった」


 頷くと楓の元に戻っていく。


「早織さんなんだって?」


「いや、たいしたことじゃない」


「そっか。なら…よし、じゃあ行くか!」


「なぁ、その喋り方なんだが…」


「ん?二人と会うからな。変えとかないとまた何か言われるだろ?」


「そうか…」

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