第32話 怪我と失恋。そして決意

 授業開始のチャイムが鳴り、教室に教師が入ってくる。

 それでも哲也は止まらない。


「立花くん!? ちょっとなにをしているの!?」

「駄目、哲也」


 哲也はそんな教師の声も心愛の声も無視して、自分が殴って派手に転んだ楓をからかったという男の胸元を掴み、淡々と告げる。


「お前が泣かせたのか? 楓を」


「はぁ!? 知らねぇよ! 向こうが勝手に泣いただけだっつーの!」


「……何をした?」


「べっつにー? 男同士のスキンシップを取ろうとしただけだっつのー! 普通だろ? 男同士ならよ!って、元男だっけか? その割りにはでかい胸してるよなー! お前は友達だから好きに触り放題ってかぁ?」


 男はヘラヘラ笑いながらそう言って手を何かを揉むような形で動かす。

 それを見て聞いた哲也は、握りしめた右拳を振りかぶった。


 それと同時に教室のドアが開くが、目の前の光景に目を奪われて誰も気づかない。


「そうか。そういうことか。お前に一つ言っておく。楓は女だ。元とかは関係ない。……俺の好きな女だ」


 そして哲也は拳を振り下ろした。


 その時──


「テツだめっ!」


「っ!?」


「んぐぅっ!」


 楓が哲也と男の間に入り込んでくる。

 だが、一度振り下ろされた哲也の拳は、一瞬の事に驚きはしても止まることなく楓の肩を殴りつけた。


「いっ……痛いぃ……」


「か、楓!? すまない、俺は……」


「だ、ダメだよ……。殴ったらダメ……」


「だが!」


「ふふっ、テツの焦った顔、珍しいね? いたっ……」


 そこで楓と一緒に教室に入ってきたアリスが声を荒らげた。


「楓!? ちょっと哲也何してんのよ! 早く楓を保健室に!」


「あ、あぁっ!」


「へ? ひゃっ!」


 哲也は楓を抱えあげると教室を飛び出して保健室に向かって走り出した。

 そして教室に残ったアリスは哲也が殴ろうとした男の前に凛と立ち、冷たい目を向けて低い声で言い放つ。


「あんた。それとクラスの皆も。いい? 楓はもう女の子なの。元男とかそんなのは関係ないわ! 今、そしてこれからずっと女の子として生きていくのよ! そのことで馬鹿にするような事を言う人がいたら……アタシが絶対に許さないわ! そしてそんな楓の事を想う哲也の事を馬鹿にする人もよ!」

「アリス……いいの?」

「心愛……。もういいの。さっきの哲也見てたら敵わないなって。だからいいの」

「アリス……」


 アリスの声に静まる教室。そこで教師の声が響く。


「はい、そこまでにしてみんな席につきなさい。そして今から呼ぶ人達は職員室に来なさい。良いわね?」


 呼ばれたのはアリスと心愛、そして哲也に殴られた男の三人。残った生徒は自習ということになった。


 教師とその三人が居なくなったあと、教室には沈黙だけが流れていた。



 ◇◇◇



「先生っ!」


 保健室の扉を哲也は乱暴に足で開けると、楓を抱えたままで中に入る。


「あら、立花君に柊木さん。どうしたの? 柊木さんは帰るはずだったんだけど……ってまるでお姫様抱っこじゃない」


「っ!? テツ! お、おろして! もう大丈夫だから!」


「あ、あぁ。すまん」


 楓はようやく床に足を付けると、肩を押さえながら白石の差し出した椅子に座る。哲也も座るように促されたが、なぜか立ったままだ。


「それでどうしたのかしら? 柊木さん? 肩押さえているようだけど……」


「先生。楓の肩は俺が殴りました。楓は俺が馬鹿な真似をするのを止めてくれたんです。診てやってください」


「そう……。事情は後で聞くとして、柊木さん? ちょっと触るわよ?」


「はい……いたっ!」


「結構痛いみたいね。肩は回る?」


「は、はい。なんとか……」


「う〜ん? ちょっと打ち身みたいになってるのかしら? 一応シップ貼っておくから、痛みが続くようだったら病院に行くのよ?」


「はい」


「じゃあちょっとブラウス脱いでちょうだい。あぁ、全部は脱がなくてもいいわ。痛いところだけ見えればいいから」


「わかりました……。えっと……」


「楓、どうした? 肩出さないのか?」


「どうしたじゃなくて……その……」


 つい一個だけ外してしまった胸元のボタンを、赤い顔になって押さえる楓と、心配そうにそれを見つめる哲也。そんな二人の姿を見て白石は呆れるようなため息を吐く。


「立花くん? 君がそこにいたら無理でしょう?」


「……?」


 しかし、哲也はまだわかっていない。


「あの……はずかしいんだけど……」


「……あっ! すまない!」


 ようやく気付いた哲也は、そう言って後ろを振り向いて上を見上げた。


「柊木さん。あなたの友達は随分鈍感なのね?」


「はい。色々鈍感で困ってます」


「ぐっ」


 哲也が後ろで話してる内容に何も反論ができないでいると、ブラウスの左側だけ脱いで半分下着姿になり、ブラの肩紐も少しズラした楓の肩を白石が見て呟く。


「あら、少し腫れて赤くなってるわね……」


「なっ! すまないか……えで…………あ」


 腫れてるという言葉に反応してつい振り向いてしまう哲也。その視線の先には半脱ぎ状態の楓。

 肩紐をズラしていた為か、胸の上の部分がしっかりと露出され、ピンク色の下着もしっかり見えていた。


「あ、いや、これは……すまない。見るつもりは……」


「い、いいから早く後ろ向いてよ! この馬鹿! えっち!」


 そしてそんな二人を見て、白石はまたしても深いため息をついたのだった。

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女の子になった私が恋してることを貴方はまだ知らない あゆう @kujiayuu

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