第4話 もう戻れない

 時刻は9時過ぎ。

 部屋の扉を開けて階段を降りていく。まだサイズ変化の感覚が掴めないためゆっくりと。


 なんとか階段を降りきるとリビングへの扉を開けた。ちょうど母親である加奈子が楓真以外の朝食の片付けをして父親の和真がコーヒーを飲んでいる所だった。


「楓真?今日はいつもより起きるの遅かったのね。佳奈はもう遊びにいった…わ…よ…え?」


 加奈子が振り向き固まり、それを不思議に思った和真も同じ様に扉の方を振り向くと固まった。


「父さん母さん、俺、女になっちゃったみたいなんだけど!だから病院連れていって!多分昨日の朝のニュースでやってた薬のせいだ!」


 楓真が、早口で告げる。が、依然として両親は固まったままだ。


「父さん?母さん?」


「だ、だれ?ホントに楓真なの?」


 どうにか気を持ち直した加奈子が確認する。


「だからそう言ってんじゃん!父さんと母さんが姉さんをばあちゃんに預けて行ったクリスマスデートで出来た俺だよ!」


「ちょっと…それ誰から聞いたの?」


 京子の背後に鬼が見える。心なしか声も低くなっている。


「えっ、響子おばさんだけど…」


 母、加奈子の妹である。


「あの子後で説教だわ」


「まぁまぁ、でもこれでこの子が俺達の子供だって確信が持てたじゃないか。にしてもずいぶんと可愛くなったな楓真。ハハハ、ハハハ……はぁーー!?楓真!?この子が!?なんで?どーして?薬?はぁーーっ!?」


 一番冷静かと思いきや、酷い取り乱し様である。おかけで加奈子の方が冷静になっていく。


「あなた落ち着いて。そして黙って。それにしてもホントに楓真なのね。ちょっとこっちおいで」


「うん」


 そうして近くにきた楓真を優しく抱き締めた。小さくなったため、されるがままだ。


「今はどこも痛くない?変な感じはしない?」


「うん、今はなんともない」


「そう。ご飯は?食べれる?」


「すごいたくさん汗?をかいたせいかお腹は空いてるから食べれると思う。ゴメン、布団ビシャビシャになっちゃった」


「気にしなくていいから食べれる分だけ食べてみて?今片付けてくるから、そしたら病院に行きましょう。ほらあなたも!いつまでも目を回してないで早く着替えて準備しなさい」


「あ、あぁわかった。車の準備もしてくる」


 席につき、自分の分の朝食を食べ始めるが、少しずつしか口に入らないしすぐにお腹いっぱいになってしまう。


(体小さくなったからかな?全然食べれないや)


 歯磨きするために洗面所に行くと初めて鏡で自分の姿を見た。身長は150あるかないか。顔立ちは、目は大きくクリッとしている。スッと通った鼻に小さなプルンとしたピンクの唇。


(なんつーか、結構可愛い…よな?)


 試しにニコッと笑ってみる。可愛い。


(俺、なにしてんだか…)


 変に凹んだ。


 すると二階から加奈子が降りてきた。手には【佳奈】と書かれた段ボールを抱えて。


「なぁ母さん?それは?」


「ごちそうさました?ならこっちいらっしゃい」


「いや、だからそれは?」


「佳奈の昔の服よ。さすがにその格好で外出る訳にはいかないもの」


 服装を指差して言う。言外にそんな服装は認めないと。


「いや、病院行ったら戻るかも知んないんだからいいよこのままで」


「ダメよ」


「いやだから俺は女の服なんて…」


「ダメよ」


「い、いやだぁ~!グエッ」


「はい、捕まえた。さ、お着替えしましょう。あら?胸は今のお姉ちゃんよりあるみたいね?」


「触るな!比べるな!やめろ!さっきはあんなに優しくしてくれてたじゃん!!」


「それはそれ、これはこれよ」


「ひぃぃ」


 逃げようとするが首根っこを捕まえられ、部屋に連れていかれた。


 数分後……


「や~ん!か~わ~い~い~♪」カシャカシャカシャカシャ


「ほぅ、これはまた…」


「…………」


 現在ひたすらに写真を撮られている楓真の格好は、下着は合うサイズが無かったためカップ内臓ブラトップ。下は紺のタイツに膝丈のベージュのプリーツスカート。上は水色のロングニットにGジャン。髪型は後ろで一本にまとめてある。


「さ、病院いくから車に乗って。あなたお願いね」


「くつじょくだ……」


 そして着いたのが県立の総合病院。例の医師が勤めていた場所で、以前世話になり薬を貰った場所だ。

 加奈子が受け付けに事情を話すとすぐに呼ばれていくつもの検査を受けた後、少し大きめな会議室に通された。担当者が来るまではもう少しかかるらしい。


「つっかれたぁ~」


 机の上にぐでぇ~っとなる。胸が潰れて少し苦しい。前までこんな事なかったのに。ブルッ


(あれ?これって…)


 クイクイと隣の加奈子の袖を引っ張る。


(どうしたの?)


(………トイレ行きたい)


(そこの看護士さんに話して行ってきたら?)


 すると首をフルフル横にふり、顔を赤くして信頼する母親に尋ねた。


(どうやってすればいいの?)


(あ、そうだったわね。わからないわよね。ちょっと待ってて)


 と言うと入り口にいた看護士に声をかけた。


「すいません。ちょっとこの子とトイレ行きたいんですけどいいですか?」


「あっ、はい。どうぞ」


「ほら、いくわよ」


「う、うん」


 それから………戻ってきた時、その目は死んでいた。


「ふ、楓真?どうしたんだい?」


 和真が心配して声かけるが、返事もなく椅子に座ると机に突っ伏してしまう。


「あなた、そっとしてあげて」


「あ、あぁ」


(き、記憶を消したいっ!)


 ガラッ


(!?)


「失礼する。長らくお待たせしまって申し訳ない」


 謝りつつ入ってきたのは初老の男性と眼鏡を書けた妙齢の女性の二人だった。


「この方は当院の院長です」


 と眼鏡の女性が言うと院長と呼ばれた初老の男性が頭を下げた。


「この度は当院に勤めていた医師がとんでもないことをしてしまい、本当に申し訳ございません」


 と言って頭を下げた。が、楓真は気に入らなかった。そんな事が聞きたかった訳じゃないのだ。音を立てて立ち上がる。


「申し訳ないじゃないんです!俺は戻れるんですよね?」


「それなのだが…」


 コンコン


「失礼します。検査の結果をお持ちしました」


「あぁありがとう。よこしてくれ。柊木さん、ちょっと失礼します」


 院長は手元の資料に目を通していく。徐々に険しくなる顔が楓真達の不安をあおっていく。すると、資料を見る手が止まり、そのまま目を伏せて机の上に置き口を開いた。


「結論から言わせてもらいます。柊木楓真さん、あなたが男性に戻る事は不可能です」


(は?戻れない?なんで?)


「ここに先ほど受けて頂いた検査の結果があります」


 机の上の資料の上に手を置く。


「楓真さんの体は外見はもちろん、体内構造から染色体まで全て完全に女性の体になっています。もちろん精神が落ち着いて、変化したばかりで崩れているホルモンバランスが整えば生理も来るでしょうし、妊娠も可能です」


(妊娠?俺が?は?)


「それに同じような薬を作る事が不可能なんです。彼の資料はすべて彼の頭の中にしかなかった。もし同じ様な薬が出来たとしても颯真さんはそれを飲むことが不可能なんです。もし出来てもそれを飲んだとしたら……命の保証はできません。体が耐えられないんです。」


(((!?)))


「ホントに申し訳ございません。もちろん検査やアフターフォローなど全て当院でやらせていただきます。慰謝料なども全ての被害者の方にお渡ししているものがありますのでそれを。おい君、書類を用意してくれ」


 両親は黙って苦い顔をして話を聞いていた。そんな中でまだ理解出来ないで混乱していた。


(何を言ってる?命の保証?俺が?ずっと女のまま?慰謝料?なんだそれ?わからない。なにもわからない。あれ?なんだ?何も…見えない…)


 ガタンッ


「颯真っ!?」


 意識を失って倒れた楓真をすぐに和真が支える。


「楓真っ?楓真!」


「お母さん!大丈夫ですから落ち着いてください。気を失っているだけです。今すぐにベッドに運びます」


 近くにいた看護士が容態をみて的確に対処していく。すぐに来たストレッチャーに乗せられて運ばれていく。


 その時楓真のGジャンのポケットに入れていたスマホには着信を知らせるランプが点灯していた。


 立花 哲也 着信…3件

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