第5話 説明と名前と小さな布

「ん…んん…」


「楓真?目さめた?」


「俺、寝てたのか?」


 どうにも記憶がはっきりしない。男に戻れない事を聞いて絶望してその後の記憶がない。もしかして…と思って自分の体を見渡すが、女のままで戻ってなんかいなかった。


「お前倒れたんだよ。話を聞いてる最中にな。相当ショックだったんだろう」


 和真がその時の事を説明してくれた。


「そっか。それにしても…ホントに戻れないんだな、俺」


「楓真?」


「ちゃんと話を聞いて納得は出来なかったけど理解はしたよ。もう諦めた。命があるだけでもましだよな?」


 そう言って力なく笑う。


「大丈夫。どんなになっても楓真は私達の子供だから大丈夫」


 加奈子が抱きしめ、和真は頭を優しく撫でた。


「はは、ありがと」


「失礼します。楓真さんの目は覚めたようですね。ちょっとごめんなさい」


 やってきた女医さんが言いながら簡単に体のチェックをしていく。


「大丈夫みたいですね。おそらくショックと疲れで気を失ってしまったんだと思います。これからは月に一度検査に来ていただきますね。後、こちらは先ほど説明した資料になります。こちらを銀行と市役所に持って行っていただければ手続きがスムーズに行われます」


 少し厚い封筒を加奈子に渡した。


「ありがとうございます」


「今日はもうそのままお帰りになって頂いても大丈夫ですよ。では失礼します。お大事に」


 そのまま女医は部屋を出て行った。


「母さんそれは?」


「あぁこれ?銀行のは慰謝料とかその他もろもろの受け取りの書類ね。これから色々必要になるだろうから貰えるものは貰っておこうと思って。市役所の方のは住民票の変更をするための証明書類と、後は楓真の意思次第になるんだけど、改名する為のものね」


「改名…そっか。女なのに楓真じゃ変だもんなぁ…」


「変える気があるなら後でお姉ちゃんとも相談しましょう」


「うん。ってあれ?俺のスマホは?今日のクラス会にテツと一緒に行く約束しててんだ。」


「それならほら、枕の横においてあるぞ」


 画面を見ると既にクラス会が始まってる時間だった。急いでロックをはずすとテツからの着信が何件もあったことを示す表示がされている。いつもの癖ですぐかけなおそうとして辞めた。


(かけなおしてどうする?今の俺の声は女の声だ。なんて説明する?こんな俺でも友達でいてくれるのか?)


【テツ連絡遅れてゴメン。体調悪くて病院来てた。今日行けそうにないや。後、喉痛くて声出せないから電話はちょっと無理だ】


 メッセージだけ送ることにした。するとすぐに返信が返ってくる。


【気にするな。早く治せよ】


 簡潔で味気ないが哲也らしい返信。ホッとすると同時に嘘をついた事の罪悪感と、これからの関係に不安が募る。


「颯真、体調はどう?そろそろ帰る?一応お姉ちゃんには理由は言わずに早めに帰って来るように連絡しといたから」


「…大丈夫だよ。うん、帰ろうか」


 そうして病院を後にした。


 途中で加奈子がコンビニに寄った以外はどこにも行かずに家に着く。

 すでに佳奈は帰って来ていた。


「おかえりー!って……誰?その可愛い子。誘拐?あれ、その服アタシの?」


「…ただいま姉さん」


「え?え?」


「玄関で固まってないで。詳しくは今から話すからとりあえずリビングに行きましょう」


 加奈子が固まっている佳奈の背中を押し、楓真と和真もそれについていく。

 そして佳奈への説明が始まった。


「って事はこの可愛い子が楓真なの?」ナデナデ


「おいやめろ」


「えぇ、そうよ。佳奈からしたら弟が妹になっちゃったわね」


「しっかしあの楓真がこんなに可愛くなるなんてねぇ~」ナ~デナデ


「おい、だからやめろって!」


 楓真は頭に乗せられていた佳奈の手を払って逃げようとする。だがお腹に手を回され逃げられない!

 今の楓真は佳奈の膝の上に乗せられていた。

 そしてひたすらに愛でられていた。

 どうにか逃げ出そうとバタバタするが佳奈の力が強くて逃げられない。そしてそのまま佳奈は話を進めた。


「それでこれからどうするの?楓真はもう女の子して生きていくしかないんでしょ?」


「うん、まぁ。その事に関してはもう諦めたよ。さすがに命がけはちょっとな…」


「この切り替えの早さは楓真よね。で、とりあえず明日役所に行って性別変更手続きして、後は買い物ね。いろいろ必要なものもあるし。それで今決めなきゃならないのは新しい名前よ。女の子なのに楓真はちょっとね…」


「あー、だよねぇ。楓真どうする?」


「それはもう帰りの車の中で考えてた。なるべく今の名前のこしたいから楓真から一文字とってかえでは?」


「うん、楓真が…んーん、楓が良いならいいんじゃない?お父さんとお母さんは?」


「わたしもそれでいいわ」


「あぁ、父さんもだ。自分の名前だからな、自分が良いと思ったものが1番だろう」


「ありがとう。最初は慣れないとは思うけどな」


「あとは高校にも連絡しないといけないわね」


「っ!」


「ふ…いえ、楓?高校はどうする?変えれそうなら変える?」


「いや、そのまま通いたい。友達もいるし…」


「わかったわ。なら高校にも連絡しないとね。制服も頼みなおさないと。友達って言うと哲也君達ね?大丈夫?説明とか」


「今はまだ無理だけどそのうち…」


「そう。無理はしないのよ?」


「うん」


「さて、後は明日ね。じゃ、はいこれ」


 加奈子は楓真、いや楓に黒いビニール袋を渡した。


「母さんこれは?」


「下着よ」


「え?」


「ショーツよ」


「は?さすがにそれはまだちょっと抵抗が…」


「ダメよ。いつまでも男物のをはいてるわけにはいかないでしょう。さっきコンビニで今夜だけでもしのげるように買ってきておいたのよ。女物にはちゃんと役割があるんだからそれをはきなさい」


「いや、でも…」


「じゃあその前にお風呂ね。じぁ、楓行こっか♪」


「は、はぁ?なんで姉さんと!?この歳になって姉弟と風呂なんていやだよ!」


「今はもう姉弟じゃなくて姉妹でしょ!なんでって、女の子のお風呂の入り方しらないでしょ?」


「はあ?そんな一緒でいいだろ?」


「だめよっっ!」


(!?)


「男みたいにササっと済ますなんてダメ!絶対!ましてやそんなに綺麗な肌と髪なんだからちゃんと手入れしないと!さぁ行くわよ!」


 そうして楓は風呂場へと引きずられていく。


「ちょっと!妹のくせにアタシよりおっきいってどーゆーことよ!わっ!やわらかい!肌しろ~い!モチモチ~!」


「や、やめろ!触るな!少しくらい隠せよ!こっちは心は男なんだ!」


「なによ。もう女の子同士なんだから気にしないわよ!えいっ!」


「ひゃぁぁぁ!」


━━━━━


(つ、つかれた…)


 佳奈との風呂訓練が終わり、今は最後の難関と対峙していた。

 手にはピンク色の生地に白い小さなリボンが申し訳ない程度に付いている逆三角形の物体。ショーツである。


(小さいなぁ…これをはかなきゃならないのか。しかもこれから毎日)


 楓はさすがに躊躇する。これを見に着けたらホントに男として終わりな気がしている。まぁ、もう戻る事はないのだが。と、読んだ事のあるTSラノベ小説では定番中の定番の葛藤を繰り返していた。


(えぇーい、男は度胸!今は女だけど!)


 思いきって足を通して腰まで一気に上げる。


(おぉ!小さいと思ってけどすごいフィットする!男物とは全然違うなぁ)


「ちょっと楓?着替えにいつまでかかってんの?」


「うるさいなぁ。色々あるんだよ」


 言いながらブラトップを上から通し、佳奈のお下がりのジャージに身を包む。


「明日ブラとかパジャマも買わないとね?」


「はぁ、明日も精神がゴリゴリ削られそうだなぁ…」


「明日はアタシも付いていくからね」


「ゲッ」


「こら、女の子はゲッとか言わないの」


 風呂から上がったあとはすぐに夕飯だった。案の定あまり食べることができず、好きだったハンバーグも2/3程食べたところでお腹いっぱいになり、デザートも食べられずに凹んだ。なぜか無性にデザート食べれないことにショックを受けてる自分にビックリしたが…。


 食器を下げて自分の部屋に戻ると布団が新しくなっていたのでそのまま寝転んだ。


(ふぅ…やっと今日が終わった)


 横になったまんまで自分の手を伸ばして見る。朝と変わらず白く細い指がそこにあった。

 視線を下げると姉の佳奈より大きいらしい胸部が目に入る。


(女…になったんだなぁ。もうトイレも慣れちゃったしこれからどうなるんだろ…。戻るのは諦めたけど覚悟まではまだ出来ていない。それにテツ達にはなんて言えばいいんだろ…)


 楓は考えているうちに涙を流していた。誰が見ているわけでもないのに、腕で目を隠す。

 朝からバタバタしていて張りつめていたものが今になって切れてしまったのだ。そうなってしまえばもう止める事は出来ない。


「ぐすっ…ひっく…うぅぅぅ」


 この日の夜は泣き疲れて眠るまで涙は止まらなかった。

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