第15話 彼氏はいませんっ!
窓側の先頭から、自己紹介がはじまっていた。
(ヤバいヤバいヤバい!何も思い付かないっ!)
楓があたふたしてる間にアリスの番になった。
「清水アリスです。ハーフでこの髪は母方の色です。趣味はヘアアクセ作りで、ネットで販売とかもしてるので良かったらお願いします」
そこで茶髪のチャラそうな男子から質問が飛ぶ。
「彼氏はいますかー?」
「彼氏はいませんが、好きな人はいます。ゴメンね」
そう言ってニコっと笑う。
(あ、あれ作り笑いだ)
中学から知っている楓にはすぐにわかった。
「えーっ!立候補しようと思ってたのにー!」
そこでどっと笑いが起きる。
そしてなぜかその後からの自己紹介には彼氏彼女がいるかいないかを喋る流れになってしまった。
(なんでー!?なんでそんな感じになってるのー!?あの茶髪のせいだ!)
そんな事をぼーっと考えてたら前の席の奈々が立ち上がった。
(えっ?もうそこまできてるの!?)
「橋本奈々です。二年生に兄がいます。趣味はネットゲームで、彼氏はいます」
ここでも、えーっ!という声が起こる。
そして無情にも楓の番になる。
「ひ、柊木 楓です。趣味はゲームと料理です」
(よし、ここで何事もなかったように座ろ!)
と、腰をおろそうとした瞬間
「柊木さんは彼氏はいるんですかー?」
(ちゃ、茶髪ぅ~~~!)
「か、彼氏はいませんっ!好きな人もいませんからっ!」
「じゃあおれ、柊木さんの彼氏に立候補します!」
彼女すらいたことのない楓は、まさかの彼氏になる宣言にテンパってしまう。
「えっ!?え、あ、いや、ダメです!」
「ざーんねん」
そこでまた笑いが起きてそんな騒ぎの中、自己紹介は終わっていく。
「じゃあ楓ちゃんまたね!奈々はおにぃとおにぃの彼女達と一緒に帰るから、また明日ね!」
「あ、うん。バイバイ」
(彼女…達?ん?)
楓が奈々のセリフに考えて混んでるとアリスがやってきた。
「ほら楓、帰るよ。もう隣もHRおわったみたいだし」
「あ、うん」
そしてその帰り道、楓がテツに聞く。
「テツ、そっちのクラスはどうだった?」
「ん?まぁ、普通だな」
そこで心愛の暴露
「哲也、嘘はいけない。さっそく3人の女の子からメッセID聞かれてたじゃない」
「「えっ!?」」
アリスと楓が驚く。
「ちょっと哲也!それで教えたの!?」
「あ、あぁ、断る理由もなかったしな」
「そう…(ヤバい、早くしないとヤバい)」
「へぇ~(やっぱテツはモテるんだ。ふ~ん)」
「なんで二人とも驚いてるんだ?」
「「へ?なんとなく?」」
「なんだそれは」
「それでアリス達のクラスはどうだったの?」
「それよ!ちょっと聞いてよ!この子馬鹿よ!自分から彼氏も好きな人もいないって言ってるんだから!これからどうなるか手に取るようにわかるわ。」
「だっていないし。聞かれたから答えただけなのに…」
「そこは適当に濁してればいいのよ。内緒で~す♪とか、秘密で~す♪とか言っておけばいいのに」
「うぅ~。あ!てことはアリスが言ってた好きな「あーーー!」えっ?」
楓がアリスの自己紹介を思い出して言おうとすると大きな声で止められる。
「楓、黙りなさい。それは言ってはいけない」
「あ、はい」
「アリス、楓にはそろそろ言ったら?」
「ん~も少ししたらかな?」
「ん?なにが?」
「あー、また今度ね」
「??」
アリスの中での、楓が元男という壁は中々消えない。
「なぁ楓、そいえば朝から気になってることがあるんだがいいか?」
「あ、アタシも」
「あたしも」
「ん?何?」
「「「その喋り方は何?」」」
「…………お母さんとお姉ちゃんに矯正された」
「「「は?」」」
「制服頼みに行った日あったでしょ?あの日帰ってきたら二人に捕まって、昨日までずっと喋り方と仕草と料理の特訓だったの…。まぁ、料理は楽しくなってきたからいいんだけどね。ちょっとでも前の喋り方したらそれはもう…ホントに怖かった…」
「あー、遊び誘っても用事があって無理ってのはソレが理由だったのね?てっきり病院とかかと思ってたけど」
「うん、喋り方変かな?」
「んー、変じゃないけど前のあんたを知ってるから違和感がすごい。俺って言うのは直されなかったの?」
「前の自分を拒否するみたいになりそうで、そこだけは拒否したの。何かキッカケでもない限りはね…」
「そうだったのか。少し淋しい感じはするな…」
そこで哲也がボソッと言った。聞かせるつもりはなかった。けど楓の耳には聞こえてしまった。
「っ!ちょっと待って………うん。よしっ!」
「楓?」
「おう、なんだ?」
「!?」
「なんだよ。お前が淋しがるから変えてやったのに。まったくしょうがない親友だなぁ!」
「お前、それ大丈夫なのか?」
「ん?あぁ、家に帰ったらまた戻すから心配すんな!」
「いや、そう言うことじゃないんだが…」
(気づいてないのか?さっきまでの口調に【戻す】。今の口調に【変える】って言ってるんだ。つまりお前にとってはさっきまでが普通になってるんだぞ。それをオレの為に変えていいのか?でもそれをさせたのはオレのせいか…。くそっ!)
「なーんだ出来るじゃない!やっぱそっちの方があんたらしいわ」
「ん、たしかに」
「だ、だろ?そうだよな、こっちの方が俺らしいよな!」
「それでどうする?どっか寄ってく?」
とはアリスの提案。
「んー、今日はさすがに疲れたからなぁ」
「じゃあ今日は帰ろっか。心愛は?アタシんち寄ってく?」
「ん、行く。新しいアクセ作ったんでしょ?それ見てみたいし」
「あ……」
「おっけ!じゃあいこっか!哲也も楓もまた明日ね」
「あ、うん、またな」
「じゃあな」
そして二人と別れた。
いつかのように哲也と並んで歩く。
「アリスの家に行きたかったのか?」
突然の質問に虚をつかれる
「は?なんだいきなり」
「心愛がアクセサリーの話を出した時、反応してたように思えてな」
「は、はぁ?んなわけねーじゃん」
「そうか」
「それに俺がアクセなんて柄じゃねーし」
「そうでもないと思うけどな」
「っ!それにあいつらも女同士で色々あるだろーしな」
「今はお前も女だろ?」
「俺は…違うよ」
「ん?どういうことだ?」
「あいつらは全部が女だ。けど俺は中途半端だからなー」
「………」
「なんだよいきなり黙って。気にするなって!これはこれで楽しいもんだぞ?今日だって可愛くて胸おっきい子と友達になったしな!」
「もう友達出来たのか。それは良かったな」
「まぁな!」
そう言って笑う楓の手は、鞄の持ち手を強く握りしめていた。
━━━━━━
「ただいまぁ~」
「おかえり楓。早かったわね?どこも寄って来なかったの?佳奈はまだ帰って来てないわよ」
「うん、ちょっと疲れちゃって。お姉ちゃんは片付けとかあるからまだかかるんじゃないかな?」
「やっぱり初日だからかしら?部屋で休んでくる?」
「うん、そうするね」
「制服はちゃんとハンガーに掛けなさいよ?シワになるから」
「はぁ~い」
会話を切り上げて階段を上がろうとすると後ろから声がかかる。
「入学おめでとう。可愛かったわよ」
「ありがとう」
部屋に入ると制服をハンガーに掛け、お気に入りの肌触りがいいルームウェアに着替える。
そのままベッドに腰掛け、佳奈が持ってきて置きっぱなしにしていた丸いペンギンのぬいぐるみを引き寄せて胸に抱いた。最近、この体勢が落ち着くのだ。
「可愛い……かぁ」
小さく呟く。
可愛いと言われるのはイヤではない。むしろ最近は嬉しく感じるようになってきていた。
(俺らしいってなに?)
話し方を変えた時にアリスと心愛に言われた言葉。
(男だった時の方がいいってこと?)
だけど哲也の呟きを聞いて、喋り方を前みたいに変えた時に感じたのは違和感だった。らしいと言われた時は少し胸の奥が痛かった。
アクセサリーの話を聞いた時は見てみたいと思ってしまった。けど、元男の自分が可愛らしいアクセサリーなんて!とも思ってしまった。
だから哲也にその反応を指摘された時には否定をした。
(俺は男?女?どっちなの?みんなは俺にどっちでいて欲しいの?わかんないよぉ…)
その答えはまだ出ない。
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