第11話 不安を消してくれるのは…
「ただいまー」
哲也を見送った後、中に入ると加奈子が出迎えてくれた。
「おかえり。早かったわね?ちゃんとアリスちゃん達には話せた?って顔赤いわよ?」
「ん?あぁ、今日ナンパ?されてさ。遊ぶ気分じゃなくなったから帰って来た。後、一応ちゃんと話せたよ。途中で心愛が泣いてアリスに連れていかれたけどな。まぁ、後で連絡くれるみたい。まだ赤いか?んー、ちょっと部屋で休んでくるから飯出来たら教えて」
聞かれた事に淡々と答えて階段を上がっていこうとするが呼び止められる。
「ちょっと待ちなさい」
「なんだよ?」
「ナンパってどうゆうこと?」
「ゲーセンで声掛けられたんだよ」
「ちょっと!ナンパされた時に哲也君は?」
「え?その時は違うゲームやっててたからなぁ~。あっ、でもすぐ助けてくれたぞ」
「助けてくれたって…!一体何されてたのよ!?」
「ちょっと腕掴まれただけだよ。ちょっと怖かったけどテツがすぐ来てくれたから【こいつは俺の彼女だ】っ!だ、大丈夫だったし…」
哲也のセリフを思い出して一瞬言葉に詰まる。
「あんたまさか。いえ、それよりも楓、あなたもう少し危機感を持ちなさい。ただでさえ春休みの人が多い時期にそんな所で1人になるなんて、ナンパしてくださいって言ってるようなものよ。他にはいなかったでしょう?」
思い出せば確かにいなかった。むしろあのエリアには以前から女の子自体ほとんど見なかったのだ。そしてあの男の視線を思い出すだけで楓の背中に寒気が走る。あんなのはもう勘弁してもらいたい。
「わかったよ」
「今度行くときは哲也君から離れるんじゃないわよ?」
「テツを虫除けスプレーみたいに言うなよ」
「そこまで言ってないじゃない。でも、哲也君には悪いけど、母親だもの。自分の娘が一番大事よ」
そこまで言われるとさすがに何も言い返せない。
「わかったよ。今度からはテツの都合聞いてから向こうに無理させない範囲でなんとかするよ」
「よろしい。ほら、疲れたんでしょ?休んで来なさい」
「なんだよ。そっちが呼び止めたくせに」
ぶつぶつ言いながら階段をあがり、部屋に入ると着替えるために服に手をかける。
羽織っていたカーディガンをハンガーにかけ、レギンスを足元まで下ろすとそのまま足でベッドの上に蹴り上げる。最後にニットワンピを脱いで下着姿になると、タンスからこの間買った水色のルームウェアを取り出す。そこで鏡が目に入る。
うつっているのは長い髪に白い肌。大きく膨らんだ胸に、細く折れそうな腰にお尻。誰がどうみても女の子だった。そして、唯一身につけている下着も可愛らしいデザインの物。
以前の自分であればじっくりと見ていたであろう光景だが、今は[あぁ、自分の体だな]程度である。下着も抵抗がなくなってきていた。何しろこの大きさだと着けている方が揺れが減って楽なのだ。
すると腕が少し赤くなっている事に気付いた。
(これは?)
鏡越しではなく、直接見ると確かに赤くなっていた。
(なんでこんなところが?…っ!)
そこで思い出した。そこは今日ナンパ男に掴まれた所だった。
(そんな!痛いとかなんて思わなかったのに、少し掴まれただけで?)
自分の思った以上に弱い体に愕然とする。
(もし、もしあの時テツが来るのがもう少し遅かったら俺…)
体が震えてくる。そしてすぐにルームウェアを着る。赤くなった場所が目に入らないように。
そして布団に潜り込み、震えが止まるように自分の体を抱きしめた。
(大丈夫。怖くない。あんなのは怖くない。あんな腕掴まれることなんて以前は普通にあったんだ。だから怖くない…)
暗示のように繰り返す。すると突然スマホが震える。届いたメッセージの差出人は哲也。内容は
『新規でメダル預け入れの登録しなくて良かったのか?まぁ、次でいいか。後、制服取りに行くときはオレにも連絡くれ』
とまぁ、空気を読まない内容である。楓の現状を知らないから読みようがないのだが。
(ははっ、テツの奴メダルの心配かよ)
そこで帰り際の事を思い出す。
【守ってやるからな】
(守ってやる…か。なーにカッコいい事言ってんだか…。あーでも助けてくれた時は確かにかっこ…よかった…か…も…)
いつのまにか震えは止まり、楓は寝息を立てていた。
楓が眠りに付いた後、再度スマホが震えた。
差出人は水上心愛。
百合に目覚めた少女である。
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