第10話 引き寄せられた体と戸惑い

 今、場所はアリスの部屋。ベッドやカーテンは青や水色で統一されている。

 アリスはベッドに腰かけて、床で寝そべっている心愛に聞いた。


「ねぇ、なんとなくはわかるけどなんであんなこと言ったの?」


「…………」


 心愛は答えない


「楓真困ってたよ?」


 その名前にピクッと反応する。


「だって…」


「あいつがそーゆーのほっとくタイプじゃないのはわかってるでしょ?心愛がそうだったんだから」


「わかってるけど…そうだけど…」


「まぁ、好きな相手が女の子になっちゃって、どうしようもないのはわかるけど今一番大変なのは楓真だよ?」


「そうだとしても!あれはないよ!やっと決心して告白…って考えてたのに、それも叶わなくなっちゃったんだから。もっと早く伝えてたら…」


「これからどうするの?」


「わからない」


「諦めるの?」


「だって女の子同士だよ?」


「あんた、男同士は好きなのに女同士はだめなのね…」


「…………それだ!」


 元気を出させるつもりの冗談を言うと心愛の顔色が変わる。


「えっ?」


「恋の華も薔薇の華も咲かないのなら、百合の華があったんだ…」


「えっ?ちょっと心愛?ちょっと待って!」


「楓真…いや、楓にちゃんとあやまらないと!そして女の子の事ちゃんと教えないと!そして…くふっ」


「ごめん楓真。アタシ余計な事言ったかも…」


 誰に言うでもなく、アリスはそっと呟いた。


 その頃、微妙な感じで別れた二人がそんな妙な事になっているとは知らない楓と哲也はゲームセンターに来ていた。


 ここは以前から二人でよく来てきた所で、メダルも結構貯まっている。

 せっかく街まで出てきたので、ついでに遊んでいこーぜ!というのは楓の提案だ。

 ただ、春休みってこともあり中々混んでいた。

 そんな楓は現在、保管メダルの預り機の前で固まっていた。目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。


「俺の、俺の15000枚が…」


 この店のメダル預り機はパスワードと静脈登録で預りと引き出しが可能になっている。そうなるともちろん、体が変化してしまった楓は引き出すことができない。パスワードは覚えいるのだが、店員に女体化のことを説明するのもなんか嫌だ。結局、諦めるしかなくなってしまった。


「まあ元気だせ。オレのから何枚かやるから」


「テツゥ~~~」


 まるで神に祈るかのように哲也を拝むと、哲也の預り枚数を見る。画面には45000枚の表示。


「な!なんでそんなにあるんだ!?」


「お前と違ってオレはちょこちょこ貯めてたからな」


 ここは性格の差である。楓は大量に使い、一発逆転タイプ。一方で哲也は少量ずつ手堅く増やしていくタイプだ。

 とりあえず2000枚程引き出してその内半分を楓に渡す。


「さぁーて、何やろっかなー♪やっぱトレジャー系かな!宝箱ゲットで15000枚を取り戻す!」


「程々にな。お前はすぐ大量に突っ込むから。俺はいつもの釣りのやつでもやるか」


「わーってるって!」


 そうして二人はお互いがやるゲームに向かうために別れた。哲也はいつもの感覚で楓から離れてしまう。

 楓も自分の容姿のことを何も考えていなかった。


 二人がゲートを始めて数分後、楓は見事ジャックポットを引き当てて順調にメダルを増やしていた。この台は五角形の形状で、それぞれに画面が向けられている。そこに二人掛け用の長椅子が五つ置かれていた。

 その内の一つに座り、ゲームを続けていると隣に人の気配を感じる。


(テツかな?)


「なぁ見てみ!結構増え……え?」


 そう思い顔を向けるとそこには知らない男がいた。明るめの茶髪にピアス、柄物のパーカーを着ている。哲也よりは小さいが、おそらく年上だろう。年は高校生くらいか?その後ろにも同じようなのが二人立っていた。ニヤニヤしながら。


(な、なんだ?)


「君、すごいね。ジャックポットひいたの?」


「え?あ、はい」


 とりあえずこーゆータイプとの初対面は敬語に限る。絡まれてケンカになるのは勘弁だ。自分の現状を忘れ、そんなことを未だに考えていた。


「初めて見るけど結構ここ来るの?」


「はい、たまに」


「君みたいな可愛い子が1人でメダルゲームなんてめずらしいよね?おれさ、結構ココくるんだけど、初めてみたよ」


(いきなり声かけてきてなんだこの男)


 女としての経験値が無いため、まだ自分がナンパされてる事実に気がつけないでいた。そのため、いつの間にか他の二人が楓の後ろに回って逃げ道を潰している事に気づけない。


 すると男の目が動く。

 視線の先は楓の足、腰、胸と動いていき、楓にもそれがわかった。わかってしまった。背中にゾワッとしたものを感じる。


(っ!こいつ俺の体見てる!)


「良かったら今からどっか遊び行かない?」


(まさかこれナンパ!?)


「いえ、友達と来てるので…」


 言いながら自分が出したメダルを集めて容器に入れる。


「けどしばらく1人だったよね?いいじやん、行こうよ。奢るからさ」


(こいつずっと見てたのか?)


「だ、大丈夫です!」


 言いようがない不安を感じて集めたメダルを持って立ち上がろうとすると後ろから肩を掴まれて押さえられる。


「えっ?」


(こいつの仲間?いつのまに後ろに?)


「そんな逃げないでよ。それにしても胸大きいね。可愛いしグラビアモデルみたいだね」


 またしても胸に視線を感じる。思わず空いてる腕で自身の体を抱くようにして隠す。


(なんだそれ、誉めてるつもりなのか?キモチワルイ!)


「いえ、そんなことは…」


「そんな怯えないでよ。大丈夫だって、ただ遊びに行くだけだからさ。さ、行こっか」


「い、いやだ!」


 肩を押さえつけていた手を払い、勢いよく立ち上がるとその勢いでメダルを入れていた容器を落としてしまいジャラジャラとした音が辺りに響く。

 すると目の前の茶髪の腕が楓の腕を掴んだ。


「ひっ!」


「すいませーん。ただの痴話喧嘩ですから、おかまいなく~。おい、騒ぐなよ?さっさと行くぞ」


 振りほどきたくても相手の力が強くて逃げ出せない。先程までとは全然違う態度と低く響く声に体が固まり、震えて力も入らず声も出ない。


(なんで?体が動かない。こわい…)


 男だった頃には感じる事のなかった恐怖と無力感に襲われて動けなくなった体はそのまま連れていかれそうになる。体だけじゃなく、心まで弱くなってしまったのだろうか。と不安になる。

 まわりを見渡しても、こちらを一瞬見てもすぐにそらして誰も助けてくれない。


(みんな離れていく。どうして?なんで?俺はどうなる?女になったばかりでこれ?あぁそうか、お母さんが1人になるなって言ってたのこーゆーことがあるからか…でも…)


 まとまらない頭の中で母親の言った言葉が思い出される。自分の容姿への自覚の無さの油断。そして母親の忠告を忘れていた事への後悔。自分の力の及ばない相手への恐れ。そして一緒に来た哲也のことが頭をよぎる。


(テツ)


 そして小さく声が漏れる。


「たすけて…」


 その時突然楓の体が引き寄せられる。

 引き寄せられた先には自分よりも大きな体の胸元。顔をあげると、鋭い視線を楓の後ろに向けた哲也の姿がそこにはあった。


(あっ)


「悪いがこいつは俺の彼女だ。勝手に手を出すのは辞めもらいたいんだがな」


(!?)


 哲也は楓の肩を抱きしめ、体が震えている事を知ると三人を睨む。哲也の方が背が高いために、見下ろす形になっている。楓は哲也の服の裾をギュッと掴む。


「は、彼氏もちかよ。なら言えっつーの」


「明らかにイヤがってる相手を連れていこうとする奴には言われたくないな。警察呼ぼうか?」


「ちっ、もうそんなビッチ女興味ねぇよ!行くぞ」


 そんな事を言いながら店から出ていく。その姿を見届けたあと哲也は抱き寄せていた楓に目を向ける。


「楓すまん、気付くのが遅れてしまった。大丈夫か?」


 が、楓は下を向いて顔を哲也の胸にうずめたまま顔を上げない。哲也は焦る。


「か、楓?」


「テツ、すっごい心臓早くなってる」


「さすがに三人相手は多少は怖かったな」


「それなのに助けに来てくれたんだ」


「あぁ、お前に何かあったかと思ったからな。心配したぞ」


「そっか。そっかぁ~。ありがと」


 そう言って顔をあげた。


「おい、顔赤いぞ?本当になにもされなかったのか?」


「へ?赤いか?そいえばなんか暑いかも?あれ?」


 その時の楓の顔は真っ赤に染まっていた。


 その後は散らばったメダルを拾い集めると、もうゲームする気分で無くなったため、預けて帰ることにした。

 その帰り道━━楓は並んで歩く哲也の手を見ていた。自分を助け、抱き寄せた大きな手。

 気がつくとその手を掴んでいた。


「っ!?どうした?」


「えっ?あ、いや大きいなぁって思ってな。ほら、俺とこんなに違う」


 掌を合わせるとその差がはっきりわかる。そのまま話始めた。


「俺さ、あいつらに掴まれたとき何も出来なかったんだ。思いっきり力入れてもびくともしなくてさ。怖かった。男だった時はこんな事思わなかったのにな」


「今はしょうがないだろ」


「後さ、おれってビッチっぽいのか?女になったばかりだから処女だぞ?」


「っ!?い、いや、それは多分負け惜しみで言っただけだと思うが。にしてもそんな事気にしてたのか?」


「いや、なんか気になってなぁ。言われた時無性にイラッとしてさ。なんでだろうなぁ」


「それって━━」


「そろそろ家に着くな。送ってくれてサンキュー!じゃまたな」


「あ、あぁ」


 背中を向けて楓が玄関の取っ手に手をかけたその時、


「楓!今度は俺がお前を守ってやるからな」


「えっ?」


 楓が驚いて振り向くと、哲也はすでに歩き出していた。

 そして、その姿が見えなくなるまで眺めた後、家の中に入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る