第19話 無自覚で無意識な…

「ただいま…」


 物音もなく返事も聞こえない。


(誰もいないか)


「はぁ」


 着替えもせずにボフッ!っとリビングのソファーに寝転がると体がクッションに沈んでいく。体がダルくて仕方がない。


(どんなつもりで親友か?なんて聞いたんだろ?親友に決まってるのに。でも、前とはやっぱり違うのかな?テツもなんか一歩引いた感じに思えるし、俺も言えないことが増えてる。昔は何でも話せたし、テツに対して恥ずかしいなんて思うことなかったのになぁ。)


 ~~~♪


(ん?電話?アリスから?)


「はい」


『もしもし、家着いた?大丈夫だった?』


「うん、さっき着いたところ。大丈夫だよ。今は横になって休んでるから」


『そう、なら良かったわ。それだけだから。じゃあね』


「うん、ありがと」


 プッ


(心配してかけてくれたんだ。優しいなぁ)


 そこで放課後の事を思い出した。アリスの好きな人の事を。


(テツはアリスの事どう思ってるんだろ?昔からそんな話は聞いたことないけど。テツも好きなのかな?もし、そうだとしたら付き合うのかな?そんなの━)


「ただいま。楓もう帰ってきてたの?早いわね。」


 加奈子が帰って来て話しかけてくる。そこで楓の思考は止まってしまった。

 ソファーから体を起こして顔を向けると、そこには買い物袋をもった母親の姿があった。


「おかえり~ただいま~」


「ちょっと?どうしたの?」


「え?どうしたのって?」


「あなた凄い顔してるわよ?なんか今にも泣きそうな顔よ」


「そう?自分じゃわかんないけど。あ、アレのせいかも…」


「アレ?」


「えっと…あのね、生理に来ちゃった。へへ」


 加奈子はすぐに楓に駆け寄って抱き締める。


「そうなのね。辛くなかった?大丈夫?」


「うん、アリスと心愛が予備の用品とか痛み止めとかくれたから」


「そう。良かったわね。でも、そっちじゃないわ。あなたの心は大丈夫?ずっと男だったのにこんなことになってしまって、今回のことで自分が女の子の体だってちゃんと自覚してしまったでしょう?それが心配で…」


「うん、まぁなんとか?」


「本当に?」


「…ウソ、ちょっとキツイかも。アリス達におめでとうって言われたの。子供産める体になったねって。それ聞いたら怖くなっちゃった」


 心の中を不安を吐き出す楓の瞳からは涙が溢れ始めていた。それをみた加奈子は優しく胸元に抱え込んだ。


「大丈夫よ。絶対に産まなきゃいけないわけじゃないの。前の感覚で女の子を好きになるかもしれない。もしかしたら男の子を好きになるかもしれない。だけど、あなたが誰を好きになっても、どんな道を選んだとしてもお母さんは応援するから」


「…ありがと。だけどもうちょっとこのままでいさせて?」


「はいはい」


 微笑みながら楓を抱き締めて頭をなでる加奈子。

 楓のほうも、以前であればこんな風に母親に甘えるなんて出来なかったし、しようとも思わなかった。

 けれども今はそんな事なく、むしろ心地よく安心感で満たされていた。


「たっだいまー!楓いるー?って何してんの二人とも。家族ドラマごっこ?」


 帰ってきた事情を知らない佳奈が妙な事を言うと二人は目を合わせてため息をついた。


「「はぁ」」


「ちょっと!そのため息なんなの?なんで帰って来ていきなりため息つかれなきゃいけないのよ!」


 憤慨しているので事情を説明すると、佳奈も楓を抱き締めた。


「大丈夫よ。このあたしがいるから安心しなさい!」


「お姉ちゃん…」


「それはそうと聞きたい事があるの」


「え?なに?」


「楓あんた今日早瀬先輩から告白されたでしょ?あの人とは仲良くするのも絶対にだめよ!手当たり次第の人だから!」


「はやせ??」


「歯が光りそうな爽やかイケメンよ」


「あの人そんな名前だったんだ」


「なに?名前知らなかったの?」


「うん、ほかにもいたから手紙の名前と顔が一致しなくて」


「は?他にも?どゆこと?手紙?」


「うん。今朝ラブレター入っててそれで」


「にしたって1人2人くらいは覚えられるでしょうよ」


「あー、えーと…13人いたから…」


「「は?」」


 加奈子と佳奈の声が重なる。それに合わせて今日の告白騒動の事を話すが、話すにつれて佳奈の目が死んでいく。


「13通……1日で13通?あたしなんて今までの人生で3通しかもらったことないわよ?お母さん、あたしちょっと自信なくなってきたんだけど」


「佳奈は顔はいいけど性格がね。どんまい。けど、楓はモテるだろうとは思ってたけど予想以上ね」


「あたしへのフォローが雑!」


「お姉ちゃんは可愛いよ?クラスの子も入学式にお姉ちゃん花つけてるの見てたから可愛いとか綺麗だねーとか言ってたし」


 拗ねてバタバタしている佳奈を楓が慌ててフォローする。といっても事実を言ってるだけなのだが。


「男!?」


「……女の子」


「ガッテム!!」


 叫びながらソファーを殴り付ける佳奈。

 そーゆーところじゃないかなぁ?っと思わない訳でもないけど言わない。姉思いなのだ。

 そーいえば花付ける時に他の男子に睨み効かせてるのを見てビビってる男子いたなー?っと思い出していた。


「それにしても、これは哲也君に頑張って貰わないとダメかしら?」


 加奈子が悩ましげに言う。なぜここでいきなり哲也の名前が出てくるのか。2人が帰ってくる前に1人で考えていたことが一瞬よぎる。


「な、なんでテツが!?」


「なんでって。もうこの際嘘で彼氏のフリしてもらえば?楓はまだそーゆー事での気持ちの整理がついてないのに、今日みたいな勢いで男に迫られても困っちゃうでしょ?」


 二人とも楓の為なら哲也の負担は二の次だった。


「それは…確かに困るけど、かといってテツに彼氏のフリなんて…。ほら!テツの事好きな人いたら邪魔になっちゃうでしょ?テツモテるし!それにテツだって好きな人いるかもしれないし!」


「え?哲也君は楓の事好きでしょーが」


 今度は佳奈がお前何言ってんだ?って顔で聞いてくる。


「ふぇっ!?テツが俺の事好き?え?す…えぇ!?」


「もちろん友達としてね。あんたたち昔からべったりじゃない。腐女子達が騒ぐほどに」


「あ、あ~そういう…。うん、確かに…」


「それとも誰が哲也君の事好きな子でもいるの?」


「え、えっと、ちょっとわっかんないかなぁ~?」


「それに楓だって哲也君の事好きでしょ?」


「す、好きじゃないっ!全然好きじゃないしっ!そんなわけないじゃん!」


 首をブンブン振って否定する。そんなことあるわけないと。だが、その顔は真っ赤に染まっていた。


「いや、だから友達としてよ。あんたまさか…」


「な、なに?」


「んーん、何でもないわ」


(ちょっとお母さん。これもしかして意識しちゃってる?)


(ん~今はまだ早いから見守ってましょ。まだ自覚がないから下手に口出しはダメよ。けど、もしそうなら全力で動くわ。ふふふ)


(ちょっ、お母さんの目がマジで怖いんだけど!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る