第18話 女の子

 肩に手を置かれ、背中から声が聞こえる。


「楓、用事は終わったか?」


「テツ!」


「……じゃあ僕は行くね」


 そう言って爽やかさんは立ち去っていった。


「大丈夫だったか?なんか怪しい雰囲気だったから来てみたが。アリスと心愛も来てるぞ」


「いやー、すごいイケメンがいたねー!」


「アリス!心愛!」


「ちゃんと断れた?」


 心愛が心配そうに聞くと楓は笑顔を作って答えた。


「うん、断れたんだけどね。さっきの人だけは凄いしつこかったから怖かったよ」


「まぁ、たまにそーゆー人もいるから気をつけなよ?アタシもそーゆー人いたし」


「うん、そーする…イタッ」


「どしたの?」


「んーなんかお腹痛くて…」


「大丈夫なの?何か変なの食べたとか?」


「変わったのは食べてないはずなんだけどなぁ。なんか朝から続いてるの。一回おさまったんだけど、さっき断る前にまた痛くなって、ホッとしたらまた痛くなってきたの。イタッ…また…」


「おい、大丈夫か?病院いくか?」


「う゛~ゴメン、ちょっとトイレ行ってくるね」


 お腹を押さえたまま屋上を出ていく楓。


「辛そうだが、ホントに大丈夫なのか?」


「「………」」


 アリスと心愛は何か考え込むような顔をして返事をしない。


「二人ともどうした?」


「ねぇ心愛、アイツもしかして…」


「うん、多分そうだと思う」


 その時アリスのスマホが鳴る。相手は楓。

 すぐに出ると、向こうからは泣き声が聞こえた。


『うぅ~助けて~血がぁ~グス』


(やっぱり!)


「大丈夫だから泣かないの!すぐ行くから!どこのトイレ!?」


『一階の職員トイレ…』


「わかった!ってアンタまだ女子トイレ入れれないの!?」


『だってなんか申し訳なくて…』


「はぁ、まぁいいわ。そこで待ってなさい」


 電話を切って向かおうとすると哲也に止められる。


「おい、どうしたんだ?」


「なに?急がなきゃなんないの!心愛アレの予備ある?アタシ今切らしてるの。哲也は絶対来ないで!いい?」


「ある。すぐに持ってくる」


 心愛はすぐに走り出す。


「おい、なんだ?俺も行くぞ。なんかあったらお前達だけじゃ大変だろ?」


「絶対ダメ!」


「なんでだ?」


「あーもうっ!なんでわかんないかなぁ?生理よ生理!」


「は?」


「忘れてたわ。アイツが女になってもう1ヶ月は経ってるの。いつ来てもおかしくなかったのよ。だからわかった?哲也は絶対こないで」


「あ、あぁ」


 そう言ってアリスは駆け足で楓の元に向かって行った。


(生理?楓が?そうか…女なんだもんな。そうか…)


 来るなと言われた哲也はただ立ち尽くすしかなかった。


 ◇


「ちょっと楓!大丈夫?」


 放課後というのが幸いして人気はなく、閉まってる扉は一つしかなかった為、楓が入ってる場所はすぐにわかった。まぁ、先生達は楓の事情を知ってるからいても大丈夫なのだが。


「グス…だいじょばないぃ~。痛いぃ~」


「これ、心愛が予備の持ってたから貰ってきたんだけど付け方わかる?」


「うん、一応お母さんから聞いてるからなんとか…」


「そう。痛みはどう?痛み止め飲む?」


「飲む…」


「心愛、痛み止めある?持ってこれる?」


「ん、ある」


「じゃあ持ってきてもらってもいい?」


「ん、任された」


「心愛ありがと…」


「全然おっけー」


(お腹痛い…辛い…これが毎月?無理…)


「大丈夫?ちゃんと出来た?」


「うん…」


 個室のドアが開くと、楓が青ざめた表情で出てくる。


「えーっと、一応おめでとうかな?」


「え、おめでとうって?」


「これでアンタは赤ちゃん産める体になったからね。だからよ」


「そんなの全然うれしくない…。想像もしたくない。男だったのに…」


「けどもう、体は女で子供を産める体よ。受け入れなさい。それに、これから毎月来るんだからちゃんと準備しときなさいよ?」


「めんどくさい。そういえば、病院の先生にも言われたっけ。けど、男を好きになるなんて考えられない…。アリスは、アリスはいるの?子供産みたい相手」


「ふぇ?ア、アタシ!?」


「うん。アリスが仲良いのって、テツくらいしか知らないから」


「いやぁ~アタシはぁ~」


 ちょうどそこで薬と水が入ったペットボトルを持った心愛が帰って来た。


「アリス。丁度いい機会。言ったら?」


「う~ん…」


「心愛は知ってるの?」


「もち」


「え、だれ?」


「あのね、」


「あー!わかったから!自分で言うから!」


「で、誰なの?」


「……やよ」


「え?」


「だーかーらー!哲也よ!」


(え?アリスがテツを好き?仲がいいのはわかってたけど、そーゆー好きだったの?じゃあテツは?テツは誰が好きなの?)


「ちょっと楓聞いてる?」


「へ?あ、うん。そっか…テツなんだ」


「まぁ…ね。中学の時からね」


「もしかして、あの時?俺とテツが助けに行った時?」


「…そうよ」


「そうなんだ…」


「だからアンタも協力してよね。親友なんでしょ?アタシそろそろ告白しようかなって思ってるんだ。じゃないとアイツモテるからヤバい」


(いやだなぁ……ん?今、何を考えた?いやだ?なんで?あれ?)


「楓?」


「あ、うん、出来る範囲でなら…」


「ありがとね。さて、そろそろ落ち着いた?哲也も待ってるし、そろそろ行く?」


「えぇ!?哲也待ってるの!?」


「へ?うん。そりゃあ待ってるでしょーよ」


「うぅ…恥ずかしいから知られたくないなぁ…」


「あーゴメン!アタシ言っちゃった!」


「えぇぇ~~~!!!」


 青ざめていた楓の顔が羞恥で一気に赤くなる。


 ◇

 三人が校門のところまでいくと、脇の方に立っている哲也を見つけた。


(あ、いた…)


「来たか」


「うん、待たせてゴメンね」


「いやいい。しょうがないからな」


(あぁ~!やっぱりちゃんと理解してるっぽい~!)


 恥ずかしさから自分より大きいアリスの背中に隠れる。


「うぅ…」


「辛そうだな。鞄持ってやろうか?」


 そんな事言いながら近づいてくる。


(!?)


「こ、こっちこないで!大丈夫だから!」


「は?」


「あ、ゴメン。でも大丈夫だから…」


(なんか今はイヤだもん)


「ほら、わかったら離れなさい。デリカシー無いわねー」


「む、わかった」


 哲也は何故か納得が行かないような顔をして元の位置に戻っていく。


「で、ホントに大丈夫なの?今日はアタシが送っていこうか?」


「ん~ん、大丈夫。薬も効いてきたし。帰ったら休むよ」


「そう?ならいいけど。哲也はちゃんと近付き過ぎないように送ってあげなさいよ?」


「あぁ、わかってる」


 いつもの分かれ道にくるとアリスと心愛は自分の家のある方に進んでいき、哲也と二人きりになる。

 だが、距離があいてる為に会話が無い。


「………」


「………」


 何故か淋しくなって少しだけ距離を詰めて話しかけた。昔の口調で。


「なぁ、テツ?」


「……なんだ?」


「いや、やっぱいいや」


「そうか」


「………」


 再び沈黙が訪れる。


「…あのさ、離れろって言ったの怒ってるか?」


「いや。事情があるんだろ?」


「ん、まぁ…な」


「そうか」


「さっきから【そうか】ばっかり………もうここからは1人で大丈夫だから。じゃあな」


「あぁ」


 顔を見られないように背中を向けて歩き出す。その時、


「なぁ楓、俺達は親友か?」


「っ!あぁ、当たり前だろ?」


「なら、来週の日曜日空けておいてくれ」


「え?」


 振り返ると哲也はすでに歩き出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る