第17話 ちょっとした騒動と…

 朝のラブレターに書かれていたものは、見事に全てが同じ内容だった。

【一目惚れ】

【好きです】

【付き合って】

【放課後】

【屋上】

 これが全てに共通するものだった。違うのは途中の文面と名前と学年くらいのもの。ポエムみたいなものから、変に哲学的なもの、やたらと運命を使ってくるもの。

 元男としてはわからないでもないが、いざ貰ってみると寒気が止まらない。


「アリスもこんな感じだったの?」


 楓は小声で問いかける。ちなみにここは二階への階段の下の自販機の裏である。


「似た感じではあったけど、さすがに最初で13枚はないわよ。ちょっと悔しいくらいよ!アタシは四枚だったし」


「そ、そーなんだ」


 楓はむしろそっちの方が良かった。

 なんといっても、よりによって全員が今日を指定していたのだ。

 つまり放課後に屋上にいくと、自分を好きだという男が13人並んでるわけだ。

 そんなもの恐怖でしかない。


「ねぇ、怖いんだけどどうしよう?」


「哲也でも隠して連れていったら?なんかあったら助けてもらえるように」


「来てくれるかな?朝、あんな態度とっちゃゃったのに」


「大丈夫じゃない?なんでしょ?」


「そっか。じゃあ聞いてくる!」


 立ち上がると哲也の教室に向かって歩きだした。


(はぁ、アタシもそろそろ哲也に告白する覚悟決めないとなぁ…。ん?あれ?楓今聞きに行くって言った?ってことは哲也のクラスに行くってことで…まずい!騒ぎになる!)


「ちょっと楓!」


 アリスが立ち上がって哲也の教室に向かうが、すでに遅かった。

 オオオォォォォやらキャァーーーやら声があがっていた。


(あちゃー。遅かったかぁ)



 アリスが来る少し前━━


(テツ、教室にいるかな?)


 確認するために教室のドアを開けた。

 すると視線がこちらに向く。


(またこれ!?)


「おい、あの子例の美少女だぞ?」


「うわ、まじで可愛いな」


「ひゃー!ちっちゃい!可愛い!」


(あ、テツいた!)


 またしても様々な声が飛び交う。その時、視界の隅に哲也を見つけた。思わず声を出してしまう。


「テツ!」


 教室は静まりかえり、クラス全員の視線が今度は哲也に向く。

 哲也の背中に得体のしれない汗が流れる。が、楓を放っておくわけにも行かないので、その視線の中を歩いて行く。


「どうした?」


「えっとね、放課後時間くれない?」


 そう言った瞬間、


 オオオォォォォ!


 キャァーーー!


 嘆きの声やら黄色い悲鳴やらが教室中に響いた。


「え、なに?あの子、高校入ってもう告白なの!?」


「えー!あたしちょっと立花君の事イイナって思っててのにー!」


「おーい!まじかよ!あの子の事俺狙ってたのに!」


「俺の立花が…」


「「「え゛っ!?」」」


 こんな感じである。


 もはや楓と哲也ではどうしようもない。そこに助け黒船が来てくれた。


「ちょっと哲也!あんたののこの子が困ってる事あるんだってさ!アタシも一緒だからちょっと助けなさい!」


「あ、あぁわかった。後でまたメッセ送ってくれ」


「ごめんね?二人とも」


「いいからいいから、ほらアタシ達も教室いくよ!」


「うん、テツまたね」


 そう言ってアリスと楓は自分教室に戻っていった。


 残された哲也も自分の席に戻っていく。

 そこに、トイレに行っていて現場を見ていない心愛が戻ってくる。


「なに?なんかあったの?」


「いや、なんでもない」


「そう」


 心愛は自分の席に向かって行った。


 その間に教室内では、【なんだただの幼馴染みか】ってことで落ち着きを取り戻していた。が、哲也の周りに三人の女子が来ていた。入学式にIDを聞きにきた三人である。


「ねぇ立花君。さっきの子とはなんでもないの?」


「なんでもとは?」


「彼女…とかじゃないの?」


「違うな」


「じゃあ、好きな人とか?」


「それもちがうな。幼馴染みで親友だ」


「親友?男女で?ありえないって!」


「そんなことはないぞ。俺達は昔から変わってないぞ」


「そう思ってるの立花君だけじゃない?」


「っ!」


「あの子に彼氏とか出来たら絶対変わるって」


(楓に彼氏…そんな馬鹿な。元は男だそ?いやでも、今は女か。確かにだんだん女っぽくはなってはいる。なら彼氏くらい作るのか?楓が他の男と?いや、でも、そんな事は。なら俺は一体……どうしたいんだ?)


「立花君?」


「すまない、少し放っておいてくれ」


「え?あ、うん。みんな行こ?」


 それっきり哲也は何も語らなかった。




 放課後。またしても自販機の裏。


「で、困り事ってのはなんだ?」


「えーとね、朝のラブレターあったでしょ?それで出してくれた人がみんな今日の屋上を指定してて、断りに行くのちょっと怖いから近くにいて欲しいなーって思って…」


「なんだそんな事か。いいぞ」


「よかったぁ~」


「それで今から行くのか?」


「うん。そろそろ時間だから行こうかなって」


「そうか。それで…全員断るんだよな?」


「ん?当たり前だよ?」


「なら良かった」


「良かった?」


「あ、いや、なんでもない」


「そう?変なの」


 屋上への扉の前につくと、ノブに手をかけてゆっくりと少しだけ開いて外を見回してみる。するとフェンス側の方に数人の男子生徒が見えた。お互いを牽制するかのように距離をとっているのがわかる。


(うわぁーホントにいるし!行きたくないなぁ)


「行かないのか?」


「い、今いくよ!ちょっと心の準備してただけだもん。ふ~、よし!」


「………」


 人1人通れる分を開けて外に出ると男達の視線が一気にこちらに向く。


(ううっ!お腹痛いぃ~!緊張のせいかな?早く終わらせないと)


「えっと……」


 楓が全員に向かって断りの言葉を言おうとすると、他の声によって遮られた。なんか爽やかなイケメンだった。多分上級生っぽい。


「柊木さん、良かった。来てくれたんだね」


「へ?」


「ほら、柊木さんは僕に返事をしに来てくれたんだから君達は帰っていいよ」


「いや、あの…」


 そしてまた遮られる。今度は短髪のガタイのいい男。とてもラブレターを出すようなタイプには見えないし、圧迫感がすごい。


「はぁ?お前何言ってんだ?ここにいる奴ら全員手紙出してんだからお前だけなわけないだろ?そうだろ?柊木ちゃん」


「あ、はい(いきなりちゃんって…)」


「それで、柊木さんは誰を選ぶ?」


 今度は知った顔だった。自己紹介で変なフリをしてきた奴。あの茶髪だった。


(うん、コイツだけは絶対ない。ありえない)


「えっと、誰を選ぶとかじゃなくてですね、誰とも付き合う気はないので、ごめんなさい」


 誰がどのラブレターを書いたのかわからないので全員に楓が頭を下げて言うと、ほとんどの男子は屋上を出ていった。短髪の男だけは、


「しょうがねぇな!まぁ、これからは同じ高校の生徒としてよろしくな!」


 と、若干暑苦しくもあったが気持ちよく去っていった。


(よし、断った!帰ろう!)


 楓も立ち去ろうとすると声がかけられる。爽やかさんだ。ただ1人残っていたようだ。


「理由を聞かせてもらえるかい?」


「えっ?理由は今言いましたけど…」


「付き合う気がないのはわかったけど、聞いた話じゃ君は、今まで付き合ってる人も好きな人もいなかったんだろ?なら試しに付き合ってみるのもいいんじゃないかな?ほら、まだお互いによく知らないんだし」


「いえ、その…」


「僕は君に一目惚れして、付き合ってた彼女と別れてまで告白したんだ。一度遊びに行くくらいはいいんじゃないかな?」


 そう言いながら距離を詰めてくる。


(別れてなんて頼んでないし!そんなのそのフラれた子に恨まれるパターンじゃん!なんなの?)


「えっと、そーゆーのはちょっと…」


「大丈夫だよ。自分で言うのもアレだけど、これでも結構告白とかされるんだ。きっと楽しませてあげられると思うよ。ね?」


(絶対イヤだ!)


 その時、楓の肩に置かれる手があった。


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