第8話 にゃあ

「じゃあ、また今度な!」


「わかった。また連絡する」


 哲也を見送った楓が家の中に戻ってくるとリビングではソファーに母親と姉が難しい顔をして並んで座っていた。


「な、なんだ?どうしたんだ?」


「楓、ちょっとそこに座りなさい」


 加奈子が真面目な声で告げた。お母さんモードである。こーゆー時は逆らってはいけないため、大人しく二人の対面に腰をおろす。


「な、なに?」


「まだ変わったばかりで言いたくはなかったんだけど、ちょっと心配になったから言います。あなたはもう少し女の子だって自覚を持ちなさい」


「自覚?」


「えぇ。それに本人はあまりわかってないようだけど、はっきり言って親の目を抜きにしても楓は他の子と比べてもとても可愛いのよ?しかも胸だって大きいわ」


「お、おう。そうなのか?まぁ、初めて鏡見たときに可愛いかもとは思ったけど、そこまでか?」


「そうなのよっ!あんたは元が男だからよくわからないと思うけどね。たまに可愛い子が可愛いって言われて、可愛くないよぉ~って言うけど、ホントにそう思ってる子なんていないんだからねっ!みんなホントは自分可愛いって自覚してるのよ!もちろんアタシだって少しは思ってるしね。だからあんたも自分の可愛さを自覚しなさい!」


 何を言いたいのかあまり伝わっていないが、佳奈がやたらと力説していた。学校で何かあったのだろうか。楓はその圧力に気圧されてしまう。


「わ、わかった…」


「佳奈落ち着きなさい。それでね、あなたが男だった頃にそんなスタイル良くて可愛い子が、いつもピタッとくっついて来てニコニコしてたらどう思う?」


「そりゃあ期待するだろうなぁ~」


「でしょ?それと同じことをあなたはさっき哲也君にやってたのよ?」


「はぁ?哲也が俺にそんな事思うわけないだろ!友達だぞ!」


「そうね、哲也君は大丈夫でしょうね。昔からの親友なんでしょ?けど他の男の子は?みんな同じだって言える?期待しちゃった子が近づいてきたらどうするの?」


「そんなもん力ずくで…」


「無理よ。事実としてその小さな体じゃ昨日のお姉ちゃんさえ振り払えなかったでしょ?」


「うっ…」


「お母さん達はそれが心配なのよ。逆にその行動が、誰かを傷つける時だって来るわ。今まで通りでいたいと思うのもわかるの。わかるけど、もう今はそれだけじゃ駄目なの」


「じゃあどうしたらいいんだよ」


 ブスッとしながら聞き返す。


「必要以上に近づかない、体をくっつけない、誰にでもいい顔はしない。1人にならない。そこら辺はアリスちゃんを見てればだんだんにわかるかもしれないわね。あの子も綺麗な子だから、きっと苦労してるハズだわ」


「アリスが?まさかぁ!ハハッ」


「笑い事じゃないわ。そうね、楓は昔街に遊びに行った時に綺麗な子やスタイルのいい子がいたときに一度も見たことないって言える?それに、今日はレディースのお店しか回らなかったから男性の視線は感じなかったでしょうけど、さっき部屋で哲也君からの視線は感じなかった?」


「いや、それは…」


「あるでしょう?それが逆になるのよ。今度は楓が見られる側になるのよ。実際、哲也君から見られているでしょう?」


 楓は首をかしげる。それが何か?って顔だ。


「まぁ、まだわからないでしょうね。けど、本当に心配だから言ってるのよ。だから今言ったことは忘れないでいてね。さて、そろそろ夕飯の準備にしましょうか。今はまだいいけど、楓もだんだんに教えていくからね?」


「えぇ~~」


 すると佳奈がボソッと言った。


「楓、女の敵は女よ」


(わけわからん)


 その後、父親が帰宅し全員での食事の中で、楓がお父さんと呼ぶと何故か泣いていたが、みんなスルーしていた。

 そして、佳奈の言い付けを守りながらお風呂にも入り、教わった通りのスキンケアもして今は自室のベッドで転がっていた。ちなみに格好は、下着は今日買ったピンクのレースのもの。二日目にして最早躊躇はしていなかった。そしてパジャマは猫耳の付いた黄色のルームウェアだ。

 今日の買い物で買ったものらしく、お風呂に入る前に準備したジャージは撤去されて変わりにそれが置いてあった。拒否は認めてもらえなかった。

 しょうがなくそれを着てリビングに行くと、三人のカメラのシャッター音が途切れなかったので自室に逃げてきたのだ。


「ったく。なにがニャーって言えだよ。まったく…まったく……」


 言いながら体を起こす。視線の先には全身がうつる鏡がある。


(まぁ、ちょっとだけなら…)


 ベッドから立ち上がり鏡の前に行くと猫の手にした右手を顔の横に。左手を肩の辺りに持っていくと…


「にゃあ」


(…………こ、これは中々可愛いのでは!?って恥ずかしっ!何やってんだ俺!あーもう!もう!)


 カシャ


(え!?)


 音のする方を向くとスマホを構えた佳奈がいた。


「な、な、な」


「お母さ~~ん!楓のにゃあが撮れたよ~~!」


「や、やめろ!消せ~!」


 ━━━━━━


 その頃の立花家


 ピロロンッ


(なんだ?佳奈さん?めずらしいな)


 哲也が佳奈から届いたメールに添付されていたファイルを開くとそこには


『にゃあ』


 猫になった楓のが流れていた。


(!!!!!)


 彼はそっと保護ボタンをタップした…。


















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