第22話 あなたの心の向いてる先は?

 楓が教室に入ると入口の近くにいた男子が話しかけてきた。無意識の内一歩分下がって距離を取る。


「柊木さん保健室行ってたんだって?大丈夫?」


「あ、うん。大丈夫だよ。ありがとね」


「なんかあったら言ってよ」


「う、うん」


 すぐに会話を切り上げて自分の席に着くと、少し離れた席にいたアリスが口パクで「大丈夫?」と聞いてきた為、頷いて返事した。

 すると、楓が高校に入ってから初めてできた友人と呼べる相手。奈々が後ろを振り向いて楓に顔を近づけてくる。


「楓ちゃんおはよ。大丈夫?もしかしてアレ?」


「奈々ちゃんもおはよ。うん、アレ。けど今はもう大丈夫だよ。朝はちょっとキツくて」


「そっかぁ。奈々は軽い方だからわかんないや。それにしてもあの入口で話しかけてきた男子、ずっとこっちをチラチラ見てるよ。これはあれだね!楓ちゃんに惚れてるね!」


「えぇぇ。困る……」


「モテモテだね。でも気を付けないと、他の女子から反感買いそうだよ?昨日あの茶髪の男子フッたんでしょ?朝から言ってたよ」


「えっ?そうなの!?」


「うん。昨日フラれちゃたぜーって笑いながら。あの男子の事気になってた女子がいたみたいで2、3人でなんかブツブツ言ってたもの」


「はぁ、そーゆーのヤダなぁ。告白だって俺が頼んだわけじゃないのになぁ」


「しょうがないよ。可愛い子の宿命じゃない?奈々も中学の時そういうのあったし」


「ふふ、自分で言っちゃうんだ?」


「だって声かけられたり、告白されたりするってことはそういうことでしょ?そんな事ないよぉ~なんて言うのは回りからしたら嫌味しか聞こえないよ」


 胸を張って答える奈々。佳奈も同じ様な事を言っていたのを思い出して納得してしまった。


「確かにそうかもね。けどまだ馴れないなぁ」


「楓ちゃんは男子からの好意に慣れないってよりは男子との距離に慣れてないって感じだね?好きな人とか出来たら変わるんじゃない?ほら、いつも一緒に来てるあのメガネの人とかは?」


 突然でてきた哲也の話に顔を赤くして過剰に反応してしまう。


「テ、テツぅ!?いやいやいや、あいつはそんなんじゃないからぁ!」


 予想外の反応に奈々の目が見開くとすぐにその顔はイタズラ心を含んだ顔に変わった。


「へぇ、そうなの?でも、カッコいいよね!結構そう言ってる子いるよ」


「た、確かにカッコいいとは思うけどでもそういうのじゃなくて親友としての……その……」


 奈々のニヤニヤ顔が止まらない。


「狙ってる子いるっぽいからそのうち誰かと付き合っちゃうかもね?」


「えっ、ダメ。あ、いや、ダメじゃないけどテツはただの友達で誰と付き合っても俺は別に……でもそうなったら一緒の時間が無くなっちゃう?それはヤダなぁ……って、えぇぇ?なにこれぇ?」


 何かを察した奈々は楓の頭を優しく撫でた。おかげで自分の感情がわからずに取り乱していた楓は少し落ち着いた。


「ふぇ?なに?」


「ん、楓ちゃんは可愛いなぁって思って」


「え、いきなり!?」


「まぁ、頑張ってね?」


「え?え?なにを?」


「さぁ?なんでしょう?ほら、そろそろ先生来るよ?」


「気になるなぁ。もう」


 そう言うと奈々は前を向いてしまい、話はそれきりになってしまった。しょうがないので楓も次の授業の準備を始めた。


 そんな楓の席から少し離れた場所では、アリスが新しい友人達とアリスの自作アクセの話をしていた。話をしていると言うよりは、話しかけられた事に対してアリスが相槌を打つ程度のものだった。


「ねぇ清水さん、そのシュシュも自分で作ったの?……清水さん?」


「……え?何?ごめんね。聞いてなかった」


「大丈夫だけど、どうしたの?ずっとあっち見てたけど?って柊木さん見てたの?」


「っ!なんでもないよ。ほらあの子保健室行ってたからちょっと心配で」


「そっか!清水さんは中学からの友達なんだもんね。それにしても柊木さんホント可愛いよね。ちっちゃいけどスタイルもいいし、髪も綺麗だしで、もう嫉妬を通り越しちゃう」


「うん、そうだね……」


「柊木さんと清水さんが、一年女子の2トップって言われてるみたいだよ?」


「ありがとね?でも、アタシはこの見た目が珍しいだけだから」


「そうかなぁ?でもモテるでしょ?だから今度さぁ……あ、先生来た。また後でね?」


「うん後で」

(どうせ【今度】の次は、【合コンでも開いて】みたいな話でしょうね)


 アリスは中学の経験からそう予想していた。おこぼれに預かろうと寄ってくる子がいる事。


(楓にもそんな子が寄ってくるかと思ったけど、彼氏のいる橋本さんと一緒にいることでそういうのは無いみたいね)


 ちなみにアリスはそれが悪い事とは思ってもいない。手段はどうであれ自分で動けるのは凄い事だと思っていた。自分には出来ない事だとも。しかし、そんな事するつもりはなかった。合コンみたいな事をしてるなんて、思われたくない人がいるからだ。

[立花哲也]

 中学の時、自分の見た目に寄ってくる男子、それを妬んだ女子からのイジメから助けてくれたヒーロー。

 とは言っても実際してくれた事は、アリスが複数の男女に問い詰められてうずくまっている時にたまたま、ちょっと冴えない男と一緒に通りすがった時に「おい、先生がこっちきてるぞ」とウソを言ってくれただけ。たったそれだけなのに、その姿がアリスの頭に焼き付いて離れなかった。隣に楓真がいたのは楓真本人に後から言われて気付いたくらいに。

 その後のアリスは哲也達の側にいる事が増えた。体の大きさや、普段のぶっきらぼうな姿からくる威圧感等で男子からは一目置かれ、その容姿で女子からの人気の高かった哲也の近くにいることでアリスがイジメられることは無くなり、充実した中学時代を過ごせることになる。恩人とも呼べる人。

 その人が自分とは違う人にばかり気が向いている。その事自体は中学から変わらないことで、相手も男だったからまだ良かった。だが今は違う。変わってしまったのだ。

 しかもとても可愛い女の子に。


(楓が少しずつだけど、ちゃんと女の子になっていってるのがわかるの。無意識に哲也の事を意識してるかもしれない。今朝の唐揚げの話だってそう。今の哲也の名前への反応を見てもそう思っちゃう。今はまだ男同士だった時みたいな感じだけど、このまま心も女の子に変わって行ったらどうなるの?ねぇ哲也、あなたは今の楓の事どう思ってるの?このままじゃ楓と友達でいられるかわからなくて怖いよ……)


 思考は止まらず、授業にも集中もできぬまま、午前の授業最後のチャイムが鳴る。


 ◇


 弁当が入った鞄を持って楓がアリスの元までやってくる。


「アリス、お昼いこ?」


「いいけど、橋本さんは?」


「奈々ちゃんはお兄さんの所に行くんだって」


「そう。じゃあ行きましょうか。屋上だったわね?」


「うん、テツももう心愛と一緒に向かってるみたい」


「なら急ぎましょうか」


 二人は並んで屋上への階段を上がっていく。


 扉を開いて二人の元に行くと、そこには予想外の人物がいた。


「よっ!お二人さん!待ってたぜ!」


「「瑞希!?」」

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