第14話 どん底

俺が自分の席についたぐらいに、ようやく拍手が鳴り止んだ。みんな口々に安堵の声を出していたが、もう一度入口のマホガニーのドアーが開いたので、一斉に振り返った。すると、

「すみませーん。ご注文のサンドセットとドッグセットをお持ちしました。どちらに置きましょうか? 」と注文した昼食メニューを配達に来た人の声がした。

「はい。ありがとう…この机の上に置いてください。お支払いは、いつもの通りでね」と先生が円卓の切れ目から出て、ずらした机の前でそう言った。

「はい、では、こちら請求書です。ありがとうございました! 」と言って配達の人は出て行った。


「みなさん、申し訳ないですが、ここまでご自分の分を取りに来てもらえますか? 手渡しさせてもらいますね」と先生が言ったので、みんなぞろぞろと先生の方へ昼食を取りに席を立った。食べ物がもたらす影響は大きく、会場の雰囲気は一気に明るくなった。


5、6分後には全員席について、昼食を食べはじめた。

「みなさん、食べながらでいいですので、ボクへの質問を再開してください。気軽に質問してもらって大丈夫ですから」と先生が言ったので、俺は

「はい! どうしても分からないことがあるんです」と思い切って発言した。

先生は俺の方に椅子を回転させて、発言者が俺であることを認めると、微笑んで聞いた。

「はい、吉本さん。どうぞ、質問してください」とうれしそうな声で言った。

「俺、実は金曜から変なんです」

( 金曜って、ボクと出会った時だ。なんだろう? ボクと会ってから何かあったの? ) と龍虎は次の言葉を待てなくなるぐらいに、頭の中で色んな想像を巡らしてしまった。そして、自分を落ち着かせようと聞いた。

「えっと、金曜のいつから、どんな風に変なのですか? 」

俺は先生にそう言われたら、ありのままに言おうと心が決まった。

「俺、実は金曜の朝、出勤途中の山道で山肌に車をぶつける事故をしたんです。ただ、その時は変な感じは、しなかったんだけど、最初に変だと気づいたのは、トイレで自分の顔を鏡で見た時、俺の顔が10年前の顔に若返ってたことです」

俺の話の内容が研究会の主旨から脱線してるので、会場はざわざわとし出した。


「それって、さっきのアキレスさんとこのビニナルタンとかを服用した結果じゃないかしら。ボクもそうだし」と先生は言った。

( 吉本さん、なんでそれが変なの? ボクには、わからない ) と龍虎は不安になってきた。

「それです! 俺、そのビニナルタンとかハダフレッシュとかのことをまったく知らないし、それって、たった1日で若返ることが可能なんですか?

あと、俺の同僚も金曜から2日前だから、水曜まで確かに若ハゲだったのに、金曜の朝に10年は若く見えるし、髪の毛もふさふさになってたんだ。それをマネジャーは全然変と思ってないし、なんか俺、異次元に迷い込んだんじゃないかと変な想像までして… 」

「待って! 悪いですけど、吉本さんの質問もこの研究会の主旨から外れてるよ。だから、残念だけど、ボクはその質問には答えてあげられません。ごめんね。他の人の質問を受けることにします」と先生は俺の質問をやめさせて、他の人たちの質問を受けるようにした。

( ごめんね、吉本さん。本当はボクにとって、すごく重要なことを吉本さんは体験してるようだ。もしかして… ああ! こんな偶然って信じられないぐらい! )と龍虎は胸の高まりを抑えるのに必死だった。


その後、他のみんなは、熱心に先生の理論について、意見や疑問を投げかけていた。

だが俺は、先生に何も答えてもらえなかったのが、どん底に突き落とされたようなショックとなって、深く沈み込んでいた。

( ああ、こんなんだったら、来るんじゃなかった )

第14話 終わり

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