第12話 円卓での研究会
龍虎先生の研究会は昼の12時からになっていた。
なんでも昼食会を兼ねて、参加者からの質問に答える形式になると、紹介状には書かれてあった。昼食といっても食べながらでもメモを取りやすいようにと、ホットドッグかサンドイッチと飲み物を選ぶといった簡単なメニューだった。
えーっと場所はどこだったかな?渋谷駅から、それほど離れてないみたいだな。へえー、吉本ホールの斜め向かいにあるのか。なんか、夢が現実になったりして… いや、それはないな。
俺にしては珍しく、かなり早目に家を出た。まだ9時半だったのでおそらく10時半には渋谷に着いてるはず。そんなに早く行ってどうするんだと思われるが、俺はいまだにビルに囲まれた都心の地理に不案内なんで、万が一迷って焦ることにならないようにしたわけだ。
ところが、まったくスムーズに研究会の会場があるビルに着いてしまった。まだ10時20分である。もしかして入れるかなと思い、4階の会場へとエレベーターで上がってみたら、廊下で龍虎先生とばったり出会ってしまった。
「えっ? 吉本さん! もう来ちゃったのですか? 」と先生は驚いた様子で言った。丁度、黄緑色のイタリア製のような椅子を3つも積み重ねた台車を運んでる途中だったようだ。
「いえ、都心の地理に自信がないから、早目に来たらもう着いちゃったんです。どこも行くあてがないから、会場に入れたらと思ったんですが… 」俺はスタイル抜群な上にハツラツとした先生に一種の敬愛を感じながら言った。
「いいですよ。とりあえずこの椅子は会場に運ぶから、その内の一つに座って待ってくれても大丈夫だから。会場はこっちですよ。ボクについて来てね」と先生がそう言いながら台車を押すので、
俺は笑顔で「俺が代わりますよ。先生は先導だけしてください」と言って台車のバーを握った。
先生も笑顔で「ありがとう! じゃあ、こっちよ」と俺の前を歩いていく。
先生は俺より少し背が高いようだ。と言っても俺の身長は163センチだから、先生も小柄の部類に入るかな。それでいて颯爽と歩く姿はまるでパリのファッションショーのモデルさんのようだ。この前の来店時に見たコートを脱いだ後のフォーマルなブレザーとパンツ系のファッションと違い、今日はカジュアルな服を着こなしていた。
先生は、サファイアのような澄んだブルーのブラウスにパールホワイトの可愛らしいロングスカートを履いていて、とても清楚な女性に見えてしまう。そしてスカートの下から細くしまった足首が見え、紅茶色のパンプスもとても似合っていた。俺は先生の後ろ姿に見とれながら台車を押していた。
エレベーター前から続いていた通路を20メートルほどいったところに観音開きに開け放たれたマホガニーと言うのか、重厚なドアーがあり、その間を先生に続いて入っていった。
室内は明るく、約10メートル四方の広さだった。部屋の真ん中に上面が白っぽく見える幅50センチぐらいの白木の机が直径8メートル弱の範囲でまるで1つの円卓のように配置されていた。よく見るとその円卓のそれぞれが等分に分かれる20個の机になっていた。上から見ると内側の穴の部分の直径が7メートル50センチぐらいあり、幅が50センチぐらいのバームクーヘンを20分割に切るような感じだ。ただ、めっちゃ穴がでかいことになるが…
後で先生に聞くと、この会議室の机は自由に配置を変えてもよくて、5つづつ波型にしたり、三日月のように変えたりとアレンジは自由だ。椅子は種類があるので、倉庫から好きな椅子を運んで使うと教えてもらった。倉庫の場所を教えてもらい、残り17個を運ぶことにした。その間に先生は部屋の掃除をしたりで準備を手分けして行った。
こういう会場をわざわざ使うのは、先生のこだわりからだそうだ。20人ぐらいまでの少人数の研究会の方が両方向での討論ができるので、講演会のような一方通行のイベントと違って自分にとってプラスになることが大いにあるからだと言っていた。収益に関してはボランティアなようなもので、「ボクの趣味かも」と言ってたのが、共感したなあ。
準備が終わった午前11時30分ごろ、今日の参加者がぼちぼち集まって来た。
これを先生はいつも1人でやってるのか。すごいなぁと、俺は思った。
第12話 終わり
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