第13話 ジョージ・アキレス
先生は参加者一人一人に見た目通りの声で明るく「こんにちは! 」と言いながら笑顔で出迎え、形式的にチケットを回収していた。そして、「これは昼食のメニューです。ごめんなさい、こんなに簡単な物で。サンドイッチかホットドッグかを選んで丸印をここにある参加者さんの名簿につけてください。飲み物も選んで丸をつけてくださいね」と付け加えた。
「お席は空いてる椅子に自由に座ってくださーい! 」と迷っている人には、声を掛けている。忙しいのに頑張ってるなあ。
俺は、先生から先生の座る回転椅子を取りに行って欲しいと言われ、倉庫に向かっていた。丁度エレベーターが止まったようで、そこから長身で金髪の白人男性が出て来た。男はキョロキョロしていたが、やがて俺の方にやって来た。
「オイ! プロフェッサー・タチバーナのカイジョーは、どこだ? 」となんだか威圧的だが、思わず笑ってしまいそうになる日本語で言った。俺は、それでも親切にしなくっちゃと思い、
「ああ、それなら、向こうのドアーが開きっぱなしになってる部屋ですよ」と指をさしながら教えてやった。外人は俺が指さした方を見てわかったようで、
「オーケー! 」とだけ言って会場の方へ立ち去った。俺は、なんだあいつ、と思いながら
( しかし、派手な縦縞のオレンジ色から茶色までのグランデーションが、かかったダブルのスーツにワインレッドのシャツ、シルバーのネクタイをした色白で青い瞳の年の頃は40過ぎの、いかにも外人さんという、しかも金髪は肩までかかるぐらいの長髪 ) といつになく、俺は少しの会話をしただけで、そこまで記憶していた。おそらく、なにか因縁じみた感覚にとらわれていたようだ。
倉庫から手頃な回転椅子を見つけ、俺は今度は椅子を滑らしながら廊下を進み、会場に戻った。もう参加者はすべて入室をすませ、思い思いの場所に座っていた。空いてる椅子を見たら、俺が座る分を除くと2つ余っていた。ということは2人欠席したのかな?と考えながら俺は先生に「この椅子はどこに置きましょうか? 」と聞いた。先生は、
「ありがとう! あとはボクが置くから吉本さんも自分の席に座ってください」と言った。先生はどうやら電話をしていたようで「あっ、すみません。それじゃあ出来次第、配達してください」と言って電話を切った。
そろそろ12時なので研究会が始まるようだ。先生はノートを片手に回転椅子をもう片方の手で滑らせながら、円卓になってる机の一つをずらして回転椅子と一緒に円卓の内側に入った。椅子を中央に置いてそのままの姿勢で先生は挨拶をした。
「みなさん! お待たせしました。本日はボクの研究に対するみなさんの疑問にお答えしたり、ボクの方も皆さんの想像を巡らした考えをお聞かせ頂いて、新たな発見につなげようと思いますので、よろしくお願いします」と言った。それに対して参加者全員が拍手をした。
「それでは、早速ボクの書籍を通して、日頃から疑問に思われることをお聞かせください」と先生は言った。すると先生の正面に座っていた参加者が言葉を発した。俺からは丁度、先生の背中に隠れて顔が見えなかったのだが、ひと声で誰だか分かった。奴だ。
「はじめましてー。ワターシハ、ジョージ・アキレスと言いまーす」
「こちらこそ、はじめまして」先生はニコッと笑った。それに対してそいつもデレっとしたと思うが、俺からは見えない。
「さいしょーに… あなたのことをプロフェッサーと呼ぶより、ミス・タチバーナと呼んでもイイデスカー? 」
「えっと… うん。まあ、いいですよ」どうやら先生もこれは、ややこしくなると思ったようで、奴に逆らわなかった。
「アリガト、ゴザイマース。ミス・タチバーナ、あなたは宇宙がヒトツではないと、イッテマスが、それではナンコあると考えてマスカー? 」
「ちょっと座らせてもらいますね…それはですね。ボクの本の最初に書いてるはずなんですが…ボクの考えでは宇宙を含めたこの世界と同じようなものが、数限りなく存在してると考えております」先生は苦笑しながら質問に答えた。
「ソレデーは、この地球やそこに住むヒトーは、同一人物なのに無限にいるーと考えますか? 」「ワターシハ、ヒトリーシカいませーん。わかるようにセツメイしてくださーい」
先生は頑張った。
「それでは、想像してみてください。あなたは今も本当はこの世界にだけいるわけでは、ないと。自分では気がつかないけど、ほぼ同じ世界だと、時間も記憶もほぼすべての物が同じ状態で存在するから、そこに行ったり来たりしても気がつかないのです」
すると、奴は言った。
「ソレデーは、同じ世界かもしれませーん。どうして別の世界に行ったと証明できるのデスカー? 」奴がそこまで言った時、俺からも見える位置にいた20代のキリッとした女性が、たまりかねて言った。
「もうやめてください! そんな証明なら先生の本に、ちゃんと書いてあるじゃないですか! みんな今日の研究会を楽しみに来てるのに、すでに前提になってることを堂々巡りのように質問するのは、やめてください! 」
「アナータハ、ワターシをだれだーと思ってるーのか! あのビニナルターンをせかーいに供給しテール、リンゴ・ジャパンの支社長ダーゾ! 」
このままでは、会場は大混乱になると俺は思った。すると俺の体は勝手に動いたかのように素早かった。
「イテテテテー! ヤメロ! ハナシナサーイ! 」奴はそう叫んだが俺は離さなかった。
いつの間にか俺は奴の右の手首を掴み、あっと言う間に後ろ手に固めていたのだった。
( えっ? 俺って…こんなこと、できる奴だったのか! 信じられん )
身長が優に190センチは超えている外人男性を小男である俺が会場の外へつまみ出したのだ。会場に戻った俺に対して、参加者全員からの拍手が鳴り止まなかった。
俺は、自分が自分でない感覚に囚われた。そして、この俺自身の異変を先生に質問しようと決意したのだった。
第13話 終わり
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