第32話 真田丸での死闘

 体が覚えているとは、このことなんだな。

 俺は後方へ飛び出したと同時に、俺の真後ろで鉄棒を持った大男と正対した。そして、ニコッと笑って大男のサングラスを外してやった。


 大男は驚いたが、近過ぎて鉄棒を振ることができなかった。それですぐさま鉄棒を両手に持ち替えたと同時に肩幅より広く左右に滑らせて、鉄棒を水平にした格好で目の前の俺を押し倒そうとした。


 だが俺は、もうそこにはいない。

 俺は体を低くして大男の右斜め後方に瞬時に移動していた。そして、前に体重移動している大男の右足首に俺の右足首をからませたと同時に大男の背中を思いっきり押してやった。


 大男は、「ワッ! 」と言って、つんのめったままぶざまにこけた。

 それを見て、近くの二人の戦闘員が俺の左右から同時に角棒を振り下ろして来たが、そこに俺はもういない。二人の戦闘員はお互いを角棒で打ち合って、ほぼ同時に角棒を落として、うめいていた。

「ウウ! イテイヨー!」 「ぐぐっ! 」


 その時、甲板の照明が最大限に明るくなったようだが、俺の動きはとても50歳の動きとは思えないぐらい早かった。しかも流れるような動きで、相手が踊らされるように転けたり、俺の手刀に手首を打たれ武器を落としたりしていた。


 俺は思った。

(この世界の俺は、どうやら合気道の達人なんじゃないのか? しかも見かけ年齢の40歳どころか、若者のような身のこなしだ)


 そして、あのヒダリンも20メートルほど離れたブリッジの入口側から俺の動きの一部始終を見て思った。

(やっぱり、あの吉本先生だ。先生が辞めちゃってから、もう15年になるのか。先生の合気道の技は、さすがだ。だけど、なぜだ? 本当の瞬間移動の技を先生がいっぺんも使ってないのは…… )


 ビギューン! 「うう! 」

 俺がコンマ1秒ほど前にいた場所で、一人の戦闘員が腹を抑えたまま、甲板に倒れ込んだ。

「くそ! 」 ビギューン!

 どたっ! また一人、戦闘員が倒れた。

「やめろ! シュレッダー! お前の腕では、味方がやられる。

 私がやるから、撃つのはやめろ」


 シュレッダーが俺を狙ってピストルを撃っていたのだ。だが、二発とも戦闘員に当たったようだ。


「何、ヒダリン、お前が奴と戦うと言うのか? 」

 シュレッダーは、かたわらにいるヒダリンに聞いた。

「ああ、戦闘員と言えども、仲間じゃないか。お前の、部下を駒としか見てない主義には、もううんざりする。私があいつを始末するから、手出しはするな!」

 ヒダリンは、そう言ってコートを脱ぎ捨てると、甲板に駆け出した。


 俺の前にあの小悪魔のような格好のヒダリンが立ちはだかった。左手には、長い鞭を持っている。

(懐かしい先生と、こんな形で対決する日が来るとは思わなかったけど、

 私は各国の産業スパイたちから恐れられた、リンゴ ジャパンの死神ヒダリン。私を見た者で生きて帰った者はいないと言われている。さらば、吉本先生…… )

 ヒダリンは感傷を捨てた。


 第32話 終わり


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