第38話 思い出は走馬灯のように……
ヒダリンは、思い出のページをめくるように記憶の中の映像を思い浮かべていった。すると、否応なしに強烈な映像が浮かんでしまう。
(会話は津軽弁ですが、作者の言葉になってます)
「エーン、エーン、エーン……
お父さん! いやだー! いやだよー! 」
「リンゴちゃん、そろそろ、お父さんにお別れを言いましょうね。お父さんは天国に行かなくちゃいけないからね」
隣りに住んでるいつも優しいおばちゃんが、いつまでも泣きじゃくるヒダリンに声をかけている。
違う場所からも会話が聞こえる。
「隊長、やっと今日、遭難者7人すべてを救助できました。隊長のおかげで遭難者は、雪崩に巻き込まれずに避難できたのに…… 」
今さっき、出棺に間に合わそうと、遭難現場から駆けつけてきたレスキュー隊員だった。
「飛騨さんは、吹雪が止む前に遭難現場を突き止めて、避難小屋に誘導したんだね」
と村長は、隊員に言いながら、すでに分かってることを敢えて皆んなに聞こえるように言った。
ヒダリンの映像は飛ぶ。
お葬式がすべて終わった後だ。
「どうしても、うちらがこの子を引き取らにゃあ、ならんのですか? 」
「盛岡には、身寄りのない子供を預かる施設はあるけんど、お前さんの姪っ子じゃないか? 引き取ってやってけろ 」
村長とヒダリンの叔母との会話のようだ。この叔母の姉、すなわちヒダリンのお母さんは、ヒダリンを産んですぐ、産後の肥立ちが悪く、亡くなっている。
この時、ヒダリンは9歳にして両親を亡くしてしまった。
また映像は飛ぶ。
「わーい! たまごっちスペシャルだ! いいだろう」
「ジュンちゃん、あたいにもやらせて」
「だめだよ。これは、俺のだからな。お前は、俺の母ちゃんに欲しいと言いなよ」
「おばちゃんは、あたいなんかに、たまごっちを買ってくれるわけないよ。
ご飯だって、なして、お前なんかにただ飯食わせにゃならんとか? って言われるんよ」
ジュンちゃんとは、おばちゃんのひとり息子で、ヒダリンより2歳上のいとこになる。
また映像は飛ぶ。
ここは盛岡の隣りのヒダリンが住んでる滝沢市にある中規模の家電店だ。
たまごっちの第2次ブームでこの店では、たまごっちのお試しコーナーが設けられていた。
「違うよー! あたいは、たまごっちを盗ったりしないよー! 」
「しらばっくれてもだめだ! お嬢ちゃんが今持ってるのは、なんだ? 商品のたまごっちじゃないのか? それも少し割れてるんじゃないのか? 」
「これは、4人組の中学生の男の子たちが、たまごっちを盗って逃げてった方に落ちてたんだよ。あたいは、ただ拾っただけだよ」
「そんな嘘を言ってもだめだよ。ずっとお嬢ちゃんが欲しそうにして、たまごっちをいじり回してたのをおじちゃんは、見てたんだからな。さあ!おうちがどこか教えなさい! 」
また映像は飛ぶ。
ここは、ヒダリンのおばちゃんの家。
おばちゃんは、カンカンになって怒鳴りちらしていた。
「あなた! 私はもう我慢できないわ。この子は明日すぐに盛岡の施設に預けるからね! 」
「お前、明日すぐは、無理でねえだか? 」
「どっちにしても、一刻も早く、この子から解放されたいの! 」
ヒダリンのお父さんが死んでから、まだ二ヶ月もたっていなかった。
また映像は飛ぶ。
ここは、JR盛岡駅。ヒダリンたちの世界にいた俺が、15年前のその日、盛岡子供園に入園する10歳になったばかりの女の子を迎えに盛岡駅の南改札口前で待っていた。盛岡の3月は、まだまだ春が遠く、風は冷たかった。
電話で聞いていた通りの、冬景色には合わない派手な
スポーツ刈りで、小柄だが筋肉で引き締まった身体を一張羅の茶色のスーツが隠しきれない体型の俺は、
「佐々木さんですね。盛岡子供園の吉本です」と言いながら、子供園の身分証を見せた。
「できれば、子供園まで、ご同道願えませんか?
こんな場所で、お子様をお引き受けするのは、前例がありませんので…… 」
「いいえ! 電話ではっきりお断りしたでしょ!
私は、さっさと引き渡したいのだから」
「分かりました。では、ご希望通り、ここで飛騨りんごちゃんを確かに、お引き受けいたします。
この書類にご記名と捺印をお願いします」
たったこれだけで、ヒダリンは施設に預けられた。
「飛騨りんごちゃんだね。私は、吉本
俺は、ニコッと最高の笑顔で言った。
そこまで思い返して、ヒダリンは向かいのソファーで寝息を立てている現実の俺を見た。
(あの時の先生と中身は全然変わらない。未だにお茶目な所があるのよねえ。この続きは夢でみるよ)
第38話 終わり
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