第20話 蝕(前編)
エリートたちが集められた司令部の司令室では突然の異常事態に真っ暗闇の中、声を荒げていた。
無線で連絡をする者、マニュアルを確認する者、指示を出す者、パソコンにかじり付く者などの荒い声でごった返していた。
「――現在確認済みの情報は?」
「電力を集中管理しているブースが爆破されたとのことです」
「管理ブースからは爆煙が確認されています」
「スプリンクラーは作動しているのか」
「はい、異常はありません」
「予備電源の準備は?」
「――現在完了したとの事です。一分後に予備電源に切り替わります」
「――あと、時間が空いている班を火消しに向かわせるように指示を」
「了解です」
「情報管理システムに異常は?」
「大丈夫です、異常ありません」
司令室の高い場所から指示を出している平宮は冷静に周囲を見渡す。その様子は静かな気配りである。平宮の横には司令部長補佐の
「平宮司令部長、これは一体」
「おそらく、例のテロリストの攻撃だろう。まさか直接手を出して来るとは――」
平宮は言う。
「しかし気を抜くな。狡猾なテロリストが停電だけで終わるはずがあるまい」
平宮の言うように、本部を停電させるだけというのは全くを持って無意味な真似である。相手は愉快犯ではなく、凶悪犯であるということを忘れてはならなかった。
後ろから副司令部長の
「平宮司令部長!議会からヘリコプターの手配をしろとの命令が――」
彼はやつれた口を細かく動かしてそう言った。平宮は何故議会がヘリの手配を押し付けてきているのかは大体予想がついた。
「断る」
平宮はさっぱりと言う。
「いや、しかし……」
「断る。管理職が一番に逃げるなど言語道断だ。管理職である以上、それなりの責任は果たして頂きたい」
「でで、ですが……」
田上の背はますます小さくなっていく。
「案ずるな。責任は私がとる。お前は何もしなくて良い」
平宮は淡々とした口調で言葉を切った。今は目の前の大きな問題を優先するべきだと、平宮は正面にある大型モニターに目を移した。
予備電源により地下にも電力が開通し、明るくなった。
特別部隊と第一部隊は地下牢の果てにある頑丈な扉に到着した。この向こうにエレベーターが待ち構えている。
命たちを横暴に連行した隊員が数人、その扉の前で立ち尽くしていた。扉をこじ開けようとするも無意味だったらしく、半分諦めている様子だった。
「開かないのか」
丈は隊員たちに訊いた。
「ああ、急な電力のストップで電子ロックがバグってしまっているんだ」
鋼鉄の扉に付いている電子ロックは半ば死んだ状態になっており、よく見ると所々凹んでいる。殴って壊そうとしたのだ。
「これは、分解液弾では壊せそうにないな……。強化コーティングもされているからな」
秀は持っていたアクを不服そうにしまった。
地下という息苦しい間に閉じ込められ、何が起こるのか見当もつかないので、次第に恐怖に
命は、横暴に連行したリーダーの顔を見た。彼の威厳に満ちた顔つきと態度はどこへ飛んでいってしまったのか、不安を重ねまくった顔つきになっていた。よく見るとリーダーの腰にはメタリックなメリケンが下げてある。趣味なのか手入れも丁寧にしているようだ。
「リーダーさん、そのメリケン貸して下さい!」
命はそう言いながら、メリケンをひょいと取り上げる。「あ、ちょっと」と言わんばかりにリーダーは動転しているが、構わず命はメリケンを右手に装着した。
(これで壊せるか……)
命は心の中で呟きながら鋼鉄の扉へと近づいた。
そしてメタリック混じりの拳を作り、それを弾丸の如く扉に突き出した。
鋼鉄の扉は瞬く間にコンニャクのようにひん曲がり、陥没した部分は湯気のようなものを上げながら、奥の方へばったりと倒れた。
「うわぁ……すげぇ」
リーダーは思わずそう呟いた。その周囲も引いているのか驚いているのかよく分からない反応だったが、その中に安堵が浮かび上がっているのは明確だった。
「よし、行くぞ!」
蟲部は力強く呼びかけた。そして蟲部の後に続いていった。
「命、ありがとう」
丈は走り際に静かに言った。
同時間帯、司令室にて。
「現在下位部隊が消火にあたったとのことです」
司令部隊員の
「了解だ」
隣では
モニターに映った監視カメラの映像を見る限り、今のところ問題はなさそうだった。
「柳先輩。集中管理ブースには何で監視カメラがないんですか」
小鳥遊が訊く。
「今そこと、ここ《司令室》の下が付け替え工事の最中でね。たまたまないのよ」
柳はモニターに集中しながらも丁寧に説明した。
あれこれマウスを動かしていたが、突然柳のモニターがフリーズし、動かなくなってしまった。
「え?フリーズ!?」
「柳先輩、僕のもフリーズしました!」
この驚きは次第に全体へと伝動していき、やがて司令室全体のモニター及び電子機器が言いつけを聞かなくなってしまった。
それから間もなくモニターは電源が切れたように真っ黒に染まった、かと思いきや白い文字で機械言語が大量に羅列され、猛スピードで勝手にスクロールし始めた。
動揺を隠せない隊員たちの驚きで徐々に騒がしくなっていった。
モニターはその後、何事もなかったかもように元の状態に戻された。
「平宮司令部長!」
隊員の声が司令室全体に響き渡る。
平宮はその隊員のもとへ駆け寄った。隊員が指を指しているものは情報管理システムのモニターだった。
「機器内の情報が、勝手に転送されています!」
「何だって」
平宮はモニターを覗き込む。遠征の記録や研究結果などの機密文書が猛スピードで転送されている。隊員はキーボードを動かして転送を止めようとする。
「駄目です、止まりません」
「――しかも接続経路が匿名化されており、転送先も特定できません!」
元に戻っていたモニターも再び一斉に荒ぶり始め、ウィンドウが大量に開いて高速で点滅するなど、気持ち悪さと恐怖で司令室は異様な空気へと変貌していく。
「聞いてくれ。コンピューターウイルスに集団感染した可能性がある。器具庫にある使えそうな機器を持ってきてくれ」
平宮は点滅から目を守るために目を覆いながら指示を出した。
(外敵追撃システム《メジェド》が誤作動を起こしたら大変なことになる……)
施設内の監視カメラにはレーザーが付いているおり、外敵追撃システム《メジェド》と呼ばれている。情報管理システムにイブ職員の顔写真が保存されており、その顔写真に該当しない人物がカメラに映るとAIの判断で対象を追撃するシステムである。
そんな監視カメラが数台設置されているA棟一階のエレベーターホールの横に、特別部隊と第一部隊は到着した。
案の定、エレベーターは動かなかったので、非常階段で息を切らしながら駆け上がってきた。
地上に出ようが焦りが消える訳でもなく、むしろ増したように感じるのは、非常ベルの中で隊員たちがせわしなく駆け回っているからだ。
階段のすぐ横には広いエレベーターホールがあり、エレベーターの開口部の上にあるランプは地下と同様、息の根を止めていた。
一行はとりあえず、エレベーターホールの中央に集まった。
「特部はこれからどうしますか。見た感じかなり普通ではない状況です。第一はこれから矢崎隊長の所へ報告などをする予定です」
蟲部は丈の目を見て言った。
「私たちは部屋に戻って、機器に異常がないか点検したいと思う」
「了解です、それでは――」
円型のエレベーターホールを取り囲むように監査カメラがその様子を見つめている。AIは彼らを侵入者と判断し、ゆっくり標準を定める。そしてレンズの下にある小さな穴から熱を
「貝塚!!」
蟲部は素早く振り向き、貝塚の頭の後ろに手を伸ばした。レーザーは蟲部の
「あぁ!副隊長!」
貝塚はバッタリと倒れた蟲部に近づいた。熱線にやられ蟲部は気絶してしまっている。
「メジェドが誤作動か!」
風太は焦りながら呟く。
特別部隊と第一部隊は逃げるためにそれぞれ走り始める。
しかしカメラはすぐさま次に標準を定める。定めたのは翔吾の細い首であった。
反対側に走っていた礼は、カメラが見ている方向的に翔吾が狙われていると気づいた。
「翔吾、しゃがめ!!」
礼は張り裂けるような声を上げて翔吾を上から
「礼さん!」
「礼!」
命と翔吾は礼を呼んだ。二人の頭には鮮明によぎった。苦楽を共にした滝村に続いて、礼も失ってしまうのかと。
礼は上半身を起こし叫ぶ。
「構うな!行け!」
「でも……」
「信じてくれ、大丈夫だ……」
礼は二人の背中をぐっと押すような晴れやかな表情に変わった。その中には『諦め』や『後悔』などの複雑な感情が入り混じっているようにも見える。
後ろからはレーザー騒ぎを聞きつけて隊員が三名走ってくる。
大丈夫だ。二人の手当はこの三人に任せるべきだ。二人ともまだ息はある。それに、礼は俺たちの親友だ。きっと上手くやってくるはずだ、信じよう。
「翔吾、俺達は俺達の任務に全うしよう」
命は意を決して叫んだ。
二人は礼を信じて走り出した。
「メジェドが、暴走してます!」
柳は発信機を片手に叫んだ。彼女の声で司令室はざわめきが起きた。
「二名が被弾し、負傷したとの事です」
「容体は?」
「いずれも軽症ですが、出血性ショックによる急変が懸念されます」
「一体何が起こってるんだ……」
「監視カメラが乗っ取られているため、映像の確認も不可能です」
「原因の解析はまだか」
報告やヤジで声が飽和し、いっぱいいっぱいになっていく。
「出ました!」
器具庫から引っ張り出してきたパソコンを床に置き、画面を見つめながら叫ぶ。
「どうだった」
平宮が反応する。
「新型のコンピューターウイルスです!名前は【A03】、また解析からアメミットと同様の反応が出ています!」
「何だって、アメミットだと」
「はい、ウイルス状のアメミットです。まるで、イブを喰い荒らしているみたいだ……」
隊員の声は次第に小さくなっていく。そして発信機を取り出した。
(アイツに頼ってみるか……)
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