第31話 火蓋

 命たちが乗る軍用車両は埃っぽい空気をかき混ぜながら揺れていた。本部を出発してから十分ほどが経過した今、戦いに向けて各自気持ちを作りながら最後の準備に取り掛かっていた。

 「優、アクのストックは何本ある」

 京次郎は訊いた。

 「近距離用は十二本、遠距離は七本ね」

 優は武器が詰められた頑丈なケースをさぐりなが言った。武器と武器が擦れ合う金属音がガチャガチャとうなっていた。

 心配性の翔吾は戦いの舞台となる島田市の位置を自分のタブレット端末な地図ぇ確認しようとするが、東京出身の彼は思うように島田市を見つけられないのだった。

 「地図で確認してるのか?」

 丈は翔吾に近寄って話しかけた。

 「はい、やはり少し気になるので」

 「ここは、伊豆半島。島田市はもっと西だな」

 丈は軽やかに画面をスクロールした。そして【島田市】た示された場所を拡大した。

 「ここですか、ありがとうございました」

 翔吾は丁寧に言った。

 「隊長は、静岡出身なんですか」

 翔吾は勢いで訊いた。

 「そうだ。とはいっても離島生まれでしばらくそこで暮らしてたからなぁ」

 「そうなんですか」

 翔吾は関心したように言った。戦いの前だというのに無駄な世間話に応じているのはおそらく、ある程度不安を和らげるためであろう。命や翔吾は、友人だった人間と戦うことになる。緊張感は必要だが度が過ぎると悪影響になる。そう考えた丈はいつも通りに接しているようである。

 「命、体調は大丈夫か」

 丈は手持ちの道具を揃えている命に訊いた。

 「まあ、普通です……」

 「無理はするなよ。あまり考えすぎないように」

 「――隊長」

 命は持ち場に戻ろうとする丈に言う。肺から絞り出したような声であった。

 「いざとなったら殺るんで。――もう逃したりしたくありません」

 二人の間にはしばらく沈黙が訪れた。お互い自分の喉をゴクリと鳴らす。

 「――すまないな」

 丈はそっとした声で言った。

 

 しばらくして、軍用車両群は巨大なゾンビ型アメミットが射程範囲に収まるほどの場所、いわば第七島田市の端くれあたりにたどり着いた。

 影絵のような住宅街に、そのアメミットがずんぐりと立っていたり、歩き回ったりしていた。その様子は影絵劇のように静かで不気味であった。 

 隊員たちは軍用車両の見張り台からスナイパーライフル系統のアクを構え始める。命令どおり遠距離からの攻撃で対処するとのことである。

 

 なんとかアメミットたちの目を逃れた偵察隊一行は半壊した三階建ての公民館の物影に息を潜めていた。公民館のえぐられた部分からミノルは

 「車両群が見えます」

 と車両の見張り台から双眼鏡を覗き込んで叫んだ。

 「どうやら本団が到着したようだな」

 寶野がせかせかとしたように言う。偵察隊の一行は高台のような小山の道路にそびえる車両群を眺めた。車両群の上からは細長い銃口が無機質に並んでいた。

 

 本団側は第一部隊を中心に攻撃を開始する三分前という局面だった。

 新は副隊長就任とほぼ同時に新たに発足した『カイヅカ班』という班を回していた。

 この班は他の各班から若者を中心としたそこそこの実力者を集めた準精鋭班であり、滝村たちが所属していた第一班とほぼ同等に位置する。

 しかし連合自衛隊上がりの蟲部アクトや猿田頼彦といった精鋭が殉職したことにより、第一班の戦力は失墜し、第二班と合併することとなった。

 新は第二班に所属することを拒んで第一班に残留するつもりだったが、議会の承認を得られず新たに『カイヅカ班』を発足させた。

 「一斉攻撃まであと三分を切った。今のうちに呼吸を整えておけ」

 新はアクを構えながら言った。

 班のメンバーである緑村紘輝みどりむらこうきは、くしゃくしゃの髪を触りながら余裕そうにアクを構えている。緑村は十七歳で命たちと同期。浜松遠征での実力を買われカイヅカ班にスカウトされた。  

 「貝塚さんって、元警察官って聞いたんですけどホントですか」

 緑村は真正面を見ながら尋ねた。新は唐突な質問でややギョッとした顔になった。

 「ああ、そうだが……」

 「管理政府の警察隊、蟲部さんや猿田さんが殉職してからやけに熱血ですね。いつもはもっと卑怯な感じでしたよね」 

 緑村は少し得意げで目がつり上がった顔つきで言った。

 新は目をしかめながら

 「……そりゃ、守りたいものくらい、ある」

 と呟く。

 特別部隊の乗る軍用車両の見張り台では翔吾、丈、秀、風太がライフルを構えている。

 「私たちは遠距離射撃については後方支援、ある程度ゾンビ型が減ったら偵察隊の救助に回る。瀬戸川礼に遭遇する前にだ」

 丈はそう言った。

 また命に至っては、礼の日記にあったように標的にされていることから、緊急時以外は待機という処遇になった。しかし命は落ち着きがない様子だ。

 「京次郎さん……。瀬戸川礼は俺が討ちます」

 命は完全に覚悟を決めていた。

 「――もちろん今の瀬戸川とコンタクトできるのも、あいつを殺せるのもお前しかいない。煙幕作戦も上手くいくか分からない。そうしたときには頼んだぞ」

 京次郎は言った。

 「隊長もお前を信頼している。そしてお前は誰よりも強い。自身を持て」

 京次郎の言葉に命はうなずいた。

 

 『一斉射撃まで五秒前、四、三……』

 高橋十鉄隊長の呼びかけで隊員たちは真剣な顔つきに変わり、ライフルの金属が動いて擦れる音がさざなみのように鳴る。

 『ニ、一、撃て!』

 一斉に引き金を引けば、今度は雷のような轟音が荒波のように走り回った。流星のように飛び交う分解液弾は巨大ゾンビ型アメミットに直撃し続け身体の部分部分が溶解していく。

 「なかなか効いてるみたいだな」

 風太は分解液弾を放ちながら呟いた。

 「このまま、撃ち続けましょう!」

 翔吾はそう返した。

  

 偵察隊、軍用車両内部。

 「一斉攻撃、始まりました!」

 ミノルは叫んだ。車両内部の空気は狼狽しきっていた。

 「アメミットの数が減ったら、合流だな」

 と刑部。

 「しかし、燃料がもう残り少ない。あちらに向かえるほど余裕はない。救助を待つことになるかもしれん」

 寶野は燃料メーターを確認しながら言う。

 「でも、ここだっていつ見つかるか分からない」

 辰巳は寶野や刑部に言った。

 「念の為、戦闘準備くらいしといたほうが」

 知島も続けて言う。寶野はそれに応じて

 「……そうだな。総員、アクの準備を」 

 

 「おい、見ろ」

 ビルの上、双眼鏡で街を見下ろす礼は言った。そしてとなりにしゃがんでいる騎士は

 「軍用車両、ですね」

 「ああ、まさか群がらないネズミが紛れ込んでいたとはな」

 礼はにやりと笑った。そして何かを思いついたと思うと、

 「一旦騎士を招集しろ。あそこに立てこもらせる。人質をとり引き換えに羽月命を奪取する」

 と言いながら真っ黒のスナイパーライフルを構える。

 騎士は「了解です」と言うと無線で各場所に散らばった騎士たちを呼び集め始めた。

 

 先程まで溶解していたアメミットたちは一転して何事もなかったかのように再生を始めた。崩れた肉体はありありと元の状態に戻っていく。

 「再生した!?」

 秀は思わず叫んだ。

 「――瀬戸川がアメミットをメイキングした可能性がありそうだ」

 アメミットたちはお返しのように一斉にこちらに走ってくる。

 隊員たちは驚きながら焦りを感じ始め口々に恐れおののく言葉を発した。 

 窮地に立たされたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

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