第17話 現実

 「ああ〜やっと終わった〜」

 京次郎はマラソンでゴールしたかのようにパソコンのキーボードから手を離し、椅子の背もたれにぐだんと倒れた。パソコンの画面には厚かましい文書が並んでいた。

 「白浪さん。お疲れ様です」

 エミリは熱いお茶を差し出した。カップからは深い香りと、淡い湯気が立ち込めていた。

 「やっっと寝れる」

 京次郎はズズッとお茶を啜った。

 特別部隊の部屋に一つだけ掛けてあるアナログ時計は六時を回っていた。

 京次郎の後ろには命や優、くるねたちが座ったままぐったりと眠っている。塩村の汚職、入間のテロリスト幇助行為と自殺という異例の事態で徹夜に動かされ、この始末である。

 「そろそろ食堂が開く頃だな」  

 「そうですね。久々に食堂でも行きますか?」

 エミリは京次郎に訊く。

 「まあ、俺にしては珍しく頑張ったし、エミリもずっと助けてくれたから、今日の朝食は美味いもん食うか」

 そう言うと京次郎は監視カメラと繋がっているパソコンをいじり始めた。一階の食堂前に設置された監視カメラの映像を探す。

 「食堂前、食堂前……」

 ブツブツ言いながら京次郎はマウスやらキーボードを動かす。

 「白浪さんったら、また監視カメラを悪用して……」

 エミリは苦笑いをする。

 そしてスクリーンには食堂前の様子が映し出された。

 「うわっ。今日は馬鹿みたいに混んでるなぁ」

 京次郎は口を尖らせた。

 「尋常じゃないですね。ちょっと変――」

 するとその時、後ろの扉がバタンと開き、丈が焦りながら入ってきた。

 「あっ、隊長。お疲れ様です。――どうかされましたか?」

 京次郎は訊いた。

 「――さっき聞いたのだが、どうやら食堂の冷蔵庫から遺体が見つかったらしい」

 丈の言葉に、二人は「えぇ!?」と声を漏らした。

 食堂には科学班や解剖班が担架やブルーシートを担いで野次馬を押しのけながら入ってきている様子が、スクリーンに映し出されている。

 京次郎たちがが騒ぎ立てていたのか、命や翔吾たちが目を覚ました。

 「ん?どうしたんですか?」

 翔吾は目を擦りながら訊いた。

 「あ、気にするな。お前たちはもう少し休んでろ。いいな」

 丈は咄嗟とっさに返した。昨日の疲労が溜まっている所に、早朝から焦らせてしまうのは申し訳ないと思ったからだ。

 「私は様子を見てくる。京次郎とエミリは落ち着かないとは思うが、もう少し休んでいてくれ」

 丈は近くのテーブルに抱えていた書類を置いて、走りながら部屋から出ていった。

 

 食堂前には案の定、人だかりが出来ていた。丈は人混みを押しのけ、同期の科学班のチーフである鴉山龍からすやまりゅうを探した。

 「あ、ゴミ箱の隊長だ」

 「特部はいらないよな〜」

 人混みは何かを言っているが、そんなことに耳を傾けている場合ではない。

 鴉山は運が良いことに、規制線の後ろに立って指示や見張りをしていた。

 「龍!」

 丈は鴉山に声を掛けた。鴉山はすぐに丈の存在に気づいた。

 「丈、どうした?」

 「遺体が発見されたと聞いてな。殺人犯を追っている以上、見過ごすわけには行かないと思って」

 「そ、そうか。お疲れのところありがとう。まあ君なら安心して通せるよ」

 鴉山は白い手袋を着けた手で規制線テープを上に引っ張り、丈を食堂の中に入れた。

 「ちょうど解剖班と科学班の一部が入間議長の遺体の処理に回っているから人手不足だったんだ。助かるよ」

 そして鴉山は部下である米林よねばやしと見張りを交代し、丈とともに厨房の方へと向かった。

 厨房の冷蔵庫からは大柄な男の死体が倒れており、科学班や解剖班が写真を撮ったりしており、早朝から悪い意味でガヤついていた。

 「遺体の身元は滝村剛、十七歳。第一部隊一班所属だ」

 丈はそこにある遺体と、自分の中にある記憶を照らし合わせる。

 浜松遠征時に特別部隊は駅構内にて一班と行動した。同い年の礼という青年の隣にいたあの青年である。年齢も合ってか、命や翔吾たちとも仲が良かった様子だ。この事実を知った命たちの心境を想像すると、とても胸が痛む。

 丈は遺体に合掌し、様子を見てみることにした。猿田を殺した犯人と同一犯なら、手口やが似てるかもしれない。

 「ナイフで胸を一突きか……」

 丈は胸の刺し傷に注目した。傷は見る限りとても深く、そこには犯人の怒りが込められているように感じられた。

 鴉山もその傷を見ながら話し始める。

 「第一部隊の一班は精鋭中の精鋭。しかもその中の大柄な男を一発で息の根を止めるなど、只者ではないな」

 鴉山はおもむろに口を塞ぐ。

 滝村の遺体は、傷以外の箇所は綺麗であり、猿田の遺体と酷似している部分もいくつかあった。

 「猿田隊員の遺体と同じく、防御損傷がないな」

 丈はそう言いながら滝村の手や腕を見た。鴉山も丈の言葉を受け取り、話し出す。

 「真正面からの攻撃で、防御損傷がないってことは抵抗なし。第一部隊の精鋭隊員が相当油断していたということは、彼の身内、顔見知りの犯行の可能性が高い」

 鴉山は遺体をじっくりと見ながら言った。

 「ここ撮ってくれ」という鴉山の言葉に科学班の隊員は一眼レフカメラで指示された部位を撮っていく。

 「鴉山、滝村隊員と猿田隊員の遺体は、似ている点が多いな」

 「ああ、同一犯の犯行と見てるよ」

 すると、食堂の出入り口付近の人だかりがワラワラと動き始めた。そしてその中のからドバっと隊員が一人飛び出してきた。間をあけることなくその隊員は規制線を振り切り、こちらへ走ってくる。 

 「滝村ぁ!滝村ぁ!!おい!」

 涙を浮かべ必死に叫んでいる青年は礼だった。親友の死を知り、完全に我を忘れてしまっている。

 「君!落ち着いて!ここは立ち入り禁止だよ」

 見張りをしていた科学班の一人が礼を止める。

 「嫌だ!通してくれ!まだァ、まだ生きているかもしれないだろ!僕の親友なんだ!」

 礼は足をばたつかせて必死に抵抗する。 

 遺体の確認が終了し、滝村の四肢は無機質にぐらぐらと揺れながら、大きな担架に乗せられ、すぐさまブルーシートを掛けられた。それに続き科学班と解剖班は撤収していく。

 担架が礼の横を通り、滝村は本当に死んだという現実を悟った礼は、ぐたんとその場にしゃがみこんでしまった。

 「滝村……お前……本当に……」

 礼の姿を見かねた丈は、そっと声を掛けた。

 「確か礼君だね。今は落ち着いた場所でリラックスをしよう」

 立ち上がれなくなった礼は、丈と米林に補助されながら、食堂を後にした。


 特別部隊の部屋では全員が眠りから覚めて、遺体が発見されたことを知らされた。

 「えぇ!食堂から遺体が!?」

 翔吾は誰よりも驚いている。

 「ああ、今隊長が調査しに行ってる」

 京次郎はそう言った。

 「また被害者が出てしまったわね……。一体何が目的なの?」

 優は悔しそうにそう呟く。

 前のスクリーンには監視カメラを通してブルーシートで覆われた担架が運ばれていく様子が淡々と映し出されている。ブルーシートは人間の形と分かるように盛り上がっていた。

 「てか犯人、よりによって議会に内通者が居たなんて。この組織大丈夫かなぁ」

 風太は口を尖らせて言った。さすがに非常識な彼も、この場でカップ麺を食うことは謹んでいるが、空腹なのか腹が鳴っている。

 「確かに風太の言う通りだよなぁ。イブの管理職がそんなことしてるなんて、何か大きな裏があっても可笑しくないね。きっと犯人の正体とか大きな秘密を知ってんだろうけど、でも死人に口なしか……」

 くるねは目線を外して吐き捨てた。

 「俺、犯人と入間が許せません」

 命は力強く呟く。

 「入間はイブのトップの癖に無意味な殺戮さつりくを容認し、追い詰められたら自殺。犯人もイブの人間だと考えると、同じ目的を追う仲間を殺すなど、言語道断な奴です……」

 命は早口で言いながらだんだんと視線が下へ下へと下がる。きっと悔しい表情を隠すためだろうと翔吾は思った。

 「命さん、僕たちで何としてでも犯人を捕まえましょう」

 翔吾は命の眼をじっくりと見た。淡い照明に照らされた命の瞳をよく見ると、茶色っぽい紅色に輝いていた。

 「――特別部隊は全員いるか?」

 扉が勢いよく開き、険しい顔の隊員が八人の顔をじっくりと見た。さらに追い打ちを掛けるように大声で話す。

 「一人足りないな。誰か行方は知っているか」

 秀はその隊員の前に行き、説明をする。

 「隊長は現在調査に行っています。そろそろ戻ってくかと――」

 秀が言い終わる前に無駄なく声を被せてくる。

 「すぐに戻らせろ。今から特別部隊と第一部隊一班全員の身柄を拘束する」

 特別部隊と第一部隊の一班。浜松遠征で駅構内を調査したメンバーである。猿田隊員や今見つかった遺体の痕跡から痛烈な疑いを掛けられていると命は思った。同じ組織から疑われるほど、苦しくて痛いものはない。

 「おおい、いきなり何のつもりだよ!」 

 京次郎はおもむろに叫ぶ。

 「駅構内を調査していたお前らが最初に疑われるのは当然だ。決定的な証拠となるDNA鑑定を逃げられると後始末が大変になる。そうなる前に予め身柄を確保しておくだけだ」

 隊員の野太い声は次第に荒々しくなっていく。容赦のない眼差しを向けた後、リーダーと思われる彼の指示で隊員たちが続々と入ってくる。そして特別部隊八人に一人ずつ付き、機械的に連行する。

 「ちょ、ちょ、待ってくれよ。俺とエミリは駅の外に居たぞ!」

 京次郎は泣きそうなエミリを見ながらリーダーの隊員を睨む。

 「存じ上げている。しかし共犯の可能性があり得るので拘束させてもらう」

 人間離れした容赦ない隊員は淡々と語る。

 「京次郎、今は彼らの指示に従おう。抵抗しても無駄だ」

 秀は冷静に声を掛ける。

 「これから、どこに連れて行くんですか!」

 命はリーダーに訊いた。

 「地下牢だ」

 「地下牢!?」

 組織の地下にそんな物騒なものがあったのかと、命は口をあんぐりと開けて驚いた。

 命の腕は隊員の握力によってガッチリと固定されており、振り払おうとしても解ける気配は微塵もなかった。

 しかし、無駄な抵抗はやめるべきだ。突きつけられている現実的な疑いは、膨らみ続けるだけだろう。

 

 

 

 

 

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