第18話 交錯

 「あっちに休憩スペースがあるんで、そこで少し休みましょう」

 ぐったりとした礼を補助しながら米林は前の方を指さした。あと少し歩けばリラックスできる、と思った瞬間、辺りをキョロキョロとしていた数人の隊員がこちらへ走ってくる。

 「特別部隊隊員の九龍瀬丈、右は第一部隊一班の瀬戸川礼ですね?」

 隊員は発信機を片手に険しい顔をしている。

 「どうかしましたか?」

 丈は丁寧に尋ねる。

 「今夜八時にDNA鑑定を行います。それまで地下牢に拘束させて頂きます」

 隊員の声と同時に後ろについていた隊員が丈と礼は静かに取り押さえる。

 丈は大体の内容を察した。アメリカの研究所曰く、アメミットは暗い場所での行動が顕著であるため、ヒトガタに混じるアメミットのDNAも、朝や昼よりも夜の方が現れやすい。その間に逃げられると困るので、密室にに拘束しておくのだと。

 「分かりました。要求を呑みましょう。しかし礼君は今ショックでメンタルをやられている。そこは考慮して頂きたい」

 隊員は黙ってそのまま丈と礼を連行し始めた。

 「あっ……」

 米林は何も言えずにその場にポツンと立ち尽くしていた。


 少し広めの地下牢には特別部隊と第一部隊一班を合計して十六人の隊員が冷たい床にそのまま座っていた。

 牢屋の扉の部分は電子ロックで施錠されている。

 命、翔吾、優の三人は部屋の隅で大人しく座っていた。

 「八時からDNA鑑定、それまで順番に取り調べ。体が持つといいけど……」

 翔吾は締まりそうな胸を抑えた。

 「無理は、するなよ。翔吾」

 命はそう言いながら部屋を見渡した。隊長と礼、滝村はまだ来ていないが、あの時と同じメンバーが座り込んでいる。

 「このDNA鑑定で終わるといいけどね……例外さえ無ければこの中に犯人はいる訳だし。でもそう考えると怖いなぁ……」

 優は小声で言いながら部屋を見渡した。

 命は顔をうずめた。今同じ密室の中に人殺しが居るらしい。そう考えると身がすくんでしまう。例外がなければだけど。

 あれこれ考えている内に施錠がピーという音とと共に外れる音がした。

 間を開けずに、丈と礼は隊員に押されて牢屋に入れられた。その後すぐに施錠がされる。

 「全員揃ったので二十分後に一人づつ順番に取り調べを開始します。勝手な行動は慎むように」

 隊員はそう吐き捨ててスタスタと帰っていった。

 (ん?全員?滝村が居ないじゃないか)

 命はあの隊員の言葉が引っかかった。冷淡な素振りから間違えている訳ではなさそうだ。そして礼は異様にげっそりしている。まさか。

 訊きにくいが、命は礼にこのことを訊いてみることにした。

 「礼」

 命は部屋の隅の空いてい場所に座り込んだ礼に言った。合わせて命も座り込み、目線を合わせた。

 「滝村……は?」

 命は言った。状況から見れば冷蔵庫の遺体は滝村だ。しかし情報だけで信じれないことくらいある。

 「滝村は……死んだよ」

 礼は空気を吐くように呟いた。そう言った瞬間、礼の目から大粒の涙が溢れ出てきた。

 「嘘だろ……」

 命はおもむろにそう呟く。昨日まで元気に生きていたあの人は、今日からはもう動かないらしい。そういう現実は非常に受け止めがたかった。

 その様子を見て、翔吾と優も二人の元に歩いてきた。翔吾と優はだいたいのことを察していた。

 「礼さん……」

 翔吾は小さな声で言う。優は特に言葉を発しずにうつむいていた。

 礼と滝村は同じ高校、同じ部隊で一心同体というような感じで、本当に仲が良かったことは三人は知っている。突然親友を失った礼やるせなさと悔しさ、悲しさを考えると、本当に辛い。

 「許せない。礼、お前の仇は必ず討ってやる。絶対に!」

 命は礼の目を見て強く誓った。閉じ込められているからといって、何もしない訳にはいかない。

 三人は目を合わせて深く頷く。自分達で何か出来ることを探し始めた。


 その後、丈の呼びかけもあってか特別部隊は隠し持ってきた京次郎のパソコンや発信機を扱い、連絡を取り合いながら捜査を進めることにした。

 特別部隊は滝村の遺体の状態を聴いた後、何を捜査するのか話し合うことにした。

 「まず、疑問なのは犯人の動機だ。猿田隊員と滝村隊員に何か共通点はあるだろうか……」

 秀は顎に手を当てながら考えている。

 「共通の顔見知りはかなり膨大な人数いるらしいです。二人とも優秀で慕われていたそうです」

 エミリは第一部隊の知り合いとのトーク画面を見ながら言った。

 翔吾は閃いたように口を開く。

 「動機というより、犯人は見られたくないものでも見られたのかも」

 翔吾の言葉に空気が変わる。

 「ほら、正面からの攻撃で防御損傷がなかったってことは、突発的に襲ったてことも考えられると思うけど……」

 「身内は顔見知り以外の線もあり得るってことか。そもそも犯人はRT菌を所持しているテロリストだからな……」

 京次郎はそう言ってパソコンを開く。

 「京次郎さん。猿田隊員の遺体の写真ってある?」

 命はとっさに訊いた。

 そして命の言葉に答えるように京次郎は猿田の遺体の写真を開いた。

 「――右手。なんか不自然じゃない?」

 命は猿田の遺体の右手を指さす。

 猿田の右手は左手と違い何かを握っていたかのように指がカックリと折れていた。

 「確かに不自然だね」 

 優はそう呟く。

 「よし、ここを解剖班に調べて貰おう。確かこういうのを解析する最新の装置があるらしいしな」

 京次郎はそう言って、発信機を使い連絡を取り始めた。

 (猿田隊員の手が何を握っていたかで、犯人の狙いが分かるかもしれない。しかし滝村に関しては何も見えてこねぇ……)

 命は頭の中で必死に考える。まだ遺体の写真がなく、使える情報は自分の記憶と、丈の証言のみである。


 命の頭の中に記憶が駆け巡る。

 『滝村剛』『礼の親友』『大柄』『薬は人より多め』『ストイック』『人に優しい、自分に厳しい』『深い刺し傷』

 命が滝村と最初に出会ったのは船の中だった。彼は深い居眠りをしていた。入隊試験という大事な日に。

 ストイックな彼が大事な日に居眠りをするだろうか。

 滝村の足元に天然水のペットボトル。空だった。

 睡眠薬が入っており、眠らされていたのだ。恐らく致死量。

 しかし彼は死ななかった。なぜなら薬が効きにくい体質だからだ!


 我にかえった命は、礼にあの日のことを訊くことにした。

 「礼!船の部屋にあった天然水は誰の物だ?どこで買った?」

 「……」

 礼は「ふざけないでくれ」と言わんばかりに黙り込んでいる。

 「これが犯人の手がかりになるかもしれないんだ!」

 「――あれは滝村のだ」

 「買った場所は?」

 「――確か管理塔地上部の店だったはず……」

 どうやら調べてもらう価値はありそうだ。

 それに管理塔地上部の店は胡散臭い店が多い。あくまで仮定だが本土調査がイブの入隊試験だと知っている人間共犯者が天然水に睡眠薬を混入させたのだ。

 それでも滝村は死ななかったので内部に潜む人間犯人が直接手を下したのだ。明確な理由は分からないが、ペットボトルから睡眠薬が検出されれば……。

 「隊長、船で出た空のペットボトルはまだ残っていますか?天然水のペットボトルに睡眠薬が付いているかもしれません」

 命は丈に訊いた。

 「再利用するために本部に持ってくるからまだ残してあるはずだ。一応確認をとる」

 丈は発信機をいじり、鴉山に繫げた。

 「鴉山か、船のプラスチックゴミはまだ保管してあるか?」

 『ああ、今日溶かすらしいけど』

 「天然水の空ペットボトルに睡眠薬が付いている疑いがあるらしい。大変だと思うが分析して欲しい」

 『……分かった。指示を出しておくよ。結果はメールで――』

 丈はやり取りを済ませて通信を切った。

 「時間は掛かるが、分析してもらえることになった」

 「ありがとうございます」

 命は丈に会釈をした。

 内部に潜入し、手を下した人間犯人、管理塔で入隊試験を知る人間共犯者、イブの管理職に席を置く人間内通者

 複数の人間が交錯し絡み合うこのテロは、憶測だが巨大な勢力の影が存在するのかもしれない。

 

 

 

 

 

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