第19話 ダウン
イブ本部の地下にはゴミ処理場があり、プラスチックゴミは再利用するために一時的に同じ場所に集められる。ペットボトルに染みついたジュースのニオイが混じり、やや気持ち悪い空気である。
「八月一日、船で捨てられたペットボトルはこちらになります」
黒く汚れた帽子を被った処理場のスタッフが、鴉山の指示を受けて駆けつけた第二部隊の隊員たちを案内した。
千夏、駿介、隆太の眼前には巨大な袋に空のペットボトルが限界まで詰め込まれ、膨れ上がっていた。そのさまは解像度を落としたダイアモンドに交じる幾千ものの宝石だった。
「嘘、これ全部仕分けするのかよ……」
隆太は口を抑えてため息をつく。目の前の山に圧倒されてしまっている。
「とはいえ、時間はあまり無い。次の犯行計画もあると聞いている。何が起きるか分からないからな」
駿介は静謐な手つきで黒い手袋を身に着けた。
「よーし、まずは中身取り出すぞー」
先輩隊員はもう袋を開封する準備をし、せかせかと体を動かしている。
三人も足早にそこへ駆け寄った。
獄中の特別部隊一行はとりあえず連絡待ちということでややリラックスした様子であるが、各々メッセージのやり取りを行っている。
秀はもしもアメミットが現れた時のために、改造した小型アクの手入れを背を向けて行っている。
途中、京次郎の発信機がバッテリー切れで息絶えてしまったが、貝塚が良心で貸してくれた発信機で、今後の連絡もなんとかなっている手筈だ。
時折取り調べの呼び出しに来る隊員に目をやりながら、とにかく慎重に事を進める。
少し経ってからパソコンの通知がピコーンと鳴り、通知には『Re:解剖班』とある。
「解剖班から捜査依頼してた内容が届いたぞ」
京次郎は呼びかけた。
話し合っていた命と秀が京次郎の元に行き、パソコンの画面を見る。
「手が何を握っていたか解析してくれたようだよ」
添付ファイルには猿田のこわばった手が映されていた。明らかに何かを握っていたような形である。
「――どうやら小型の電波遮断機を握っていたらしい」
写真にはCGで電波発信機の形が再現されており、さらにその下には製品の写真が載っていた。通販サイトのスクリーンショットであった。
「どうやらかなり高性能な代物だな。当然だがイブの支給品にもこんな物はない」
秀は画面を見てそう言った。
「でも迷うのが、何で猿田さんは電波遮断機を持ってたのかってことなんだけどね……」
京次郎は顔をしかめながら頭を掻いた。
「口封じですよ」
命はバッサリとした口調で切り出した。秀と京次郎の目線は命の方へとすぐさま向けられた。命は話し続ける。
「この時、僕たちは奇形アメミットをまくために分裂していました。その時たまたま猿田隊員が電波遮断機を拾ってしまった。そこを犯人と鉢合わせてしまい、即刻殺されてしまった……」
「入間議長が口にしていた『あるミス』ってのは、このことですかね」
京次郎は思い出しながら喋る。
「そう考えれば、辻褄が合うな。しかし犯人はなぜこんな物を……」
秀にはまた疑問を抱えた表情が舞い戻ってくる。電波遮断機が使われた功績など、どこにもなかったはずだ。
その時、京次郎はハッとした顔で手をパチンと叩き合わせた。何か思い出したのかもしれない。
「電波の乱れが直ったってエミリが駅にいる隊員に連絡した時がありましたよね?」
「あったな、遠征の時だよな」
秀は相槌を打った。
「あの時、まだガレキに風穴は空いてなかったんすよ!完全にガレキのせいかと思ってたんすけど」
京次郎は記憶の中を荒々しく探し回った。
ガレキに風穴が空いてないのにも関わらず突如、通信が復活。さらにパソコンに表示された電波を表すマークも突然息を吹き替えした。
「もしかすると!」
京次郎はパソコンのウィンドウを一旦どかし、さらに設定画面を開き、通信履歴の一覧を開いた。その中に明らかに覚えのない履歴が残されていた。
【不明な電波を取得しました。】
という文の横には遠征の日の日付、そしてちょうど電波が繋がらなくなり焦燥にかられていたぐらいの時間が示されていた。
「やっぱり……コイツのせいだったのか」
京次郎は呟いた。命と秀も、緊張した表情を浮かべている。
京次郎は目の焦点が合わなくなってしまっていたせいか、横に置いてあった自分の筆箱の中身をぶちまけてしまった。使い古されたジャーペンやボールペンがゴロゴロと散らばった。
「ん?あ、忘れてた……」
京次郎はその中に埋もれていた白いUSBメモリを手に取り、礼の座っているところへ向かった。
「これ、君の?部屋に忘れてあったぜ」
京次郎は礼にUSBメモリを差し出す。礼は風のようにそのUSBを受けとった。
「あ、ありがとうございます」
礼はぎこちない口調でそう言った。終始ムッとした表情で、焦りや不安も奥に隠されているようだった。まだ、ショックは癒えないようである。
「京次郎さんどうしたんですか」
命は訊いた。
「ああ、昨日君らが解剖室に行ってるときに瀬戸川君が俺らの部屋に来たんだよ。その時の忘れ物だよ」
京次郎は軽く説明した。
命はもうすぐ十八時になりそうな部屋内のデジタル時計を眺めた。早朝からせかされ、閉じ込められ、頭を回転させて連絡を取り合っているうちにこの様である。DNA鑑定まであと二時間。二時間の辛抱でここから開放され、証拠や事実とか全部とっぱらってここにいる全員の無実が証明されて欲しい、そんな夢のような淡い期待を抱いていた。
そして時計は静かに十八時を指した。
【18:00:00】
爆発音のような音を立て、瞬間的にイブ本部の明かりが全てかき消された。広大な本部全体の明かりが一斉に失われたのにも関わらず、一秒もかからないほど一瞬であった。
「なんだ!」
「停電?」
窓明かりが一切ない地下牢は虚空の闇に包まれた。慣れない目を動かして懐中電灯を見つけて点灯させる。
「全員居るか」
蟲部は周辺を照らし、確認をする。
特別部隊も、蟲部が照らす懐中電灯を頼りに灯りをつけたり、点呼をした。
そうこうしている内に突然非常ベルが鳴り響いた。その轟音は耳の鼓膜を破る勢いだった。
「なにが起こっているんだ!」
非常ベルが鳴るという事は完全なる異常事態であることは間違いない。
「で、出ましょう」
礼は喉の奥からそう呼びかける。弱々しい声だった。
「爆発音がしました……ここに居たら危険かもしれない……」
さらに続けて言った。
秀はいち早く牢屋出入り口を開けようとするも、施錠されていてビクともしない。
「仕方ない、皆さん下がってて下さい」
秀はそう言うと持ち込んでおいた小型アクを構えた。標準は当然施錠された部分だった。アクはアメミットを殺すだけでなく、高威力の飛び道具としても使える。その代わり被弾部分の周りは液体で散らかることになるが。
秀は分解液弾を施錠部分に打ち込んだ。その瞬間に施錠は解除され出入り口も半壊、床には分解液がぶち撒けられた。
「出ましょう!」
秀はその場から一旦引いて誘導する。二人ずつ出入口から速やかに出ていった。分解液の水たまりが隊員たちの足によって飛沫を散らしている。
最後に出るのは命と秀になった。しかし後ろには礼が取り残されていた。よく見えないが、唇を震わせて怖気づいているように見えた。一歩を踏み出す気配はまるでない様であった。
「礼!」
命は手を差し伸べる。
「あ……」
「言い出しっぺは許さないからな」
命は強い言葉を発しながらもう一度手を差し伸べる。礼はゆっくりとこちらへ歩いてきた。命は礼を勢いよく引っ張り出した。
乱立する牢屋を尻目に地上へと繋がるエレベーターまでひたすら走った。牢屋は走馬灯のように回転しているように見える。
空間には切れそうな息が反響し、六分の焦りと四分の恐怖が交互に折り重ねられるたびに、目の下あたりがじんじんと熱くなっていくのを感じた。
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