第16話 内通者
解剖室前で待っていた命、翔吾、優のもとに秀、エミリが集まり、続いてくるね、そして丈が集まった。風太と京次郎は特別部隊の部屋にて普段の監視の仕事をしている。
「よし、集まったな」
丈がかっきりとした声で言う。
「聴き込みで何か得られたことはあるか?」
丈がそう言うと礼と滝村の話をまとめて命は答えた。
「猿田隊員と貝塚隊員は確かに不仲だったそうです。しかし、殺害に至るまでには無理があるとのことです」
さらに続いてくるねが答えた。
「僕らも同じような印象でしたね。ついでに貝塚の取り調べが行われている部屋も見に行ったんですが、貝塚は依然として容疑を否認し続けていました」
秀がそう言ってくるねはこくこくと頷いた。
そして丈は薄っぺらい紙を懐から取り出しながら
「やはり貝塚の犯行には無理がありそうだな。じゃあ今から解剖室に入り、猿田の遺体を検証しよう」
と言った。
丈は扉を二回叩き、解剖室の扉を開けた。その扉が開いた瞬間、薬品の匂いや防腐剤、ホルマリンやらなにやら複雑に絡み合った薬品たちの匂いが吹き込んできた。
「ちょ、何勝手に入って」
解剖班の一人が姿勢を起こして口を尖らせた。その口は腹話術人形のようにパクパクとした滑稽な様であった。
「ノックはしましたが」
丈はさらりと返答する。
「いや困りますよ、特部が解剖室なんかに入ってきたら――」
「
そう言って丈は紙を印籠のように見せつける。【調査介入許可証】という紙の下部には【平宮】という認め印が鮮やかに押されていた。
「はぁ……」
と言って彼は道を開け、その間からすり抜けるように丈は解剖室の中へと入っていった。
「君たちも入るぞ」
秀はあとの四人に呼びかけ、解剖室へと足を踏みいれた。
解剖室の中には大量の棚に、大量の試験管や薬品の瓶、ステンレス製の台の上にはメスなどの清明な解剖道具が並んでいた。
特別部隊が入ってきて解剖班の人間たちはおどおどし始める。
そんな中、塩村は目をしかめて丈を問い詰める。彼の動きもまた、腹話術人間のようである。
「何のつもりだ」
「塩村さん。これは正当な調査です。口を挟むのであれば、頼れる助言にして頂きたい」
丈は口元をくいと上げながら答え、調査介入許可証をひらりと見せる。
「遺体はもうすぐ処理する。やるなら早くしろ」
塩村は拗ねるように唇を噛んだ。
特別部隊たちが進んだ先は猿田の遺体が安置されている安置室だった。
猿田の遺体は解剖台の上に、仰向けで眠っていた。上半身は裸であり、生前の鮮やかで血色の良い肌はそこにはなく、身体全体は青っぽい色に変わっていた。
特別部隊たちは遺体に合掌してから、遺体を囲み、じっくりと目を凝らした。
塩村は近くに置いてあった書類を懐に隠した後、背伸びをしながらガラス越しに様子を眺めている。
「ひどい傷ね……」
エミリは口を覆って呟いた。
優も苦い表情で、
「アメミットの爪でバッサリ……」
とやるせなく呟く。
猿田の遺体は爪で裂かれた場所以外は割と綺麗であった。そこに、丈は疑問を持った。
「損傷、防御損傷が一切ないな」
と丈は静かに言った。
「防御損傷?」
翔吾はポロリと呟く。
「凶器による攻撃に対して抵抗した際にできる、傷のことだよ」
命は翔吾に丁寧に答えた。翔吾はふむふむと頷いた。
「僕はこの前、西江亮二を含む三人の遺体の写真を見させてもらったのだが、その防御損傷が大量に確認できましたよ」
秀は前回の事例と合わせて助言を提示した。
「仮に貝塚隊員が小型アメミットを出現させ、襲わせたのだとしたら防御損傷ができますよね。傷の位置的に真正面から襲われたでしょうし、不意打ちであったとしても出会い頭でない限りできると思います」
優が冷静にそう発言した後、エミリは閃いたように話し始める。
「じゃあ、防御損傷ができにくくなる場合は身内に不意打ちされた時ですよね。ってことは猿田隊員は顔見知りに襲われたのです!」
エミリは思わず叫んだ。
「顔見知り、つまり人間。人間の皮を被ったアメミット。つまり、猿田隊員を殺したのは、ヒトガタ……」
命は目を見開き、重々しく言い放った。その言葉に場の空気は一変し、背筋がズケズケと凍りついていった。
「あ、いや、でもヒトガタってアメミットに化けれるんでしょ?それなら普通のアメミットに襲われたのと同じじゃない!?それに、それなら貝塚でも犯行は可能だよ?」
くるねは跳ねるように反論した。防御損傷がないとはいえ、猿田の身内がヒトガタであることは考えすぎかもしれない。
すると秀は思い出したかのように早口になって話し始める。
「いや、アメリカの研究機関によると、ヒトガタは部分的にも変化できるらしい。今回のケースであれば手のみを変化させれたなら、猿田隊員が誤って抵抗できなかった可能性もあり得る。また貝塚がヒトガタでだとするのなら、DNA鑑定でヒトとアメミットの混合DNAが検出されるはず!」
「秀、第二部隊の科学班によるとDNA鑑定の結果はもう出ている。話の流れで訊いておいて正解だったな」
丈はタブレット端末のデータフォルダーを開き、鑑定結果が印刷されたプリントの写真を見せた。
【貝塚新のDNA鑑定結果】とあるプリントには細かい字で貝塚も情報が打ち込まれている。一番下の【Ahemait】の欄は【0】と記されていた。
「あ!てことは、貝塚はヒトガタでもなく、犯人でもありませんね!」
翔吾の顔からは笑顔が浮かんでいた。
命はここまでの証拠や結果が出ているのにも関わらず、貝塚を犯人にしようとした解剖班を問い詰めようと、塩村の前に詰め寄った。
「何であなたがた解剖班は貝塚隊員を犯人にしようとしているんだ?」
命の言葉に動揺しながら
「し、知らなかったんだ。DNAの鑑定なんて!」
と返した。
さらに丈もその場に詰め寄った。
「DNAの鑑定結果を、なぜ解剖班チーフであるあなたが知らないんですか?科学班は鑑定結果を解剖班に送信したと、言っていましたが」
「……」
塩村は下を向いて黙り込んだ。
そして命は、塩村の懐をあさりプリントを取り上げ、グチャグチャの折り目を解いて広げてみせた。
プリントは紛れもなく貝塚のDNA鑑定結果であった。
「どういうことか、説明して下さい」
命は厳しい眼差しで塩村を揺さぶった。
しばらく真っ白な沈黙が続いた後、塩村は口を割り始めた。涙ぐんだ目をキョロキョロ動かしながら。
「俺は、お、脅されてだんだ!」
遠征帰還後の夜、塩村は十三人の議長の一人である
「えー、ご要件とは何でしょうか?」
塩村は革製の高級な椅子にどっしりと座る入間に訊いた。
「猿田頼彦を殺した犯人がな、ちょっとしたミスをしてしまってな。そのミスがなければ彼を殺す必要はなかったらしいんだ」
入間の意味不明な言葉に、塩村は思わず「え?」と漏らす。
入間は前のめりになり、さらに言葉を浴びせる。
「有能なテロリストであれ、ミスは仕方ないと思う。しかし、
入間の毒のような言葉の雨に、塩村の口は飛び跳ねた。
「ちょちょ、待って下さい!全然何が何だか理解できませんし、それ以前に殺人犯を
塩村は早口で話した後、入間は動じることなくゆっくりと話し出す。
「君には大切な家族がいるね?そして、部下もたくさん持っている。君の
入間は顔に影を宿して語気を強めた。
塩村の拍動は呼吸に合わせて徐々に引き締まっていく。殺人犯を幇助する訳にも行かない、しかしやらなければ家族や部下が死ぬかもしれない。恐怖の二択を目の前に突きつけられていた。
「だから!だから仕方なくやったんだよ!こんな事、やりたくないのに!」
塩村は凹凸の激しくなった荒い声を上げ、そのままガックリと座り込んでしまった。その様子を、彼の部下たちが静かに眺めていた。
「……それは、気の毒だったな。とりあえず君は安全を確保しよう。相手は自分のミスを隠すために平気で人を殺す人間だからな」
丈は塩村に手を差し伸べた。その手に掴まり、塩村はゆっくりと立ち上がる。
命は怒りをあらわにした表情で、そのまま解剖室の扉に向かおうとした。
「命!どこ行くの?」
優は安置室から飛び出した。命は足を止めて答える。
「その入間って奴の口を割らせてやるんだよ。どうも腹の虫が収まらないんだ」
「待て、そこへは後でこの六人で向かおう。一人では危険かもしれない」
秀の言葉に命はぐっとこらえるようにしてスタスタと戻ってきた。
「よし、じゃあ命と翔吾、優はこのことを編集部に伝えてくれ。エミリは待機中の二人に報告を。私と秀で猿田の遺体の写真、菌入りの注射器を回収する。終わり次第、入間議長の部屋に向かうぞ!」
丈のその言葉に、五人は威勢良く「はい!」と返事をした。
しばらくして、特別部隊の六人は入間の自室で塩村の証言の一切を話し、口を割らせることにした。
「私は何も知らん!」
入間はふんぞり返って何も話そうとせずに、眉間に皺をよせていた。
「あんたのせいで人が亡くなってるんだぞ!何とか言えよ!」
命は入間の胸ぐらを片手で掴み、激昂する。秀は命を、静かに諭すように抑えた。
「入間議長。現にあなたの名前が隊員から挙がっています。これ以上被害者出すわけにはいきません。知らないなら、知らないなりの根拠や、あなたの関係者の証言を提示して下さい」
丈の冷静沈着な言葉にも「知らん!帰れ!」と怒鳴り散らす。丈はさらに言葉を連ねる。
「入間議長。これ以上黙秘を続けるようであれば、こちらも強行手段を行使せざるを得ませんよ?」
「……」
垂れ下がった目を細くして
「ちょっと!何とか喋りなさいよ!アンタそれでもイブの首脳陣なの!?アンタみたいな犯罪者に、命令される筋合いなんてないわよ!隠し事なんてすぐにバ――」
「ああああああ!」
優の声に被せるように、入間は叫びながらデスクの引き出しからナイフを取り出した。そしてそのまま立ち上がり、後ろによろめきながら三歩ほど下がる。
六人は豹変した入間に肝を抜かれた。
「や、やめろ!」
命と秀、丈は彼を挟み込むように止めようとするも、遅かった。
「あっ!!」
入間はナイフど自分の首を力任せに切り裂いた。首の刺し傷からはドロドロの不潔な血がブシャアと吹き出してくる。入間はその場にバッタリと倒れてしまった。
「早く応急処置を!死なれたら困る!」
秀は立ち尽くす後の三人に呼びかけた。命はデスクにあったハンカチで入間の首を圧迫する。ハンカチの色はまたたく間に紅色に染まっていった。
その後、遠征時に駅構内にいた十八人のDNA鑑定の手続きやら、塩村の取り調べやら調査やらでイブの職員はほぼ全員徹夜することになり、気がつけば朝の五時を回っていたという人が多かった。
朝五時ごろにはイブの食堂にて朝食の準備が始まる。食堂の片側の壁は全面窓になっており、そこから見える中型の樹木を手前に、
『食堂のおばちゃん』と呼ばれる人はいつも朝早くからテキパキと調理を始めるのである。
おばちゃんは鼻歌を歌いながらいつも通り食材が保管されている業務用冷蔵庫を開けた。
「きゃああああ!」
おばちゃんは腰を抜かして転倒してしまった。悲鳴は誰もいない食堂全体に響いた。
その冷蔵庫の中には顔面蒼白の大柄な男の死体が無理やり押し込まれていた。
冷えている制服の襟の刺繍には【TAKIMURA】とあったのだった。
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