第15話 調査

 命は歩きながら考えた。本当に彼はテロリストなのか。そもそも私怨でアメミットを出現させて殺させるのもおかしな話ではあるし、そもそも生身のRT菌をどこで入手したのか。


 案の定、貝塚の部屋カプセルがある場所には立ち入り禁止のテープが貼られており、解剖班は物々しい純白の防護服を着て作業をしていた。

 テープの外側の少し離れた場所では編集部の中川と内藤がその様子を見守っていた。命はその横に立ち、せわしない様子を見守ることにした。

 「今のところまだ何も出てないですね」

 解剖班の一人が塩村に言った。部屋カプセルの中にあるのは貝塚の黒いリュックサックだけになった。

 「これが怪しい。慎重に出すぞ」

 塩村はまるで赤ん坊を扱うかのようにリュックサックを部屋カプセルの中から出し始めた。布団とリュックの生地が擦れ合う何気ない音は、解剖班たちの耳の鼓膜と、全身の神経を刺激した。

 「よし、開けるぞ」

 塩村は呼びかけた。とりあえずリュックを床に置き、何かあったときのために周囲の隊員は爆弾を冷凍処理するための液体窒素や、空気を入れ替える装置などを万全の状態にした。

 塩村はゆっくりとチャックを開けた。黒いレールを走りながら口が徐々に空いていく。

 そして開ききった口を広げて中を覗き込んだ。

 「こっ!これは!」

 塩村の手によって一本の針の折れた注射器が黒いベールを脱いで現れた。注射器の中には赤黒い液体が少量残っており、無性に生々しいものがあった。

 「血液、ですかね……?」

 解剖班の一人が訊いた。

 「いや、血液だとしたらとっくに固まっているはずだ」

 「そう考えると、まさか生のRT菌!」

 「ああ、おそらく。こんな色をしていたとはな」

 塩村は部下が持っているポリ袋に注射器を入れた。

 「この液体を調べよう。これがRT菌だとしたら猿田隊員の傷口から採取された粘膜の情報と一致するはずだ」

 解剖班はカプセルブースから出て、撤収の準備を始めた。

 「あの、何か見つかりましたか?」

 ペンと手帳を握りながら待ち構えていた内藤はすぐさま解剖班に訊いた。

 「今は何とも言えないです。すみません」

 塩村は適当にそう返した。

 「中川さん。あれは何か見つかった反応ですね」

 内藤は中川に耳打ちをした。中川もそれを見切ったのか得意げな顔でうなずいている。

 命もこの二人に同感だった。解剖班はやけに丁重な動きで作業をしていたからである。何か危険物が見つからない限り、このような滑稽に見える動きはしないだろう。

 「犯人は貝塚新で決まりだな」

 中川はそう言ってペンを走らせた。


 命は部屋に戻り、特別部隊に出来事を伝えた。

 特別部隊は中央の長テーブルを囲いながら命の話を聴いた。

 「解剖班の様子から見て、貝塚隊員の私物から何か見つかったみたいです」

 「見つかったのか。会議中の証言から始まったものの、ずいぶんと出来た話だな」

 丈はそう返した。丈も何か違和感を感じているらしい。

 「そもそも、動機が不十分ですよね。『不仲だったー』なんて言われてもね――」

 風太は珍しく冷静な態度で返した。

 「とりあえず具体的にどのように不仲だっのかってのを聴き込んだほうが良さそうだな」

 京次郎は納得したように強い口調で言った。それと同時にパソコンに高速でメモ打っている。

 「それに、猿田隊員を襲ったアメミットはどこに消えたんでしょうか?事後調査でも二階には一匹も居なかったんですよね」

 エミリは言った。よく考えてみれば猿田を襲ったアメミットは誰にも確認されておらず、出入り口も塞がっているに等しい状態だったので外に逃げたとも考えにくい。エミリの着眼点に八人は納得させられた。

 「しかし、編集部や解剖班は何であんなに焦ってるんですかね」

 翔吾はポロリと呟いた。

 「確か解剖班や編集部はあくまでバイトだから、コインが貰えないんだよ」

 優は翔吾にそう返した。

 「コイン?」

 「イブ内の通貨よ。衣食住は無償で提供されるけど、食に関しては赤字になりかねないからコイン制になってるんだと思う。今回は遠征があったからいつもより多めに貰えるはずよ」

 優が話し終わるとくるねが口を挟む。

 「そのコインが貰えないって理由で仕事サボるとか、しっかりして欲しいよ全く」

 さらに風太が口を挟む。

 「まあそもそも今まで俺らもサボってたようなもんだけどな!」

 くるねは笑いながらさらに口を挟む。

 「ウチラはもともとコインの給与少なかったでしょ。それ――」

 「はい話逸れたね。雑談はこれくらいにして、聴き込みを始めよう。周りは完全に貝塚を犯人にしようとしている。私たちが疑いを持って動かなければ、何も始まらないぞ」

 丈は手を叩いて話を無理矢理終わらせた。


 命、翔吾、優の三人は手始めに質問しやすい礼と滝村に聴き込むことにした。

 第一部隊は体育館のような室内訓練場で対人訓練やら色々と忙しそうに訓練に励んでいた。訓練場の前にはイブのロゴが描かれた旗が画鋲で留められている。

 「ほら!来いよ礼!」

 礼は滝村に拳を突き立てる。勢いの良さに思わず大柄な滝村もよろける。

 次の瞬間、滝村は礼を足で引っ掛けてバタンと倒した。礼は悔しそうに唇を噛んでいる。

 「お、命たちだ。きりがいいし少し休憩するか」

 「ああ」

 滝村がそう言うと礼は快く承諾した。

 礼と滝村は、三人が立っている訓練場の隅まで歩いた。礼はタオルで汗を拭きながら脱力している。

 「どうした、命」

 礼は命に尋ねた。

 「お疲れ、ちょっと猿田隊員と貝塚隊員のことで訊きたいことがあって来たんだ」

 「ああ、なるほど」

 礼は口元を触りながら言った。

 命たちは何かしら思い当たる節があるのではと思った。

 「うーん、まああまり仲は良くなかったね」

 礼はそう答えた。

 「四六時中言い争いしてたような気がするな。まだ配属されてからあまり時間が経ってないから分からないけど。俺は貝塚さんが犯人なのは納得できないな」

 「どうして?」

 滝村の言葉に翔吾がつっかかった。すると滝村は神妙な表情で考えながら言った。

 「言い争いつってもよ、他愛のない内容だし、それに遠征中に個人的な恨みで人なんか殺すかよ普通」

 「まあ確かに、言われてみれば不自然だよね」

 優は、命と翔吾に納得したような表情で言った。

 「とはいえ、彼が犯人かもしれないことも否定できない。本当にやってないなら動揺せずに冷静な対応を取ればいいのに」

 礼は対になる仮定を立てた。

 「まあ、会議のときに礼に手を出したのは良くないよな」

 滝村は少し誇らしげにそう言った。親友を無意味な暴力から守れたという優越感があるのだろう。 

 すると滝村は思い出したようにジャージのズボンのポケットをまさぐる。

 「あれ、おかしいな」

 「ここに入れといたハズなんだけど……」

 荒々しくポケットや周囲を探していたところ、後ろから一人の隊員が滝村に声を掛けてきた。

 「滝村、薬落ちてたぞ。お前のだろ?」

 隊員は錠剤の入った小瓶を渡した。

 「あ、ありがとう風松かぜまつ

 滝村は小瓶から錠剤を五粒取り出し、それらをゴクリと飲み込む。

 「その薬、いつも飲んでるの?」

 翔吾が尋ねた。  

 「ああ、毎日昼に飲むんだよ」

 「てか、その薬十五歳から二十歳は二粒って書いてあるけど大丈夫なのか?」

 命はそう言って小瓶に貼られたラベルの説明書きを見た。

 「ああ、俺薬が効きにくい体質らしいから、医者から少し多めに飲めって言われてるんだ。毎朝しっかり早起きして頭を回転させてるんだけど、どうも記憶力が……」

 滝村はあくびをしながら言った。彼の精錬された肉体は、日々のストイックな規則正しい生活から生み出されているらしい。

 それから礼と滝村は訓練を再開し、三人も訓練場を後にした。


 「確かに、剛の言うように動機として足りないところはあるよね」

 優は二人にそう言う。

 三人は廊下を歩きながら礼と滝村の話をまとめる。 

 「遠征中にアメミットに襲わせるのもリスクが伴う。貝塚隊員のようないい加減そうな人がこんな手の込んだマネはしない」

 命は深い顔つきでそう言った。翔吾と優も頷き、不自然な点については納得しているようである。

 三人は次の場所へと向かった。

 解剖室の周辺で他のメンバーと合流する流れになっている。

 解剖室の扉の向こう側はずっしりと重たい空気が漂っているように感じた。

 

 

 

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