第8話 特別部隊
ずっしりと重くなった瞼を開けると、青い光が目に差し込んできた。
命は仰向けの状態で首を回してあたりを見る。前には中くらいのスクリーンがイブの本部の至るところを映している。またパソコンがいくつか置かれており、その周りには私物の本だとか、CDだとか、あるいはメイク道具だとかが無造作に散乱している。今は自分以外に誰もいないのだろうか。
「あ…。ここは?」
と命は目を擦りながら上半身を起こした。いつの間にか知らない部屋の長椅子で寝てしまっていたのだ。
「あ!気がついた?」
「命さん大丈夫?」
そこには優と翔吾が座っていた。優は操作していたパソコンを閉じて命に話しかける。
「アンタね、無理して組手なんかするから気絶しちゃうのよ。私とこの子に感謝しなさいよね」
と言いながら翔吾の肩に手を乗せた。
「そういえば名前を訊いてなかった。なんていうんですか?」
と翔吾が優に訊いた。
「ああ私?
優は白い歯を光らせて言った。
「七針…?」
と命は口を半開きにする。それに合わせて瞳孔がまじまじと広がる。
「何?私の苗字そんなに変?」
「あ…。いや、なんでもない」
とその時、後ろから扉が開く。軽々しい足音がこっちに向かってくる。
「只今戻りましたー。ん?誰それ?」
と片手にカップ麺が二つ入ったビニール袋を下げたチリチリ髪の若者が言った。
「あ、
と優は言った。
「珍しいなぁお前が男を連れ込むなんて。そっちの長椅子の方、なかなかいい男じゃないか」
と風太はそう言いながら近づいてくる。近くでよく見ると割と小柄な男だった。
「だから!そんなんじゃないって」
「いやいや、十七にもなって初恋すらしてないんでしょ?そりゃ俺だって心配になるって」
と取り乱す優に風太は言う。
「え?七針さん十七歳なんですか?なのになんでこんなに慣れた感じで――」
と翔吾が優に訊いた。
「ああ、私ね、年齢偽って十六歳で入隊したの。でもそれがバレてこの部隊に降ろされちゃったんだ。でもバレた時はもう十七だったから融通きいたのかもね」
と優は説明した。
「で、それで何で男連れ込んだの?」
と風太が口を挟むように優に言った。
「この子訓練の組手で無理しちゃって、それで気絶しちゃったから休ませていたの。でその連れ込むって言い方やめてよね」
「はーん。まあゆっくりしてけよ」
と風太は言うと奥の自分のデスクの前に向った。たまたま置いてあったポットを手に取り、カップ麺を作り始めた。
「あの、この部屋って」
と命は優に訊いた。いつの間にかここに居たし、いきなりちゃらんぽらんな男が入ってくるなり変な会話をするし、頭が追いついていない。
「ここは『特別部隊』の部屋よ。名前はカッコイイけど他の部隊からは『イブのゴミ箱』って呼ばれているわ。まあいわゆる窓際部署ってやつ。クビにならない範囲で何かしらやらかした人が集められて仕事してるの」
と優は言った。とてもネガティブなこと話しているのにも関わらず優は笑顔だ。
「で、どんな仕事をしてるかっていうと、施設内の監視とか掃除とか物品の管理とか!まあ雑用ね」
「ってことはあの人も何かやらかしたんですか?」
と翔吾は真面目な顔で優に訊いた。翔吾は訊きにくい話題も偽りのない純粋な顔で質問する。
「風太はもともと第二部隊に居たんだけど、上官のミスを指摘して喧嘩になってここに降ろされたの。詳しくは知らないけどみんな似たような理由よ」
優のその言葉を聞いた時、命は何か感じるものがあった。また世の中の汚い部分を覗いてしまったみたいに。
「だから性別も年齢もバラバラだけど、仲良くやってるわ」
そしてまた後ろの扉が開き、パラパラと足音が耳に飛び込んできた。個性的な五人の男女が食べ物が入ったビニール袋を持って入ってきた。
「おい凪井!カップ麺は一人一個までって言っただろ!」
と三十代後半くらいの男が言った。風太は驚いたのかお湯を注いでいたポットが手から離れ、お湯が手や体に飛び散る。
「アッチィィィ!驚かせないで下さいよ隊長」
と風太は声を上げる。
「全く。また馬鹿な真似を」
隊長の横に居た清楚で整った眼鏡の男は、いつの間にか風太の横に立っており、カップ麺を一つ取り上げる。
「あぁ!俺のカップ麺!」
「ここの非常食にさせてもらうぞ」
子供のように慌てる風太を静止しながら眼鏡の男は容赦なくカップ麺を没収した。
「おい!俺のパソコンまでお湯飛び散ってんじゃねぇか!」
と追い打ちをかけるようにまた別の男が言った。男はパソコンの舐め回すように動作確認を始める。キーボードのガチャガチャした音が騒がしくなっていく。
「おい……。右の矢印キーがバグってんじゃねぇかよ!どうしてくれるんだ!」
と頭をか抱えて青ざめていく。
「中古のキーボードにマジなっちゃって、やっぱ
「うるせえ!」と言わんばかりに白浪は風太にチョップをする。そしてそれを遠目で見る金髪の女と小柄で可愛らしい少女が話している。
「うるさいなぁ……。」
と金髪の女は言う。
「えへへ。まあいいじゃないですか」
と苦笑いしながら少女は言う。
「なんかすごく騒がしいですね」
翔吾も苦笑いしながら呟いた。
「い、いつもこんな感じだよ」
優も苦笑いしながら言う。そしてその中で命は一人で考えごとをしていた。この出来たての虹のように騒がしい部屋の中で命は優の言葉を思い出す。
『上官のミスを指摘して喧嘩になってここに降ろされたの。詳しくは知らないけどみんな似たような理由よ』
命はここに居る人たちは自分の世界があるように思えた。自分より目上だろうと媚びることもなく、自分の意見を偽ることなく真っ向から伝える。悪く言えば自分勝手なのかもしれないが、個性のない、もしくは捨ててしまう人間が多い世の中でこのような振る舞いが出来る人この人たちについていきたいと思った。今この部隊は周囲から揶揄されているが、この人たちとならきっと組織を良い方向に変えていけるだろう。
さらに命は誰かが言っていた言葉を思い出す。
『自分を捨てるな。流されずに自分らしく生きろ。そして優しさを忘れるなよ』
「翔吾。俺、特別部隊に入るよ」
「え!?」
「この人たちについていきたいんだ」
命の表情は次第に晴れやかになっていく。自分が求めているような世界を見つけたからだ。
「命さん、僕も今それを言おうと思ってたんだ」
翔吾も覚悟を決めた凛々しい顔つきでそう言った。
「ねぇ!嬉しそうな顔して何話してるの?」
と優が首をかしげて覗き込んできた。
「俺たち、特別部隊に入ろうと思うんだ」
と命は言った。
「マジで!?やったぁ!」
と優は両手を上げて喜んだ。窓際部署に自分らから入るという異常な行為にも関わらず何故か無垢な笑顔を浮かべて喜んでいる。
「――ごめんごめん!こっちの話。君たち以外だったら断ってたよ。でも大丈夫!これからよろしくね」
と優は何か目的でも達成したかのように強い表情になった。何かを固く心に誓ったように。
翌日、命と翔吾は斯波に転入届を提出しに行った。もちろん周囲からは、自ら『イブのゴミ箱』に入ってので白い目で見られたが、二人の強気な表情をその目に映せば、誰も何も言わなくなっていった。
その後、二人は一足早くイブの制服や武器が支給された。白色のジャンバーと薄茶色のジーパン。ジャンバーには赤いイブのロゴがプリントされている。また制服の下には最新技術を駆使して作られた【薄型汎用防御スーツ】の着用が義務付けられている。硬いシュノーケリングスーツのような下着であり、これを着ることによって銃弾から身を守れたり、自動体温調節機能によって極地でも適応できるなど薄型ながらも大変優れている。
さらに携帯発信機やショットガンの形をした対アメミット用の武器であるアク。対人用のハンドガンなど一色が支給された。
特別部隊の部屋に入り横の手書きのメンバー表に名前を書き加えた。どの書面よりも丁寧かつ優雅な字で書いた。
「よし、新入りが入ったということで、自己紹介をするとしよう。全員集合してくれ」
特別部隊の九人はデスクの前の椅子や長椅子を集めて円を作り、お互いの顔を見合わせた。
「よし、準備はよさそうだな。私はこの特別部隊の隊長の
「えー、私は
と言いながら秀は指で眼鏡をくいと上げた。
「俺は
京次郎はまだ右矢印キーのことを根に持っているのか声のトーンが昨日より少し低い。
「俺は凪井風太。特に言うことはねぇ!」
とチリチリ髪をイジりながら言う。
「『迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いします』だろ?私は
そう言って隣の小柄な少女と肩を組んだ。
「わっ、私は
とエミリはしどろもどろになって言った。どうやらくるねと仲が良いようだ。
「私は七針優。同い年の子が二人も入ってきてくれて嬉しいです」
と優は少し照れくさそうに言った。風太は何故か終始ニヤニヤしている。
「僕は相馬翔吾です。えー、不慣れで足を引っ張るかもしれないですが、ど、どうかよろしくお願いします」
と少し震えながら言った。
「僕は羽月命です。アメミットを世界から根絶してやりたいです。出来ることは少ないかもしれませんが精一杯やります。よろしくお願いします!」
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