第9話 直談判
しばらくして、各部隊では実技試験の合格者が発表された。合格し声を上げて喜ぶ者の感情や、不合格で俯いて肩を落とす者の感情が混じり合い、会場である講堂は他にない混沌とした空気に包まれていた。
筆記試験時の合格発表のスライドとは異なり、並ぶ数字が格段に減っている。特に第一部隊や司令部はそれが顕著である。
また講堂の後ろには筆記試験と実技試験の合計で成績上位者の名前が張り出されている。礼と滝村はその表を眺めている。
「うお!お前第一部隊でトップやん!」
と滝村は表を力強く指差さす。
「受かったことは君と変わらない訳だし、そんなに凄い事じゃないよ」
と礼は苦笑いしながら相槌を打つ。
「しかも全部隊でもお前より点数の高いヤツいないな!さすが俺の親友だぜ」
と滝村は誇らしげな顔で指で鼻の下を擦った。
「とはいえ、各部隊で試験の内容違うし、なんとも言えないよ」
礼は淡々と言葉を返す。
「んだよシラけさせんなよ」
「君は少し大袈裟すぎだ」
特別部隊一行は丈の机を囲んで五日後の遠征について話し合いをしている。
「えぇ!さ、参加できないんですか!?」
翔吾は丈に大声で言った。
「ああ、今回も特別部隊は参加できない」
と丈は言った。丈は返却された参加要請書に目を通した。明確な理由や意図を書き込んだり、賛同する者には署名を募ったりと様々な手段で攻めたものの依然として良い返答は得られなかった。
「そんな……。今回はいけると思ったのに……。」
と言いながら優は肩を落としてため息をついた。
「署名も今まで以上集まったのにな。一体なぜだ」
京次郎は怒りが混ざった複雑な表情で書面に目を通した。
「しかし、進展はあったぞ。これを見ろ」
丈はホッチキスで留められた申請書を一枚めくり、八人に見せた。そこには各部隊の隊長の名前が入った印鑑が押されている。
「見てもらえば分かるが、司令部、第一部隊、第二部隊、下位部隊の欄は印鑑が押されている。今まで下位部隊しか印鑑押してくれなかったしな」
「しかし、やはり議会には印鑑が押されていないな」
と秀は言うと丈もそれに頷く。
「その議会って何ですか?」
命は申請書の議会の欄を指さす。印鑑を押す欄は、ぽっかりと空欄になっている。
「議会ってのはイブの総監や議長などで形成されている首脳陣のことだよ。この議会が全権を握っていると言っても過言ではない」
と丈が答えると、それに続けてくるねが話し出した。
「コイツら堅物だからなぁ。特に理由もないのに言いたいことだけ言ってさ」
結果を前に、じわじわとどんよりとした空気になっていく。
「やはり直接言わないとダメですね」
命の口から突如飛び出した言葉に空気が一変した。
「もしかしてそいつらに直談判しに行くつもり?」
と優は命に切り込んだ。総監に直談判するということはある意味タブーであり、クビ覚悟で挑まなければならないという風潮がこの組織にはある。
「その通りだよ」
と覚悟を決めた顔で言葉を口にする。
「誰かが口にしないと、何も変わらないから」
「組織内で対立してるようじゃ、アメミットの根絶なんて無理に決まってる」
命はぶつ切りで言葉を並べる。言いたいことは心の中で大量に浮かんでいても、口にするとなかなか上手く言えない。
部屋にはしばらく閑散とした空気が広がった。皆その言葉には納得しているが、ここでどう返答したらよいのか分からずにいた。
丈は考え込んで組んでいた腕をほどき、口を開いた。
「分かった。私も着いて行こう。トップである総監に直談判しに行くぞ」
丈は意を決した椅子から立ち上がった。
【総監室】はイブの本部の最も高い所にある。そこには組織のトップである
透明の自動扉を抜けると、そこにはこげ茶色の扉がどっしりと構えている。
丈はその扉を慎重にノックする。すると
「入りなさい」
と鋭く、低い男の声が飛んでくる。
「失礼します」と二人は言ってその重々しい扉を開ける。
するとそこにはだだっ広い空間にエグゼクティブデスクが置かれており、その椅子に硬派な白髪頭の男、八坂が座っている。
またこの部屋は展望台のようになっており、敷き詰められた窓ガラスの向こうには青い空と、万緑の森が広がっている。よく目を凝らせば、海まで見通せそうである。
そして二人は座っている八坂の前に立つ。
「九龍瀬丈か。どうしたんだ、部下まで連れてきて」
と八坂は野太い声で言う。年を取っているのにも関わらず、その威厳に満ちた張りのある声は只者ではない。
「折り入ってお話があります。次の遠征の件です」
と丈は返す。
「遠征なら、君たち特部には権利を与えていない筈だ」
「単刀直入にお聞きしますが、なぜ僕たち特部は遠征に行ってはいけないのですか?」
と命はズバリと訊く。
「特部はイブでお荷物になった輩の集まりだ。そんなのに重要な任務を課すわけにはいかん」
抑揚をついていない灰色がかった言葉は、容赦なく二人の心に襲いかかってくる。
しかし命は動じることなく言葉を重ねた。
「特別部隊の人たちは主に上官のミスを指摘したことや、上官による圧力が原因で降ろされたのだと聞いています。上官であれ間違ったことは間違ったと指摘して何が悪いのですか。そんな人たちをないがしろにして邪魔者扱いするのは、とても傲慢ですよ」
閑静な広い空間にはしばらく静寂が広がった。八坂は鼻を触りながらこっくりと黙り込む。
そして八坂はゆっくりと口を開いた。
「若い君には良いことを教えてあげよう。上官の命令を直に受け止めずに頭を使い、指摘することはとても重要なことだ。しかしな、それは理想論にすぎない。現実に目を向けてみろ。現実では『イエスマン』が好まれるのだよ。何故なら私たちにとってこっちの方がラクだからだよ。君は現実と理想の区別がついていないじゃないのか?」
その言葉を浴びせられ、沸点に達した命は机を思いっきり叩いた。丈と八坂は思わず飛び上がった。
「理想があるなら現実を少しでも理想に近づけていくのが最もなんじゃないんですか!アメミットの根絶という遠い理想を追いかける組織のトップであるあなたがそんな思考じゃ、その理想は現実にはなりませんよ!」
命の声は空間全体の空気と共鳴した。八坂は下を向いている。若者に反撃されたことが少しばかりか悔しいのである。
丈は前のめりになった命を起こした。
「総監。お言葉ですが、私も同感です。特部には特部の個性とやり方があると私は思います。それを議会の一方的なやり方で潰すのは、どうかと」
と丈は訊いた。すると八坂は黙り込んでしまった。そして椅子を回して後ろを向き、
「好きにしろ」
と小さな声で言った。さっきまで威厳はどこへ消えたのか。
「では遠征には参加させて頂きます。良い戦果を報告できるよう、精一杯戦って参ります。ご期待ください」
と丈は言った。
二人は黙り込む八坂に一礼し、総監室から出た。命と丈は心の中で小さくガッツポーズをした。
「皆、命のお陰で、遠征に参加できるようになったぞ」
丈は部屋で待っていた特部の皆に伝えた。皆は強張った表情を崩して喜んだ。
「やったぞ!」
と言わんばかりに笑顔が溢れる。
「命さん、すごいじゃないか。ありがとう」
と翔吾は命に声を掛けた。
「日頃の不満をぶちまけただけだよ」
命は少し晴れやかな表情で言った。素直になるとはこういう清々しい気分なのかと思った。今までにない、独特な感触だった。
「さあさあ、浮かれてられないぞ。危険が伴う遠征だ。入念に準備するぞ」
丈は手をパンパンと叩きながら呼びかけた。
遠征当日、緊張感を纏いながら隊員たちは準備を整え、軍用車両に乗り込んでゆく。
場所は浜松。ビル街にはアメミットが数多く生息しているらしい。
そして特別部隊一行も軍用車両に乗り込んでゆく。今まで遠征への参加が許されなかった特別部隊にとっては、大きな一歩となる。
きっとこれから長い戦いになる。命は気を引き締めて空を見上げた。
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